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金欠魔女クシェルは機械人形警吏様を魅了したい…!  作者: 天ノ瀬
悪夢の呪いと咎魔女クシェル
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39 嫌疑の魔女クシェル

 シアラトア警吏基地の、広い執務部屋の中――。


 棚へ書類を収める雑務に勤しんでいたシャルアスは、背後で交わされている同僚たちの会話を何の気なしに聞いていた。


「――山一つ越えた南の外れに、低身分層の集落があるだろう? 何やら、そこの住民たちが体調不良を訴えてるんだと」

「食中毒っすか? 夏が近づくと、汲み置きの水が悪くなったりしますからねぇ」

「いや、それが妙なことに『夜、眠れなくなった』と、民たちは訴えているそうだ。中には悪夢に苦しむ者もいるとか」

「それって、シャルアスがくらった呪いみたいだな」


 同僚たちの目がこちらに向いたが、会話に加わる前に直属の上官――警吏五隊隊長リグレイドに呼ばれた。


「シャルアス、話がある。仕事に区切りがついたら私の部屋に来い」

「はい、すぐに伺います」


 抱えていた書類の束を急いで片付け、シャルアスはリグレイドの執務室へと向かった。



 部屋に入り、執務机を挟んでリグレイドと対する。彼は椅子に体を預けて渋い顔をしていた。彼のこの面持ちは、何か話しづらいことがある時のそれだ。


 シャルアスは背筋に力を入れて姿勢を正し、密かに身構える。間を置かずに、リグレイドは口を開いた。


「ここ最近、南部の集落で妙な事が起きていてな。住民たちが眠りの不調を訴えているのだ」

「それは……先ほど耳にしました。悪夢に苦しんでいる民もいる、と」

「あぁ。貧民集落ゆえ、世迷言(よまいごと)だろうと取り合わずにきたのだが……先週の末あたりから訴えが目立つようになってきた。南部を管轄している隊の者が調べに入ったが、街の様子は別段、おかしなところもなく、術師の類の出入りもなしときた。――が、一人、住民のうちに注視すべき人物あり、との報告だ」

「何者でしょう?」


 問い返すと、リグレイドは銀色の目を鋭く細めて名を告げた。


「エドモンド・ウィーパーなる人物が、ちょうど異変が起こり始めたのと同時期に、集落へと居を移している。以前、臨海公園で揉め事を起こした末に、柵の損壊によって、相手を海に落とした――という小罪の記録がある男だ。お前には、大いに心当たりのある人物であろう」

「はい……」


 返事の声が掠れてしまった。……話が嫌な方向へと進み始めているのは、気のせいではないだろう。


 エドモンドはクシェルと悶着を起こした男だ。その人物が集落へと越してきて、その直後から住民たちに眠りの難が現れ始めた――というのは、まったくもって良くない流れだ……。


 胸の奥にドロリとした不快な心地を感じながら、シャルアスは続く話を待つ。


「聴取書によると、そのエドモンドなる男も酷い悪夢に苦しんでいるという」

「……何をおっしゃりたいのですか」


 紫の目を細め、対する銀色の目を見据える。リグレイドは一呼吸置いてから、淡々とした声音で言い放った。


「この騒動に関して、悪夢の魔女クシェル・ラモール・ド・ナイトメアに嫌疑がかかっている。黒魔術を放ち、私怨の相手であるエドモンドもろとも、集落を呪いにかけたのではないか、と」

「一帯に呪いを……? 恐れながら、彼女は魔女とはいえ細腕の娘です。そのように大規模な(まが)魔法を放つとは考えにくいかと。それに、エドモンドはともかく、無差別に他人までもを呪うような娘では……」


