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10 山の魔女と子宿しの秘薬

 機械人形を観察しながら過ごす日々が始まって、ある日のこと。


 シアラトア生活相談窓口――なんて看板を掲げているこの駐在所に、少々変わった相談事を携えた男女が来た。


 駐在所を訪れる相談者は意外と多くて、シャルアスは日々、まさに機械のように次々と持ち込まれる案件をさばいていたが……今回の相談事は、魔女クシェルの関心をも引くものであった。


 男女の相談者は夫婦だそうで、夫の名前はハーベイ、妻はルダと名乗り、ソファーに腰を掛ける。

 向かいに座るシャルアスに、夫のハーベイは沈痛な面持ちで一言、呻き声をこぼした。


「……妻に、待望の第一子ができました……」

「それ、警吏じゃなくて医者とか産婆に報告することでは?」


 ハーベイの第一声に黙っていられなくて、クシェルはヒョイと顔を出してツッコミを入れてしまった。


 妻のルダは確かに、少し腹が膨れているように見える。丸みの様子から察するに、子を宿して四、五ヶ月を越えたくらいだろうか。


 即座にシャルアスの睨みが飛んできて身をすくめたが、怯みつつも居座りを続行する。


 ハーベイとルダ夫妻は、突如割り込んできた魔女を気にする余裕もないようで、そのまま話を続けた。


「でも……普通にできた子じゃないんです……。実は僕たち、怪しげな魔術に頼って、子を成してしまったんです」

「……あたしたち、なかなか子に恵まれなくて……知人の伝手で、山の魔女を頼ってしまって」

「なっ、山の魔女? 同業者に出し抜かれた……」


 魔女と聞いて、クシェルは渋い顔をした。何だか客を取られた感じがして悔しい……。


 そんな下世話なことを考えてしまったクシェルよりも、さらに渋い顔をして、夫婦は事の次第を語る。


「山の魔女を訪ねて、子宿しの秘薬とやらを買ってしまったんです。透明な液薬で……腹に塗るとたちまちに子が宿る、と聞きまして」

「実際、その通りになりました……あたしの腹にはこのように、子が……」

「でも、いざ腹が膨れてきたら怖くなってしまって……。だって、まだたった一月だというのに、この大きさです。妻は食欲もなく、熱まで出している……絶対にまともじゃない」

「医者には頼ったのか?」


 シャルアスが難しい顔――いや、いつも通りの真顔で、問い返す。妻のルダは暗い声で返事をした。


「はい……。でも、子を宿している間は具合が悪くなったりするものだから、と言われただけで……」

「それは、さぞ不安なことだろう。魔女が関わっているとあらば、見過ごすわけにもいかん。相談を受理しよう」


 シャルアスは書類を持ってきて、夫婦に手続きの説明をした。書類への記入を待ちながら、未だ顔を覗かせているクシェルを睨みつけて、独り言のような小言を寄越す。


「また魔女の関わる事件か。どうしてはぐれ者の術師共は、こう厄介事ばかりを起こすのか」

「一緒くたにしないでくださいよ……というか、その魔女とやらは本物なんですか? 男女の子作りに役立つ薬を作る魔女はいますが、塗り薬だけでお腹に子供を出現させるなんてことは不可能ですよ! 魔女の呪い魔法でも、そんなモノはありません」

