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4 肌爛れの黒魔術

 衣装を整えて、クシェルは意気揚々と家を出た。

 黒いローブは羽織らずに、母のお下がりのワンピース姿を堂々と披露しながら通りを歩く。


 緑色のスカートとミルクティー色の髪をなびかせて、改めて駐在所まで足を運んだ。


(――さぁ、胸元も良い感じに誤魔化せたし……この殿方好みの健康的な衣装を、シャルアスさんにも披露してやりましょう。機械人形とて若い男だし、ちょいと色の欲を煽ってやれば、コロッと恋に落ちるはず――……)


 そう思って扉のノブに手をかけたのだが、ふと、中にシャルアスの他にも人がいることに気が付いた。中流身分層の庶民と思しき、中年の女性だ。


 頭からスカーフを被って、顔を隠すように口元まで覆っている。加えて、長袖のブラウスに、長いスカート。


 二人はテーブルを挟んでソファーに座り、対している。


 クシェルは玄関扉を細く開いて、二人のやり取りにコソリと耳を澄ませた。


 女性は迷ったように言葉を詰まらせながら話し始める。


「近くに住んでおります、カイラと申します。警吏様にご相談したいことがありまして、参りました。あの、ちょっと変な話をしてしまうのですが……私、呪われているんじゃないか、って、最近思うようになりまして……」

「何か害が生じているのか?」

「はい……今年の春からなんですが、肌が(ただ)れるようになってしまって」


 カイラと名乗った女性は頭のスカーフを外し、ブラウスの袖をまくって肌を見せた。露わになった顔は、目元と鼻のあたりが真っ赤に腫れて、腕もまだらに赤くなっている。


 心底困った顔をして、カイラは話を続けた。


「爛れが出るのはきまって、近所のお家で焚火の煙が上がったタイミングなんです。この肌も、昨日の焚火の後からで……。どうにも気になったので、そこのお家の庭を覗いてみたら、険しいお顔をしたご老人がブツブツ言いながら火を焚いていましてね……。何か、魔術なんじゃないかしらって、心配になってしまって……ご相談をしたく」


 話を聞くと、シャルアスは神妙な顔で頷いた。


「なるほど。その老人が良からぬ黒魔術を使って、近隣住人に害を及ぼしている、という可能性もある。魔女や術師の類は総じて、街の規律を乱す生き物だからな」


 彼は低い声で言い放ちながら、玄関で覗き見をしていたクシェルへと睨みを寄越した。……一応、隠れてはいたのだが、覗き見はすっかりバレていたみたいだ。


 シャルアスは立ち上がり、大股でこちらに向かってきた。扉に手をかけ、ガバッと開け放った勢いでクシェルを吹っ飛ばした。


 キョトンと様子をうかがっていた中年女性――カイラに向かって、彼は続きを話す。


「とはいえ、街中で堂々と黒魔術を使う術師はいない。奴らは隠れて悪さをするものだ。――その老人の元へ案内を頼もう。俺が直接話を聞く」

「ありがとうございます。ご案内します」


 地面に転がされたクシェルに構うことなく、シャルアスはさっさと駐在所を出る準備を始める。


 玄関扉を施錠して、留守の掛け看板と戻る時間のメモを張り出した。看板には留守中の問い合わせ先――ここからほど近い、警吏基地への案内も記されている。


 彼は黒いマントをひるがえして、カイラと共に通りを歩き出した。




 そうして少し歩いたところで、件の老人の家とやらに到着した。


 カイラの住むアパートメントのすぐ近くにある、庭の広い家だ。草木や花々が多く植えられていて、緑にあふれた綺麗な家だった。


 門前で足を止めたところで、シャルアスは背後にいるクシェルに、氷のような眼差しを寄越した。


「なぜお前までついてくる」

「ええと……恐れながら、解呪のためでございます。恋心というものは、共に時を過ごすことによって生じるものかと思いまして。私のことを好いていただくために、行動を共にしたく」