 嫌な予感が的中してしまった。シャルアスはすぐに言葉を返したが、彼は固い面持ちで首を振る。


「シャルアスよ、お前がクシェル・ラモールを新しい駐在所メイドとして、ひいきにしていることは聞き及んでいる。嫌疑がかけられ、動揺する気持ちもわかるが……しかし、相手は魔女だ。魔女という生き物を、我々が完全に理解することなど、できようはずもなかろう。その心の動きはあまりにも自由で、危うい。魔女クシェル・ラモールが恨みに心を揺らしてエドモンドを呪い、住民たちをも巻き添えにした、ということは、十分にあり得ることであろう。まずはその疑いを、冷静に受け止めよ」


 シャルアスは奥歯を噛み、短く一言を返した。


「彼女と話をしたく思います。一度駐在所へ戻りますので、時間をいただきたく」

「待て、シャルアス――……」


 制止を聞き流し、敬礼をして踵を返す。

 大股の歩みで執務室を後にして、シャルアスは歩く間も惜しみ、馬を駆って駐在所へと向かった。


 

 部屋に残されたリグレイドは深いため息をつき、額に手を添えて項垂れる。


(やれやれ……シャルアスを引き留めておけ、と、ニルトニア氏から命を受けていたが……逃してしまったな)


 警吏隊の元隊長、御年八十を超える老台からの、私的な命令だ。


『嫌疑の魔女、クシェル・ラモールの捕縛を行うから、邪魔が入らぬようにしておけ』という命が、突如として下されたのだった。


 警吏隊という上下社会の歯車として、上の人間の命には逆らえない自分であるが……たまに大きな迷いと、息苦しさを感じる。


 モヤ付く心のままに、頭の中に愚痴を連ねてしまった。


(まったく……ニルトニア氏自ら、魔女の捕縛に乗り出すだなんて、どういう風の吹き回しだか……。よくわからぬ読めない風ならば、魔女の心の風の方が幾分か清々しいな)


 ――なんて、こんなことを口に出そうものなら、隊長職の首が危ういので、間違っても言葉にはしない。


 昔、警吏たちを相手取って、腕っぷしだけで喧嘩の大立ち回りをしてのけた若い魔女がいたが……その姿はいっそ清々しいくらいだった。

 何となく、今、彼女の姿を思い出してしまった。


(権力を私物化して、やたらと人を巻き込んで動く老台なんかより、体一つで正面から向かってくる魔女の方がずっと潔い。……まぁ、股にくらったあの魔女の蹴りは、強烈であったが……)

 

 奔放な蹴りを繰り出してきた、かつての魔女の姿を思いつつ、リグレイドは鬱々とした息を吐いた。






 駐在所の奥にて。調理場の掃除をしていたクシェルは、突然、大きな音を立てて開け放たれた玄関扉に、目を丸くして顔を出す。


 何やら、ドカドカと五、六人の警吏たちが入ってきたが……シャルアスの交代として入る警吏たちではなさそうだ。


 上がり込んできた警吏たちに怪訝な目を向けていると、杖をついた一人の老人が歩いてきて、我が物顔でソファーへと腰を下ろした。


 白髪に髭を蓄えた老人は、片手をクイと上げて部下たちに命を出した。


「クシェル・ラモール・ド・ナイトメアなる魔女は、そこにいるメイドであろう? 捕えよ」

「へっ!?」


 ギョッとして固まったクシェルのまわりに警吏たちが寄り、手錠をかけてきた。手錠を引っ張られて、老人の前へと連れ出される。


 クシェルはオロオロしつつも、突然こんなことをされた腹立たしさにムッと頬を膨らませて、口を開いた。


「ちょっと……! どちら様です……!? いきなり何なんですか!?」

「下賤の魔女らしい物言いだな。警吏に囲まれてなお、しおらしく慎むことを知らんとは」


 老人はニヤリと笑ったまま、クシェルの姿を上から下まで見回している。側に立っている警吏が、彼の代わりに名を告げた。


「こちらにおわすのは、ヴォドルト・ニルトニア様である。不躾な口を慎め、魔女よ」


(ニルトニア……? って、確かあの赤毛(仮)のご令嬢も、そういう名前だったような――)


