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蠍座の女

作者: 朝凪 青

この世にはどうしようも無い男がいる。


子供に暴力を振るう男、社員を駒のように扱い甘い汁だけを吸う男、SNSで狭窄な視野による偏見に塗れた過激な持論を展開する男。

挙げていけばキリがない。


私の仕事は、そんなどうしようもない奴らに制裁を加えること。


私には名前がない。

必要が無いと言った方が正しいだろうか。


私は今まで数え切れないほどの男を毒殺してきた。

そのせいだろうか、警察からは「蠍座の女」と呼ばれているらしい。



心斎橋にある雑居ビルの7階の角部屋の戸を叩き、中に入る。相も変わらず散らかった事務所だ。

デスクに座った男がパソコンから目を離さずに言う。

「急に呼び出してすまないね。」

「大丈夫よ。今日は休みだから。」


この男とタッグを組んでどれほど経つだろうか。

この男はヘラという名義で裏掲示板を運営し、寄せられてくる傷ついた女性の依頼を受け、制裁を加える。もちろん無償で。


ヘラは、薬剤師である私の薬の知識と、それなりに美しい容姿と、そして、私が男から受けた凄惨な仕打を買ってスカウトしたらしい。

彼は依頼を受け、警察から私を守る。彼が1から100まで地図を描いてくれるため、私はその通りに行動するだけでいい。そして私はこの世から1人でも男を消すことができる。

彼が優秀なハッカーであるということと、目的を確実に達成する執念深さから自らヘラと名乗っているということ以外何もかも知らないが、互いにとって有益な関係性が築けている。


「早速だけど今回のターゲットだ。」

私は手渡された資料に目を通す。

依頼主は被害者の姉か。被害者の親族からの依頼はよくあることだ。



「36歳、折という変わった苗字のスーツを着た小綺麗な男。北浜に弁護士事務所を構えているらしい。」

「お世辞にはイケメンとは言えないわね。」

「若い頃は見た目のせいでモテなかったが金と地位を手に入れたことで女の方から寄ってくるようになったんだろう。その末路がその下に書いてある」

私は顔を歪めた。

「こいつは2ヶ月前にマッチングアプリで知り合った女子大生をレイプして絞殺。被害者は手錠でベッドに繋がれて裸のまま遺体で発見されたそうだ。」

「救いようもないわね。」

「こいつのマッチングアプリの使用履歴を洗ってみた。複数のアプリを併用して同じようなことをしているみたいだが殺しは初めてのようだ。放って置いても捕まるだろうが、こいつは弁護士だから上手いことやられて、もしかしたら執行猶予を勝ち取るかもしれないな。」


私はため息をついた。

「消すわ。レイプを許すことはできない。」

「折頭が切れる。慎重にな。プランはまた追って連絡する。」


その後2時間の綿密な打ち合わせの後、プリペイド携帯を2つ受け取り事務所を出る。



1週間後携帯が鳴った。

「もしもし。」

「アポを取り付けた。日付は3日後の日曜日。19時にJR吹田駅のロータリーを集合場所に指定してある。歩道橋が目印だ。君は26歳でIT企業の事務をしているという設定にしてある。」

「実年齢より4つも上よ。バレるんじゃないかしら。」

「いいや。大丈夫だ。なぜなら利発な君にかかればそれぐらい訳はないと確信しているからだ。」

私はため息をついた。

「わかったわ。上手くやる。」

「よろしく頼む。仕事が終われば連絡してくれ。わかってると思うけど、もちろんこの携帯は処分しておいてくれよ。」


私はルームウェアの上から上着を羽織り30分ほどかけて歩いて淀川に行き、土手からプリペイド携帯を投げ捨てた。



駅のロータリーをウロウロしていると、こちらに手を振っている男が見えた。折だ。

上下スーツを着用し、きちんとタイも締めている。綺麗に分けられた髪から落ちている1束の前髪は計算だろうか。

「初めまして。折です。写真で見たよりもお綺麗だ。」

「初めまして。ありがとう。嬉しい。」

「じゃあ早速行こうか。」


路地を入り、プラン通り折がよく行くというカップル喫茶に向かう。

「なぜ手袋をしているの?」

「私肌が弱くて、特に手は乾燥に弱いので年中手袋をつけているんです。」

「ふーん。暑いけど手袋はつけないといけない。だから薄手のゴム手袋をしているんだね」

「その通りです。どうかお気になさらないでください。」

もちろん真の目的は別のところにある。私が捕まらない理由の一つでもある。


「そうだ。君は事務をしているんだよね」

「はい。そうです。」

「なぜわざわざ将来的に取って代わられる仕事をしているの?収入だってそんなに良くないでしょ。」

なるほど。こういう男か。自身の経歴から来る自信。無意識な傲慢。傲慢とはなにも目に見える態度だけを指すものではない。


私は馬鹿な女を装い、ニコニコしながら言った。

「初対面でそんなこと言わないでくださいよ。折さんは弁護士で頭も良いしお金もたくさん稼いでるんでしょうね。」


私に話を振ってきて、その話に対して中学生が苦しむ疑問詞たちを駆使して質問攻めにしてくる。恋愛心理学の本でも読みあさっているんだろう。教科書通りのつまらない男だ。そんな本のどこにも真理は載っていない。

