22 怪鳥事件と新人警吏
シアラトアの東の山奥にて――。
連なる山々を越えて、商人たちの隊が湖畔へとたどり着いた。馬を休め、いくらかの荷を下ろし、商隊は食事の休憩を取る。
けれど、食料を出した途端に森の木々が怪しくざわめき、不気味な鳥の群れが飛び出してきた。
鳥たちは、両の腕を広げたほどの大きな翼をはためかせて、一斉に商隊へと襲い掛かる。剣を振り抜き応戦をする人々に、鳥たちは鳴き声を浴びせかけた。
……いや、鳴き声ではない。鳥の口から放たれた音は、まごうことなき『人の言葉』だったという。
『美味しそうなご飯だねぇ……』
『置いてけ……全部、置いてけ……』
『命令だ……言うことを聞け……さもなくば、お前も鳥にしてやろうかぁ~……っ!!』
仰天した商隊は食料の荷を投げ出して、慌てて湖畔を離れた――……。
「――という事件があったそうだ。え~っと、怪鳥に襲われたのはヴァーノン商隊。それと、他にも山越えの商人で飯を奪われたって人が数人いた。いずれも湖のほとりでの被害だ」
シアラトア警吏基地の執務大部屋の端っこで、マルコは数人の同僚たちを相手に資料を読み上げた。
紙の束やら本やらが雑然と置かれているテーブルの上から、さらに数枚の書類を手に取り、続きを話す。
「ヴァーノン氏曰く、『鳥たちは人間のように喋っていた。あれは呪われた人々の成れの果てに違いない』とのことだ。黒魔術による呪いじゃないか、ってさ」
話を聞いた警吏たちの反応は様々だ。コーヒーをすすりながら何の気なしに聞き流していたり、はたまた、謎の怪鳥事件に目を輝かせて聞き入っていたり――。
輪の中にいたシャルアスはというと、いつも通り生真面目な顔をして耳を傾けていた。腕を組み直し、話を頭の中で咀嚼する。
魔物は人語を解さず、人と意思の疎通を図ることはない。神獣や高位精霊ともなると話は別だが、少なくても、そのへんの野山の魔物が人間に話しかけてくるなんてことは、あり得ないことだ。
シャルアスはマルコへと問いかける。
「その怪鳥とやらは、本当に人語を操っていたのか。山越えの疲労による、商人たちの聞き間違えではなく?」
「いや、確かに人の言葉だったそうだ。色々と証言が上がってる。鳥の正体が呪われ人の成れの果てだとしたら、魔術師の仕業か、はたまた魔女の仕業か――」
魔女、という単語が出てきたところで、マルコを囲っていた数人の同僚たちがシャルアスへと顔を向けた。
そういえば、と皆口々に脇道に逸れた話を始める。
「魔女と言えば、シャルアスのとこの駐在所に入ったメイド、魔女だって噂本当なのか?」
「あれか? 呪いを解くために雇い入れたとか? ……日夜、解呪の怪しい魔術でも受けてる感じ?」
「魔女との生活かぁ……恐ろしいな。茶に妙な薬やら毒やらを入れられそうだ」
好き勝手話し始めた同僚たちを見回して、シャルアスは低い声の早口を返した。
「そんなことをする奴ではない。それに、我々から見たら毒や異物のようなものであったとしても、魔女の持つ独特な知恵や、異郷の文化においては、問題なく食用と見なされるものが多くある。確かに、信じがたい飲食物を出されることもあるが、食してみると意外と美味であったりして、その『どちらに転ぶかわからない』という博打感が、不覚にも心をくすぐるというか、最近では少々癖になりつつもあり――……」
壊れた機械のようにペラペラボソボソと言葉を発するシャルアスを見て、同僚たちは顔をひきつらせた。
「お、おぉ……語るなぁ……」
「機械人形、長文お喋り機能なんてものが備わってたのか……」
