13 消えた亡骸の相談
雑多な品々と人々が入り乱れる冒険者ギルドの市場を、クシェルはミルクティー色の髪と緑のスカートを揺らして、スタスタと歩いていく。
前には黒いマントをひるがえして歩く、黒髪の警吏の男と、もう一人、お洒落なちょび髭を生やした眼鏡の中年男。
警吏を追いかけるように早足で歩いている魔女クシェルを見て、市場の商人――ギタ婆は、目を丸くした。
(クシェルめ、本当に機械人形に取り入ったのかい……!?)
驚きの目を向けていると、クシェルがこちらを見た。何やら両手を振り回して、手信号のようなものを送って寄越す。
『百万G、絶対に手に入れてやるから!』
あの手信号を訳すると、こんな感じだろうか。色気で落とすとか何とか言っていた気がするけれど……色気もクソもない下世話な信号を送ってくる、俗物金欠魔女だ。
(まったく、しょうもない娘だねぇ……)
そんなことを思いながら、魔女を遠目に見遣っていたが――ふいに立ち止まった機械人形の背中に、クシェルは思い切りぶつかっていた。
首をはねられやしないかとヒヤヒヤしながら見てしまったが、シャルアスは魔女に構う様子もなく、敵意や殺意を露わにすることもない。
(おやまぁ、小言の一つも寄越さないとは。機械人形の奴、まさか本当に魔女娘に魅了されちまったのかい? ……いや、ぶっ壊されてる最中かね)
かつて、魔女ロレッサが赤子を産んだ祝いに、可愛らしい人形を贈ってやったことがある。けれどその人形は当の赤子――クシェルに、数日のうちに破壊されたのだった。
「やれやれ。この歳になっても、似たようなことをしてるのかい。これだから魔女は――」
――これだから、魔女は見ていて面白いのだ――。
機械人形の破壊――いや、魅了に成功した暁には、また祝いの品でも贈ってやろうか。
なんてことを考えていたら客が来たので、ギタ婆は意識をそちらに向けることにした。
まぁ、百万Gだろうが何だろうが、好きなようにやればいいと思う。好きなことを好きなようにやっている最中の魔女ほど、面白くて魅力的な生き物はいない。自分はその姿を存分に観察し、楽しませてもらおうじゃないか――。
つけの金はそのうち必ず、回収してやるが。
ギタ婆はニヤリとした笑みを浮かべながら、珍妙な魔女クシェルを見送った。
シャルアスの背中にぶつかったことで、よそ見歩きをしていたクシェルの足は止まった。
共に歩いている紳士は五十代の相談者で、名前をダスティンと言う。鼻の下に整えられたちょび髭を揺らして、彼は困った顔をして言う。
「あそこにいる冒険者たちなんですが……。どうかお願いいたします、警吏様」
彼は冒険者たちと揉めているらしく、シャルアスに相談をしてきたのだ。つい先ほど駐在所を訪れて、困り事を打ち明けてきた――。
ダスティンは駐在所のソファーに腰をかけると、向かいに座るシャルアスに、こんな話をしてきた。
「一年ほど前に、隠居暮らしをしている父との手紙のやり取りが途絶えたので、様子を見に行ったら……山中の屋敷から、彼が姿を消していましてね。歳も歳だから、きっと亡くなったのだろう――とは思うのですが……屋敷からは肝心の遺体が見つからなくて」
「屋敷の外で亡くなった、ということもあるだろう」
「いえ、父は決して、屋敷から離れない人だったので……。少々特殊な信条に従って生きていた偏屈者でして。『死んでからも絶対にこの土地から出ない』と言い張っていたので、屋敷のどこかで眠っているとは思うのですが……探しても見つからず」
「消えてしまった、ってことですか?」
クシェルは駐在所の奥から顔を出して、話に加わった。不可思議な事件というものには、魔術が関わっていることが多い。魔女として、ちょっと興味が湧いたのだ。
ダスティンは鞄から手帳のようなものを出して、シャルアスに渡した。とある一文を指さして説明する。
「消えた、と言いますか、『隠された』と言ったほうが正しいかもしれません。屋敷を片付けていたら父の日記が出てきまして、こんなことが書かれていました」
クシェルもソファーの後ろから身を乗り出して、指し示されたページを覗き込む。
