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1 難儀な魔女の最低最悪な一日

毎夜18~19時頃の更新となります。お楽しみいただけましたら幸いです。

 うら若き十七歳の魔女、クシェル・ラモールの一日は、朝一番の占いから始まる。


 一族に伝わる魔女のカードを使った占いだが、今朝引いた運勢はというと――……暗黒破滅大凶だった。


 そんな、滅多にない最低最悪の運勢を引き当てた結果が、この目の前の光景なのだろうか……。


 なんと自分とお付き合いをしている男が、その妹だと紹介されていた女と、素っ裸でベッドに転がっているではないか。


 彼氏――エドモンドは、裸のまま上体を起こしてアワアワと言い訳を寄越した。


「なっ……! クシェル!? えっと、違うんだ……! これには事情が……っ!」

「妹のエイリーンさんとベッドインする事情とは何でしょう? 特殊な性癖を持っている、ということですか?」

「ちっ、違う! 僕にそんな癖はない! 彼女は本当は妹じゃなくて……ええと、君を傷つけないように、ちょっと嘘をついていたんだ……ごめん……! 彼女、エイリーンも僕の大切な恋人なんだ! ……というか、君より付き合いが長いから、本命というか……」


 なるほど、と、クシェルはあきれたため息を吐いた。どうやらエドモンドは、本命の彼女エイリーンとの仲を隠したままクシェルとお付き合いをするべく、妹だと嘘をついていたらしい。


 わざわざそんなことをした理由は、恐らくクシェルの作る『魔女の薬』を、体よくタダで得るためだろう。


 クシェルは肘に下げていたカゴの中から、薬瓶を取り出した。瓶のふたに手をかけながら、エドモンドとエイリーンが睦まじく収まっているベッドへ、ゆっくりと歩み寄る。


 羽織っている真っ黒なローブがバサリとなびいた。ゆるく二つに括っている、長いミルクティー色の髪を揺らし、若草色の目を細めて、湧き上がる腹立たしさのままに体を動かす。


 二人の方へと歩きながら、エドモンドとの出会いに思いを馳せた――。


 

 エドモンドはクシェルにとっての初めての彼氏だ。十七年間生きてきて、生まれて初めて告白というものをされて、付き合うに至った相手である。


 といっても、つい一週間前の話なのだが。


 金と酒と怪しい薬と、あらゆる魔物物品やらが取り交わされる冒険者ギルドの片隅で、冒険者業をしているエドモンドと、薬を売る魔女クシェルは出会った。


 エドモンドはこげ茶の髪と目をした、優男だ。彼は冒険者らしからぬ優しげな態度で、クシェルに愛を告げてきた。


『君のこと、前から気になってたんだ。よい薬を作る素敵な魔女だって。姿を見かける度に想いを募らせてしまって……どうか、僕の恋人になってくれないかな?』


 クシェルは五年前に母を亡くし、他に家族もなく、一人で日々を生きる身だ。そんな寂しい暮らしの中で思わぬ誘いを受けたものだから、浮き立つ乙女心のままに頷いてしまった。


 そうして翌日には彼の家に連れられて、恋人同士の睦まじいひと時を――過ごすのかと思いきや、妹エイリーンを紹介されたのだ。明るい金色の髪をした、可愛らしい娘。ついでに彼女が抱えている病気までペラペラと話された。


『エイリーンは肌が弱くてね。手が荒れてボロボロになっていて、可哀想だろう? よい薬があるといいんだけど……』


 そんなことを言われたので、クシェルはよい材料を買い、よい皮膚薬を作ってやった。そうしてエドモンドとエイリーンの兄妹とよい関係を築いて、あわよくば、このままよい家族を得られたら――……なんてことを考えていた矢先に、ベッドインに遭遇してしまったわけである。


 街に出るついでに、ヒョイと彼の家を訪ねてみたら、こんなことになってしまった。

 鍵が開いていたので勝手に入ってしまったのは悪かったが……この二人の嘘つき共は、もっと悪い輩なのだから、クシェルの侵入罪はチャラだろう。



 クシェルは思考を現実へと戻し、二人のベッドのすぐ隣に立った。作ってきた皮膚の液薬の蓋をスポンと開けて、二人に言う。


「事情は大方把握しました。……もう薬を差し上げるのは、これで最後です。あと、今この時をもって、恋人関係も解消させてもらいます。さようなら、詐欺師め!」


 罵声を吐きながら、スースーする液体皮膚薬を思い切りぶっかけてやった。


「ギャアアアア――ッ!! 股にかかったッ!! スースーする!! いたたたたっ!!」

「ヒィッ目にしみるっ! お水! お水を……ッ!!」


 パニックを起こしている二人に背を向けて、クシェルはさっさと場を去った。


「まったく……! 呪わないでやっただけ、感謝するといいわ」


 この国では呪いの類は重罪だ。自分が捕まりたくないから呪わなかっただけで、別に彼らへの慈悲ではない。あともう少し腹を立てていたならば、迷わず『魔女の呪いの魔法』を使ってやったところである。