「新たな呪いにかかって、ぶっ壊れた、とかじゃないよな……?」
同僚たちはどよめき、スススッと輪から外れて、そそくさと逃げ出した。
場に残ったのはマルコとシャルアス、そしてもう一人、若い後輩警吏の三人だけ。マルコはやれやれと息を吐き、話を締めた。
「――で、話を戻すが。その怪鳥とやらを調べて報告を上げる、っていう仕事を、適当に人を集めてやっておけっていう命令を受けたんだが……俺ら三人ってことでいいか?」
他の同僚たちが散ってしまったので、残ったメンバーでの調査が決まった。
若い後輩警吏は目を輝かせて、胸に手を当て、ビシリと敬礼のポーズをとる。
「了解です! 俺、街の外での調査とか初めてっす……! 先輩たちにご迷惑をおかけしないよう、精一杯頑張ります!」
この後輩警吏は、名をウェイン・エバンスと言う。
短い灰色の髪は真ん中で分けられていて、露わになっている容貌は、まだ少しだけ少年の面影を残している。
警吏になるためには入隊試験を受ける必要があり、その試験は十六の歳から臨むことができる。
シャルアスもマルコも、十六歳で試験を突破して警吏の身分を得た身だが、このウェインも、現在十六の歳である。――つまりは新人だ。
今まで特に関わることのなかった新人だが、礼儀もやる気もしっかりと備えているように見える。
(十六か。クシェルと歳が近いな)
なんとなくそんなことを思いながら、キラキラと目を輝かせる新人警吏、ウェインのことを眺めてしまった。
警吏基地での用事をあれこれと片付けた後、シャルアスは自身の駐在所へと戻り、仕事に入る。
マルコとウェインはこの後、街の見回りに出る予定だが、ついでとばかりに駐在所までついてきた。
『風変わりな魔女のメイド』の話をした後だったので、ウェインが興味を持ったようだ。
古の術師の血を引く、純粋なる魔法持ちは現代では数少ないが、魔女クシェルはその一人である。
新人教育の一環として、ウェインを魔女に引き合わせるのも良いだろう――ということで、シャルアスとマルコは彼を駐在所に招き入れたのだった。
シャルアスは奥の調理場を掃除していたクシェルを呼び、駐在所の玄関まで連れてくる。クシェルはウェインを前にして、魔女の名前を告げた。
「どうも初めまして。クシェル・ラモール・ド・ナイトメア――悪夢の魔女クシェルと申します」
ニコリと微笑んだ魔女を見て、ウェインはポカンと呆けた顔をしていた。
シャルアスはクシェルに明日の予定を伝えておく。
「明日はこの三人で、朝から山へと出向く予定だ。駐在所には別の警吏が入る。くれぐれも粗相のないように、お前は大人しくしていろ」
「はぁ、山ですか。山菜が採れそうですねぇ」
「ははっ、相変わらず魔女娘はのん気だな。狂暴な怪鳥の群れが出たって話だから、今回はシャルに引っ付いてくるんじゃないぞ」
マルコが念を押すと、クシェルは口惜しそうな顔をしながらも頷いた。けれどすぐに表情を笑みへと変えて、シャルアスを仰ぎ見る。
「まぁ、仕方ないですね。行ってらっしゃい。同行が叶わないなら、代わりにお弁当でも持たせてやりましょうかね。シャルアスさん、明日のお昼ご飯をお楽しみに!」
イッヒッヒと怪しげに笑う魔女を、未だポカンと見つめたまま、ウェインはボソリと小声をこぼした。
「彼女が、悪夢の魔女……? か……可愛い……」
「……っ」
隣でこぼされた小さな呟き声を、シャルアスの耳はばっちりと拾った。
弾かれたように顔を向けて、ウェインとクシェルの姿を交互に見る。二人の歳の近さが胸の奥に引っかかって……何とも例えがたい、妙な心地を覚えてしまった。