 どうやらこの老人は、キャメロンと同じ家族名を持っているようだ。きっと警吏隊と繋がりのある、お偉いさんか何かなのだろう。警吏たちに命を出して、見るからに偉そうにしているところからも察せられる。


 ヴォドルトと紹介された老人は、クシェルを見据えてさっさと話を始めた。


「さて、魔女クシェル・ラモールよ。ワシが直々に尋問をしてやろうぞ。南部の貧民集落に呪いを放ったのは、お前で間違いないな?」

「は?」


 何のことだかさっぱりわからずに、クシェルはポカンと口を開いた。ヴォドルトは笑みに目を細めながら、言葉を付け加える。


「シアラトア南部の外れにある貧民の集落にて、お前を海に突き落としたという男、エドモンド・ウィーパーが悪夢の呪いにかかって苦しんでおるという。呪いはその男の身だけにとどまらず、集落の民たちまでもが苦しんでいる。復讐心に駆られたお前が呪いを放ったのじゃろうて」

「知りませんよ、そんなこと……! これっぽっちも覚えなどありませんけれど――」


 そう答えた直後、再び玄関扉が勢いよく開け放たれた。シャルアスが首筋に汗を垂らしながら、大股で中へと踏み込んでくる。


 開かれた玄関扉から、一瞬外が見えたが……繋がれた数頭の馬たちの間から、黒い檻馬車のようなものが見えたのは、気のせいだろうか。


 シャルアスはヴォドルトの姿を見てわずかに目を見開いていたが、すぐに表情を整え、敬礼をした。


「ヴォドルト様、いらしていたとは知らず……礼を欠いた参上をお許しください」

「気にするでない、シャルアスよ。先日はキャメロンが世話になったな」

「いえ……。それで、本日は何用で……」

「見ての通り、直々に咎魔女を捕えてやろうと思うてな。尋問なんぞをしていたところよ」


 クシェルの手にかけられている手錠を見て、シャルアスは瞳を揺らした。ヴォドルトに向き合い、彼は固い声で言う。


「恐れながら、尋問を俺に代わっていただくことは叶いませんか」

「ははっ、ワシに取って代わろうなんざ、百年早いわ。お前は魔女に呪いをくらった身であろう? 魔女の扱いをわかっとらんからそうなるのだ。ワシが手本を見せてやるから、そこで勉強するがよい」


 言外で『引け』との命令を受けて、シャルアスは息を呑んでいた。


 ヴォドルトは視線をクシェルへと戻して、問いを再開する。


「魔女よ、お前が答えやすいよう、言い方を変えてやろう。お前はエドモンド・ウィーパーのことを嫌っておるか?」

「……それは、まぁ、嫌いですよ。詐欺られましたし、海に落とされて危うく溺れるところでしたし」

「では、叶うことなら呪ってやりたいくらいだ、と、心の内で思うたことは?」

「そう思ったことも……あります。だって、あの人にはそれほど大きなお咎めもなかったんですもの」

「そうであったか。そりゃあ悔しく、腹が立ったろうに」

「本当ですよ……牢屋に入ってしまえばよかったのに!」


 話をされるうちに、胸の内にムカムカとした心地が湧いてきた。詐欺が発覚した日の帰り道や、海に落とされた日の湯浴み中に抱いていた、腹立たしい気持ちが蘇ってくる。


 ヴォドルトはふむふむと頷きながら、話を続けた。


「もし、呪いの類が許される世であったならば、お前はその憎き男に呪いの魔法を放っていたか?」

「それはもちろん……! 少なくても二度は、呪いをかけてやっているところです」

「お前の中には、奴を呪ってやりたいという気持ちが、確かにあるということだな」

「まぁ、はい。そうですね」


 ペラッと答えると、ヴォドルトは大きな笑みを浮かべた。


「はっはっは、魔女クシェル・ラモールよ、やはりお前は呪いを使ったのではないか? たとえ無意識のうちでも、胸に強い気持ちを抱いておるのならば、魔女は眠りながらでも人を呪うだろう。魔女は心に抗えぬ業を負っておる。十分にあり得ることだ」