「山の魔女は身分を詐称して、不可思議な薬を売っている、と?」

「そうに決まってます。こういう輩がいるから、魔女の地位が下がるのよ……」


 拗ねた愚痴をこぼしたところで、書類の記入が終わった。シャルアスはテーブルに地図を広げて、夫妻に問いかける。


「その山の魔女とやらの居場所はわかるか?」

「街の南から続く山道を歩いて――……あの、よければ僕が案内をしましょう。薬について直接問いただしてやろうと、何度か通っているので、道はよくわかります」

「ありがたい。頼もう」


 シャルアスは頷き、立ち上がった。ハーベイとルダも続き、話をしながら駐在所の玄関へと移動する。面々の会話を聞くに、ルダを家に送り次第、すぐに出発するみたいだ。


 クシェルもさっと支度を整えて、玄関へと移動した。


「身分詐称魔女、絶対に取っ捕まえてやりましょうね! 行きますよ、シャルアスさん!」

「お前はメイドだろう。警吏にでもなったつもりか。ついてくるな」


 追い返される前に、全身を使って警吏服のマントにグルグルと絡みついてやる。背後でマントに包まる珍妙な魔女を横目で睨み、シャルアスは盛大なため息を吐いた。


「はぁ……警吏になって初めて、この制服がわずらわしいと感じる……」


 どうやら機械人形にも、ため息機能というものが備わっているらしい。思いがけず、新機能を発見してしまった。




 そうして街中でルダと別れて、一行はハーベイの案内を受けて山へと繰り出した。


 詐称ではなく本物の魔法使いだった場合を考えて、念のため、シャルアスの同僚マルコも捜査に加わる。歩いて行ける距離とのことで、馬を連れない徒歩での山行だ。


 天気も良く、森の中にはほがらかな春の陽気が満ちていて、クシェルはうっかりピクニックのような心地でウキウキしてしまった。魔女は心の動きに抗えない生き物なのだ。


 道中、『浮かれるな』とか、『鬱陶しいから帰れ』とか、シャルアスに厳しい注意を受けながらも……どうにか目的地にたどり着いた。


 木々と草花がわさわさと生い茂る中に、埋もれるようにして一軒のあばら家が建っている。茂みに隠れながら遠目に様子をうかがい、ハーベイはコソリと声をかけてきた。


「あの小屋です。僕が訪ねた時には、魔女と数人の男たちがいました。僕はクレーマー扱いされて、入り口で追い返されてしまうので、ここから先は……」

「案内に感謝する。我々が向かうから、案ずるな」

「よし、行こうぜ、シャル! ――と言いたいところだが、男二人で訪ねたら、怪しまれて商いを隠されるかもしれんな」

「子作り薬の現物を入手するには、客として、男女で向かうのがよかろう。ちょうど余計なモノもくっ付いてきているから、使うとしよう」


 シャルアスはそう言うと、チラリとクシェルを見た。クシェルも中に乗り込んでやりたい気持ちがウズウズとしていたので、承知して力強く頷く。


「では、俺とクシェルで中をうかがってくる。マルコには待機を願う。何かあった時には頼む」

「了解。真に魔女だった場合は、すぐに引け。新たな呪いなんぞを重ねられたら、洒落にならないからな」

「わかっている」


 言葉を交わしながら、シャルアスはマントを外して警吏服の上着を脱ぎ、剣帯ごとサーベルを外して置いた。インナーの白いシャツと黒いズボンというカジュアルな格好に身を変えて、クシェルと共にあばら家へと歩き出す。


 草をかき分けて近づきながら、ひっそりと小声を寄越された。


「お前は決して余計なことを喋るな。俺に話を合わせていろ」

「さて。魔女は命令の聞けぬ生き物ですから、場合によってはどうなることやら」

「口を開いたら殺す」

「はい」


 最近、なんやかんや一緒に過ごす時間が増えていたので、忘れかけていたが……この機械人形には殺傷機能もばっちり備わっているのだった。


(危ない危ない……。ちゃんと捜査に協力しないと、私まで処されてしまうわ)