 一週間という短い期間の交際だったから、これくらいの怒りで済んだのだ。エドモンドとは手を繋いで街を歩いただけの関係。口づけも、抱擁も、ましてや肌を重ねることなんて、一切なかった。


 クシェル当人のことなんかはどうでもよくて、彼は薬だけが目当てだったのだろう……。まんまと詐欺に引っかかってしまった自分も愚かだが、騙すほうも騙すほうだ。まったく酷いったら、ありゃしない。


 クシェルは元彼エドモンドの家を出て、大股で通りを歩き出した。




 朝の清澄な空気に満たされた街並みは、大変に美しい。が、そんな綺麗な景色の中を、苛立ちに任せてガツガツと歩いていく。


 クシェルの暮らすこの街――『シアラトア』は、西側が海に面していて、東と南北には山がある。海、山、川、風に恵まれた、自然の気が豊かな街だ。


 気を操って魔法に変える魔術師たちが、存分に力を振るうことのできる土地である。――けれど、もったいないことに、今の時代に魔法を使える人はほとんどいない。


 それというのも、人間は神の怒りを買って、魔法を取り上げられてしまったのだとか。人々は大昔、魔法で大きな戦を起こして、世をめちゃめちゃに荒らしてしまったらしい。


 戦に関わった魔術師たちは皆、魔法を取り上げられたが……ごく一部、一切加担しなかった術師たちだけが、神の怒りをかわして現代まで魔法を引き継いでいる。


 その、魔法を継いだ術師の末裔の一部は、世の人々をまとめ上げて新たな国を作り、王となった。このシアラトアも、そういう国の一角にある街だ。


 ――と、意識の高い魔術師の末裔たちは、何やら国づくりに一生懸命になっていたようだけれど。

 同じく魔法を継いだ魔女の一族や、気ままな黒魔術師の末裔たちは、『国作りなんて知ったこっちゃない』と、好き勝手生きてきた。


 クシェルも、そんな自由気ままな魔女の末裔である。世に稀な、自前の魔法を使える人間だ。これっぽっちも気高い心などはない、俗物だが。 


 街の通りを歩きながら、クシェルはそのへんの石ころを蹴り飛ばしてやった。乙女の恋心をめちゃくちゃにされた怒りや、悲しみ、虚しさ、悔しさ――などなど、諸々の気持ちを込めて。


「はぁ……バカだ。私、本当にバカ……こんな見え透いた恋愛詐欺に引っかかって。エドモンドめ……やっぱり呪ってやればよかったかしら。もしくは、ぶん殴ってやってもよかったかも。いや、腹を裂いて、内臓を闇商人に売り飛ばしてやってもよかったわ」

 

 淑やかな女性であれば、失恋を静かに受け止めてホロリと涙を流したりするのだろう。けれど、クシェルはそこらの一般人ではなく、魔女である。魔女は心のままにしか生きられない。


 心にひとたび『腹立たしさ』が湧き上がれば、その感情に任せて動くのが魔女である。気分のままに罪を犯して、牢屋に放り込まれる魔女は世間に多い。が、たとえ投獄されようと、当人たちはさして悲観しないし、反省することもない。


 胸に湧く激情は、魔女にとっては美徳なのだ。魔女はその感情を材料にして、特別な魔法の薬を作るので。苛烈で豊かな心を持つ魔女ほど、色々な薬を作り出す偉大な魔女になれる――。


 でも、心を縛らずに、ありのまま自由奔放に生きる魔女という生き物は、現代社会では大変に生きづらい。

 魔女は組織の中で協調して働くことなどできないし、社会の決まり事なんかも、これっぽっちも守れない。


 世は秩序を保つために、個人の奔放な心よりも道徳を重んじる。気ままな魔女という生き物は、道徳――規範からすぐにはみ出す、厄介者でしかない。


 そういうわけで、生来の難ある気質ゆえに、魔女は現代で身を立てていくのがとても難しい。クシェルも、その日暮らしの貧民の身分である。


 安定した暮らしもできず、特に明るい未来も見えず……細々とした生活の中で、『自分を好いてくれる人がいた』という出来事は、とんでもない幸運に思えた。恋人ができるだなんて、こんなに魅力的なことはないように思えたのだった。


 だから、エドモンドの愛の告白に頷いてしまったのだ。……結果的に詐欺だったわけだが。


 クシェルは失恋で荒んだ心のままに、どんよりとした顔で家への帰路を歩く。……この大荒れの失恋心ですら魔女にとっては美徳であり、よい薬の素材になるのだから、業の深い身の上だ。


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