「寝ている間に……? ええと……それは、わかりませんが……いや、でも、私寝ぼけてやってしまったのかしら……?」

「あぁ、きっとそうに違いなかろうて。寝ぼけながらでは、魔法の制御も上手くいかぬことだろう。ゆえに、大雑把に呪いを放ち、エドモンドの周囲までもを巻き込んでしまったのであろうな」

「そう……なのでしょうか……」


 何だか、そんな気もしてきてしまった。クシェルは確かにエドモンドを嫌っているし、呪ってやればよかった、と激情を胸に宿したのも事実だ。


 魔法は強く念じながら、呪文を唱えることで発動する。強い恨みの気持ちを寝言に乗せてしまったと考えると、あり得ない事ではない。……ような気もする。


 迷い出したクシェルを見て、シャルアスが割って入った。


「ヴォドルト様……! そのように魔女の心を導くような問いをなさいますのは、あまりにも――」

「シャルアスよ、お前は警吏のくせに魔女の肩を持つのか」

「そういうわけでは……」

「では黙っていろ、命令だ。余計な口を出さず、余計な心を揺らさず、機械人形はただ命に従っておればよい」

「しかし……」


 なおも言い募るシャルアスに、ヴォドルトはあきれた息を吐いた。


「魔女に魅了でもされたか……まったく、これだから最近の若いモンは。――どれ、現実を見せてやる」


 低い呟きを発すると、ヴォドルトはクシェルに新たな問いを寄越した。


「魔女よ、お前はどうしてシャルアスに近づいたのだ。答えよ」

「え……? ええと……百万Gが欲しかったからです」

「魅了して金を奪おうと思うたのだな?」

「はい……」

「メイドとして駐在所に潜り込んだのも、金を欲したから、という理由で相違ないか? 他に事情などあろうか? たとえば、心を改めて社会に貢献したく思った、などという殊勝な思いなどはあったのかね?」

「そんなものあるわけないでしょう。お金のためにメイドになったんですよ。私はシャルアスさんを落とすために近づき、魅了の作戦をあれこれと講じてきた身です。――でも今は――……もがっ!?」


 ――でも今は、ただ一緒にいたいからいるのだ。百万Gうんぬんは、まぁ置いておき、側にいたいと思うから、そうしている。それだけだ。


 と、答えようとしたのに、クシェルの口は言葉の途中で塞がれた。囲っている警吏たちによって、口元を布で縛られて、グイと手錠を引かれる。


 玄関の外へと連行されるクシェルを見遣りながら、ヴォドルトはおもむろに立ち上がり、その後に続いて歩き出す。


 表に出ながら、シャルアスにチラと横目の睨みを送って言う。


「聞いただろう? これが現実だ。この女は金を手にしたら、お前のことなんぞさっさと見限り、姿をくらますぞ。魔女とはそういうものだ。情をかけるな」

「……っ……」


 クシェルは駐在所前に停められていた黒い檻馬車へと押し込まれる。全身を使ってもがき暴れて、嚙まされた布の下からもごもごと大声で、シャルアスの名を呼んだ。


 ――けれど、玄関先に立っていたシャルアスは、視線を外してうつむいていた。


 メイドの契約を交わした時、『何かしでかしたら容赦なく、即、牢屋に放り込む』と宣告されていたが……まさに、そのようになってしまったみたいだ。


 ほどなくして檻馬車の扉はガシャンと閉ざされ、ガタゴトと動き出す。最後まで、紫の目がこちらを向くことはなくて……それが悲しくてたまらなかった。


 最近、朝の魔女占いをサボっていたが……きっと今日の運勢は、暗黒破滅大凶に違いない――……。


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