「解呪などと……まだ馬鹿げたことを言ってるのか、強欲の魔女め。俺は先ほど、去れと言ったはずだが」

「そう冷たいことをおっしゃらずに……百万Gを寄越しやがってくださいましたら、ササッとお暇しますゆえ」


 シャルアスはクシェルにもう一度冷たい目を向けると、さっさと話を切り上げた。カイラと何か話して、一人で歩いて行ってしまった。


 家の敷地へと踏み入り、庭にいた老人へと近づく。老人はカイラの言った通り、ブツブツ言いながら焚火をしていた。暗い面持ちをした老人だ。焚火を木の枝で突いている。


 クシェルは敷地の門扉からヒョイと顔を覗かせて、庭の様子をうかがった。話し声に耳を澄ませる。


 シャルアスは早速、老人に職務質問をしていた。


「――失礼する。シアラトア警吏五隊所属、シャルアス・マベリックと申す。貴殿が何をしているのか伺いたい」

「人ん家の庭の中まで見回りかい。やれやれ、ご苦労なことだ。見てわかるだろう、焚火さね」

「何か呟いているようだったが、呪詛の類ではなかろうな?」

「フン。だったら何だってんだい。紛れもなく、呪詛を吐いていたところだよ」


 老人の答えを聞くや否や、シャルアスが左腰のサーベルへと手を添えた。焚火をガツガツと激しく突きながら、老人はブツブツと、独り言のような言葉を続ける。


「呪い文句の一つや二つ、吐きたくもなるわい。あいつめ、ワシにばかり草取りをやらせて……。手っ取り早く庭師を雇えばいいものを……やれ『お金がもったいない!』だのなんだの言って。そのくせ自分は家でゴロゴロしてばかりいる。まったく、若い頃はもう少し可愛げがあったのに……すっかり図々しくなりおって。あぁ、腹が立つ……大体あいつはいっつも――うんたらかんたら――……」


 何やら、老人は本当に呪詛を吐いていたようだが……愚痴の内容から察するに、対象は恐らく『妻』なのではなかろうか。


 サーベルの柄に触れていた手を下げて、シャルアスはおもむろにこちらへ戻ってきた。カイラに向き合い、話をする。


「焚火は呪術の類ではないように思える。が、煙で肌が荒れている可能性もあるな。住宅地の中での焚火は問題であろう。事をまとめて、改めてご老人に指導をさせてもらう。一度、駐在所に戻り、書類への記入を願いたい。相談を受理させてもらう」


 シャルアスはカイラを伴って、また駐在所へと戻っていった。


 彼らの後を追う前に、クシェルはもう一度、庭先を覗き込んだ。老人は刈り取った雑草を燃やすために焚火をしているようだ。


 ――が、今は春の半ばだ。彼の苦労も虚しく、また雑草はすぐにわさわさと伸びてくることだろう。


 門扉の外側にも、刈られた雑草が集められて山となっていた。満開の花を付けた雑草なので、綺麗なフラワーオブジェのようになっている。

 

 クシェルは歩み寄り、雑草の花を手に取った。


 黄色い小花はたっぷりの花粉を抱えて、重みでしなっている。ちょいと突いただけでブワリと粉が舞い、風に乗って流れていく――。


(風下はこっちかしら?)


 焚火の煙を頼りにして、老人の家から風下のほうへと移動してみる。ちょうど風が当たるところに、カイラの住む低層のアパートメントが立っていた。


 アパートメントは窓がこちら側――風上の老人宅のほうを向いていて、窓辺に洗濯物を干している家もある。


 クシェルは手にした花とアパートメントを交互に見て、ふと思い至った考えを独り言に乗せた。


「肌爛れの黒魔術の正体、もしかして――……煙じゃなくて、この花、なのでは?」


 頭の中で仮説を立てながら、ふむと頷く。雑草の花をいくらか拝借して、駐在所に戻ることにした。


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