 気持ちを切り替えて、クシェルはシャルアスに並んであばら家の前に立った。シャルアスは戸を叩いて中に声をかける。


「魔女殿に相談があって来た。戸を開けてはくれまいか。子を成す薬を分けていただきたい」


 ギィときしんだ音を立てて、すぐに扉は開かれた。出迎えたのは男だ。クシェルとシャルアスの姿を確認すると、男は二人を中へと通す。


 小さなあばら家は外観同様、中も埃っぽくて荒れていたが、中央に置かれたテーブルと椅子だけは妙に綺麗だった。


 一人の老婆が席に着いていて、テーブルの燭台の灯りに照らされている。扉番の男の他に、老婆の隣にもう一人男が立っていた。腰にはこん棒のような物を下げている。


 男たちの立ち位置や格好から察するに、彼らは老婆の護衛のようだ。


 クシェルとシャルアスは老婆の向かいの席に腰を掛ける。シャルアスは早速、本題を口にした。


「街で噂を聞いて訪ねたのだが、魔女殿の薬を用いれば子を成せるとは本当か?」

「えぇ、えぇ、その通りでございます。アタシの子宿しの薬を使えば、どんな女でも子を授かりますよ」

「それは助かる。妻に子ができなくてな」


 この機械人形には嘘を吐く機能というものも備わっているようだ。ふむと頷き、クシェルも話を合わせて嘘を吐いてみることにした。


「いやはや、旦那様のお腰の剣が甲斐性なしなもので、ほとほと困り果てておりましてね――……痛ぁっ」


 テーブルの下で、シャルアスに思い切り足を踏みつけられた。


 子を得るに至らない理由を添えて、話の信憑性を高めてやろう、と思ってのお喋りだったのだが……無用だったらしい。


 クシェルが痛みに呻き、涙目になっているうちに、シャルアスと老魔女はさっさと取引を交わしていた。


 シャルアスが金貨を五枚――五万Gを払い、確認をした老婆が液の入った小瓶を寄越す。


「これを今日のうちに、嫁さんの腹にかけておやりなさい。たっぷり一瓶使い切り、よ~く塗り込むように」

「ありがたくいただく。では、失礼する」


 未だヒィヒィ言っているクシェルの腕を引っ掴んで、シャルアスは席を立った。


 あばら家を出て、茂みの中で待機していたマルコとハーベイに合流する。

 手にした小瓶の液を見つめて、マルコは所感を口にした。


「怪しい魔女の薬、なんて言うから、もっと毒々しいのを想像していたが。水みたいだな」

「無色透明ですね。どういう薬なのかしら。ちょっと開けてみてもいいですか? 匂いで材料がわかるかも」

「肌にかからぬよう、気を付けろ」


 一応、同業の魔女ともあって、シャルアスはすんなりとクシェルに薬を預けてくれた。手のひら大の瓶の蓋を開けて、匂いを嗅いでみる。


 無色透明の水みたいな液だが……匂いも、際立ったものはなかった。


「う~ん……しいて言えば、ちょっと土臭いような。これ、薬でもなんでもなく、そのへんの池の水とかじゃないですか?」

「そんな馬鹿な……! だったら、どうして妻の腹が膨れてしまったんです?」


 クシェルは瓶の液をゆらゆらと揺らしてみたり、日の光にかざしてみたりした。――すると、ふいに、水の中で何かが揺らいだ気がした。


(あれ? 今、透明な何かが見えたような……。――あ、もしかして、この水……)


 ふと思い至って、クシェルはシャルアスに問いかける。


「シャルアスさん、ナイフか何か持っていませんか?」


 彼は無言のまま懐からナイフを出した。さっと受け取って、クシェルは自身の指先をちょいと突き、プツリと血を出す。


 その血を瓶の中に数滴垂らし入れて、瓶を揺らしてみる。――すると、思った通り、瓶の中のナニカが反応してうごめいた。


「この液体、やっぱりそのへんの水ですよ! 血吸いの寄生虫入りですが」

「きっ、寄生虫……!?」


 ハーベイはぎょっとして身を引いた。逆に、シャルアスとマルコは身を乗り出して瓶を覗き込む。


 クシェルの垂らした赤い血を吸い込んだことで、無色透明だった寄生虫は体形を現した。細く小さな、糸のような虫だ。血を吸ったのは数匹だが、かなりたくさん入っているよう。


「皮膚から体内に潜り込んで、内臓に巣くって血を吸う虫がいましてね。この虫も、その類のように思えます。宿した人は臓器がおかしくなってお腹に水が溜まってきますから、その膨らみを、あの老婆は子だと言い張っているのでは?」

「そんな……」


 顔を真っ青にしたハーベイの背を、クシェルはポンと叩いてやる。


「すご~くよく効く虫落としの薬がありますから、大丈夫ですよ。正真正銘の魔女の薬です。後で差し上げましょう。もちろん、お代はガッツリしっかり、いただきますが」


 ニコリと微笑みかけてやったが、ハーベイは詐称魔女の詐欺に遭った後だからか、複雑な顔をしていた。




 それから少し話をした後、青い顔をしていたハーベイは、一度家に帰って休むべきとの判断で街へと帰された。


 シャルアスとマルコは場に残り、あばら家に張り込む。警吏たちを言いくるめて、もちろん、クシェルも居座っている。

 

 近くの水場で虫が湧いているとしたら危険――とのことで、入手元をたどるべく、今後の動きについてのミーティングが始まった。


 ――が、話の入りに、ふいにシャルアスがクシェルの手を取り、また深いため息をついた。


「まったく……娘の身で、躊躇いもなく肌を切ってみせるとは。さすが魔女だな」

「ふっふっふ、存分に称えてくださいませ」

「褒めていない。あきれているんだ。――血は止まったのか? 見せてみろ」

 

 シャルアスはクシェルの指先に視線を落として、生真面目に確認をしていた。


(……この機械人形、もしかして『優しさ機能』なんてものも備わっている……の、かしら……?)


 手つきと眼差しが思いのほか丁寧で優しげだったので、クシェルは機械人形の新機能について、思いをめぐらせてしまった。


 ……この新機能の断定については、まだ保留としておこう。つい先ほど『殺す』と言われたし、足も踏まれたばかりなので、疑わしい機能だ。


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