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【第183話】ヒュドラの強み




 ヒュドラに向かって走り出した俺達は気づかれていない内に先制の1撃を加えるべく側面へと回り込む。そして、ひとまず俺がヒュドラの頭部付近へ魔砂(マジックサンド)を飛ばしてアイ・テレポートの着地先となる足場を作り出した。これで、不意を突いて頭を攻撃できるはずだ。


「足場の準備が出来たぞリリス。瞬間移動を終えたら俺はすぐさまヒュドラの顔を攻撃する。その後は俺から離れないようにしつつ息を整えてくれ」


「分かりました。危なくなったらどんなに体力的にきつくても直ぐにガラルドさんごと地上へ瞬間移動して引き返しますね」


「ああ、頼りにしてるぞ」


「では、行きます! アイ・テレポート!」


 俺とリリスはヒュドラから見て1番右の頭の後頭部付近へ瞬間移動した。まだこちらに気付いていないヒュドラに対して俺は全力の拳をお見舞いする。


「喰らえ! レッド・インパクト!」


 左胸に火属性を宿し、自身を高熱によって活性化させた俺の拳はヒュドラの頭を激しく揺らす。外傷に加えて不意の衝撃が響いたのか、ヒュドラは白目を剥き長い首をだらんと垂らす。


 しかし、残り八つの頭は気を失っていない。やはり見た目通り脳は頭の数だけあって、それぞれが個別の意思で行動しているようだ。


 冷静に対処している様子からも恐らくヒュドラだけは死の扇動(クーレオン)の重ね掛けの影響を受けず暴走していないみたいだ。


 垂れた首を伝って胴体に着地した俺とリリスを合計4つの頭が睨み、残り4つの顔はそれぞれ四方向を警戒している。どうやら頭同士で役割分担ができるぐらい知能が高いようだ


 俺達を睨む4つの頭は目が血走っているものの中々こちらへ攻撃してくる様子はない。どうやらブレスを吐こうにも俺達が胴体に乗っているせいで迂闊に吐けないようだ。


 これはチャンスかもしれない頭4つが攻めあぐねているうちに胴体を攻撃してやればいいんだ。俺は棍に赤い回転砂を纏わせて思いきりヒュドラの背中に叩きつける。


「レッド・ブロウ!」


 回転砂の轟音、棍の鈍音、そして高熱で背中が焼ける音が響き渡るとヒュドラの頭が一斉にうめき声をあげる。


「ギェェゥゥ!」


 頭1つだけでもかなりの質量を持つヒュドラが一斉に叫ぶとそれだけで凄まじく、あまりの音圧に鼓膜が破れるのではと心配になるほどだ。その音圧は俺とリリスから平衡感覚を奪い、たまらず膝を着いてしまう。


 早く立ち上がってリリスを守らなければ……棍を杖代わりにして無理やり起き上がった俺だったが平衡感覚をやられたせいか、自分が思っていた以上に動作が緩慢になっている。頭上に魔力の波動を感じて見上げるとヒュドラの頭の1つが氷のブレスを放とうとしていた。


「ま、まずい、早く逃げるぞ、リリス!」


「…………」


 俺の声掛けにリリスは俯いたまま何も反応を返さない。いや、正確にいうと返す事ができなかったのだ。俺自身未だにふらついていて立っているのがやっとだ。スキルなんてとてもじゃないが使える状態ではない。


 リリスは今も膝を着いて上半身をフラフラとさせている。もしかしたらヒュドラが真上で氷のブレスを準備していることすら気づいていないかもしれない。


 俺は何とかリリスに近寄って体を抱える。しかし、戻りきっていない平衡感覚では人を運ぶことなどできる訳もなく一緒になって倒れてしまう。その間にヒュドラは氷のブレスを吐き出す準備を整えたようで倒れている俺達に向かって勢いよく吐き出した。


 せめてリリスだけでも守らなければと俺がリリスに覆いかぶさり上から来るブレスの盾になろうとしたその時、聞こえづらくなっている耳にも届くぐらいに大きな声が飛び込む。


「痛くさせたらごめんなさい! リパルシブ!」


 声のした方を振り向くと、その声の主はサーシャだった。サーシャは発光させた黒猫サクを俺達のいるところへ走らせるとサクが俺に対して体当たりを繰り出す。


 サクの体とリリスを抱きしめている俺の体が触れた瞬間、大きなバネに弾かれたように俺達の体が遠くへ吹き飛ばされた。あの技は重力とは逆の力――――斥力(せきりょく)を発生させるサーシャのスキル『リパルシブ』だ。


 サーシャの宣言通り、ぶつかられた瞬間は少し痛かった。それでも事前にサーシャが叫んでくれたおかげでぶつかってくる方向が分かったこともあり、心構えができて大きなダメージにはなっていない。


 それに俺の体がリリスを包んでいたおかげでリリスはノーダメージで済んだことが何よりありがたい。


 サーシャのおかげで氷のブレスを避けることができ、ヒュドラの放ったブレスは俺達が立っていたヒュドラの胴体へと直撃する。


 しかし、ヒュドラは少し痛そうな顔をしただけで大した自爆ダメージにはなってなさそうだ。やはり毒を使う魔獣が抗体を持っているのと同じ様に多くの属性を使うヒュドラもまた各属性に少なからず耐性を持っているのだろう。


 そこからは厳しい戦いが続いた。グラッジが合流した後、俺達は死の海で超音波を使う魔獣ウォーター・リーパーと戦った時と同様に耳の中へ濡れた布を突っ込んでヒュドラの咆哮対策は出来たのものの決定的なダメージを与えられなかったのだ。


 リリスとサーシャとグラッジの攻撃は主に属性を伴うものが多いから耐性面で効果が薄い。俺が放つ力任せの物理攻撃もヒュドラの巨体を前にすると八つの頭を全て戦闘不能にできる程のダメージは与えられなかった。


 俺達が少しずつ消耗していく中、ヒュドラは八つの頭を駆使して兵士・民の攻撃にも対応し始め、じわじわと人間全てを苦しめていた。


 魔獣群とイグノーラ側の押し合いは少しずつラインが城壁へと近づいていき、とうとうヒュドラのブレスが城壁に届く距離まできてしまう。


 城壁に穴を開けられた時点で女子供を中心とした多くの民衆が死んでしまうだろう。


 ここは何が何でも踏ん張らなければならない。俺は両手に魔力を込めて、全力でレッド・テンペストを放とうとしたが魔力の高まりを感知したヒュドラは高所から見下ろし、俺達を生き埋めにするかの如く岩の雨を口から放出する。もはや火気でも冷気でも毒でもない固体まで吐き出してきやがった。


 何でもあり過ぎるヒュドラのブレスに俺は硬直することしかできなかった。しかしグラッジだけは冷静に風の針を大量に真上へとばら撒き、落ちてくる岩々に抵抗を試みる。


 しかし、岩の雨の勢いこそ弱まったものの落下を防ぐことは出来なかった。俺達4人と近くにいた数十人の兵士は大量の岩で生き埋めにされてしまう。





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