私の嘘が尽きそうになったところで目的地に着いた。


雑居ビルの汚いエレベーターに乗って3階へ向かう。廊下を通り受付をし、金を払う。

ここは薄暗いから誰かに顔を見られることもないし本名を名乗る必要もない。


通路を挟んで左右に3つずつソファ席がある。私たちは1番奥の左手の席に着く。私たちの他には1組しかいないようだ。もちろん顔は見えないが。


折は注文した烏龍茶を一口飲むと、ソファにもたれ、右手を私の腰に回した。そして左手で私の少し右寄りの顎に触れる。折は目を閉じている。

唇を重ねる。嫌な音が鼓膜を震わせる。

私は折が目を閉じていることを確認し、左手を折の首に回しつつブラに挟んでおいた小袋を、右手とブラの上べりを使って開ける。折の意識を集中させるため舌を入れつつ折のドリンクに白い粉を入れる。

「舌ピ開けてるんだ。」

「そうなの。気持ちいでしょ?好評なのよ。」

「うん。すごくね。」

そう言いながら折は自分のまぶたの裏を見つつ再び顔を近づけてくる。

そのまましばらくの間恋人ごっこをしつつ、頭の中で段取りを復習する。


「ねえ。そろそろ出ない?そういう気分になってきちゃった。」

折の下半身にテントが張られているのは確認済みである。

「そうだね。出ようか。」

この手の男は女性からの誘いには必ず乗ってくる。若い頃の出遅れを取り戻そうと必死なのだ。社会的地位や2か月前に起こした事件のことなど頭のどこにもないだろう。彼の脳を支配しているのはこの後の展開と銀の丸いピアスの感触だろう。


折は一息に烏龍茶を飲み干すと、私の少し前を歩き店を出る。

折がこの店に来ると烏龍茶を注文し、店を出るときに一息に飲み干すことはもちろんリサーチ済みである。

そして私はアンタレスによって眠らされた防犯カメラと、これから眠る前を歩く男を交互に見てから店を出る。


星が見えるほどの晴れた爽やかな夜だ。

「すぐそこのホテルで休憩しようか。」

私は折の横顔に顔を寄せ言う。

「私、外でしたいの。淀川にいきましょう。」

折は外というワードに反応した下半身を隠すように少し前屈みになりながら、手を挙げタクシーをとめる。


折の腕を両手で抱きながら何度も歩いた淀川の土手を歩く。川沿いの少し強い風が心地いい。

折は例の受売りテクニックを全く披露しなくなった。初めてのことをする前の緊張に加え、良さげな場所を探すことに全神経を持っていかれているようだ。


「あそこはどうかしら」

折に言う。

「あそこなら上に電車が通っているから柱で陰になっているし草の背も高いから良いんじゃないかしら」

「うん。そうだね。降りよう。」

上ずった声で言う。

本当の理由が川が増水しているからだと言ってもよかったが、やめておいた。


私は腕時計に目をやる。カップル喫茶を出てから28分が経った。

土手を降りる折の足取りがフラついているのはタクシーに酔ったせいではないだろう。

折は川辺に座り込みそのまま眠ってしまった。

眠ってしまったというのは語弊があるか。「計画通り」眠ってしまった。


ここからの仕事はイージーだ。バッグからインシロップを取り出し親指と手首を後ろで固定する。そして靴を脱がし、足首も固定する。さらにバックからロープを取り出し、コンクリートブロックを折の体をに可能な限り取り付ける。

最後に増水した川に蹴落とせば完成だ。


水の中に沈む直前、幸せそうに眠っている折の顔が見えた。

もっと苦しめても良かったが、目的を確実に達成するにはこの方法がベストだろう。


プリペイド携帯を取り出し、電話をかける。

「終わったわ。」

「さすがだね。」

「ちょっと疲れちゃったわ。」

「それは、身体的に?それとも精神的に?」

「わかっているでしょう。無駄な質問はしないで。」

電話の奥からため息が聞こえた。

「君も普通の人間だということを忘れていたよ。」

「たくさんのどうしようもないヤツを消してきたけど、1番どうしようもないのはあなただったのかもね」

「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。じゃあね。おやすみ。」

「おやすみなさい」


私は繋がっていない携帯をポケットにしまい、反対のポケットから緑の錠剤をとりだしガリガリと噛み砕く。


そして目の前を流れる冷たい水に身を委ねる。


水の中に沈む直前、私は幸せな顔をしていただろうか。






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