『……――私は死後も、この聖なる土地へと留まるつもりだ。しかし、息子は私の亡骸をどこぞの墓地へと移し、葬ることだろう。改葬されてはたまらないから、見つからぬところへと籠ることにする。人に金を払い、私が死んだ後、埋葬場所に細工をしてもらおうかと思う。こういう依頼は、はみ出し者の冒険者に頼むのがよいだろうか――……』
読み終えて、クシェルはダスティンに問いかけた。
「お父さん、冒険者に亡骸を隠させたんですか。手が込んでますねぇ」
「相当な変わり者でしたから……。その冒険者と交わしたと思しき契約書も見つかりましてね。ギルドに問い合わせて、お会いしたのですが……彼らは『知らない』の一点張りで、取り合ってもらえず困っているのです」
ダスティンはため息をついて、心底困った顔をして眉間を押さえる。
「屋敷を手放そうと考えているのに、どこかに亡骸が隠されているとなると、売るに売れず……どうしたものかと、相談に参った次第です」
「なるほど。相談を受理しよう。父君を隠したと思しき冒険者には、俺のほうから話をしてみる。だが、正式な契約書を交わしているとなると、埋葬状態によっては罪に問えん。それでもよいか」
「はい。亡骸さえ見つかれば、私はそれで……」
この国では、人が死んだら土葬で墓地に入れるのが一般的だが、中には野山や海に還ることを望む者もいる。そういう人々は埋葬屋や知人などと契約を交わして、死後、そのようにしてもらうことがある。
その際には必ず火葬をして、骨を砕いて、埋葬が可能な場所かを確認して――などと制限があり、適当に土葬をすると、場所によっては罰せられるそう。
埋葬依頼を偽装した殺人なんかも頻繁に起きているので、このゆるめの仕組みがいつまで続くかはわからないが……魔女には興味のない話だ。そのうち偉い人たちが、新たに法を決めたりするのだろう。
――と、そういう相談が入ったので、シャルアスとダスティン、そしてついでにクシェルも引っ付いて、冒険者ギルドへと足を運んだわけである。
ギルド市場の中にある露店酒場に視線を向けて、ダスティンは件の冒険者とやらをシャルアスに教えた。
「左端で酒を飲んでいる二人組の男たちです」
「わかった。話をしてこよう」
シャルアスは頷くと、躊躇いもなく歩を向けた。
冒険者たちは二人とも、ずいぶんと体格がいい。長身のシャルアスと同じくらいの背丈で、且つ、体の横幅は彼よりもうんと広い。あのどっしりとした姿を見るに、おそらく大物の魔物狩りを専門としているハンターだろう。
シャルアスの背のマントに隠れつつ、クシェルも一緒に近づいた。
「そこの冒険者よ、話がある。お前たちは一年ほど前、貴族のご老人に依頼を受けて、遺体を隠したと聞く。親族が改葬を希望しているゆえ、場所を教えてもらいたい」
「ま~たその話かよ。あのおっさん、ついに警吏を頼りやがったか……」
「知らねぇっつってんだろ。自分らで探してくれや~」
話しかけると、冒険者の男たちはさっさと酒屋を後にしてしまった。シャルアスは追うこともなく、彼らを見送る。
様子を見守っていたダスティンが寄ってきて、声をかけてきた。
「警吏様相手にもぞんざいな態度をとるとは……その、申し訳ございません」
「あなたが謝ることではない。冒険者とはそのような生き物だ」
彼に言葉を返した後、シャルアスは少し考えて、今後の話を口にした。
「埋葬屋に問い合わせ、火葬の記録があるか調べてみよう。記録がなければ、あの者たちには違法な宅地内土葬をした嫌疑がかかる。体裁が整えば、警吏も捜索に協力ができるゆえ、手を尽くしてみよう」
「……ありがとうございます! 何卒、よろしくお願いいたします!」
話を聞いて、クシェルはふむと頷く。シャルアスは自ら率先して動くタイプのようなので、近々、捜索に出ることになりそうだ。
(亡骸捜索に備えて、大きなスコップでも用意しておこうかしら)
必要な道具などを、あれこれと思い浮かべてみる。
クシェルがこうも乗り気なのは、シャルアスに協力をして好感度を上げてやろう、という魂胆があるからだ。そう、ひとえに百万Gのためである。
……サーベルを抜いて威圧することもなく、冒険者たちをさっさと見送ってしまった機械人形の元気の無さを心配してしまったから、というわけでは、断じてない。




