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【第141話】ウィッチズケトルとエンド




「え? 『人という種』が消える? それって人間が全員死ぬってことか?」


 ゼロが発した言葉の意味が分からなかった俺は聞き返した。すると、ゼロはモンストル大陸南半分が描かれた地図を取り出し、パラディア家のことを絡めながら色々と教えてくれた。


「その問いに答えるには先にパラディア家のことを聞いて欲しい。まず僕の祖父サウザンド・パラディアという人間は『世の為・人の為に日夜研究に励む』絵に描いたような善の学者でね。カリギュラのずっと東にあるペアレという街で研究機関を立ち上げたんだ。その機関の名はここと同じウィッチズケトルだった」


「だったってことは無くなったのか?」


「その通り。当時ウィッチズケトルには下部に属する研究機関があってね、そこの代表をしていたのが僕の父ワン・パラディアという男でね。ワンは機関の名をエンドと名付けて魔力砲やサクリファイスソードといった非人道的な兵器を秘密裏に作り上げてウィッチズケトルを襲撃したんだ」


「魔力砲にサクリファイスソード……それは、他者の魔力を吸い取って強くなる兵器のことだよな?」


 ゼロは静かに頷いた。ここにきてビエード達が使っていた魔力砲とサクリファイスソードの名が出てくるとは。あの悪魔的な兵器の発祥は大陸南側にあるペアレと呼ばれる街だったのだ。


 父親が祖父を殺そうとするだけでも信じられないのに兵器の話まで出てきて頭がパンクしそうだ。ゼロは更に話を続ける。


「事前に戦力と兵器を揃えて襲撃したエンドに対し、軍でもなければギルドでもないウィッチズケトルに勝ち目があるはずはない。だけど、祖父サウザンドは手練れの研究仲間4人と共に得意の魔術で対抗したんだ……」


 そこからゼロは長く沈黙する。この先を聞くのが恐いけれど聞かなければ俺達は先に進めない、俺はゼロに結果を尋ねた。


「結果はどうなったんだ?」


「祖父が何とか隙を突いてサクリファイスソードを奪い取り、父を戦闘不能まで追い込んだよ。だけど、ペアレの街は壊滅してしまったし、サクリファイスソードを使い過ぎた祖父は戦いの後……いや、ここからは直接見てもらった方がいいかな、僕の後をついて来ておくれ」


 すると、ゼロは少し離れた位置にある部屋の前に案内してくれた。部屋の扉を開けると、そこには白髪のお爺さんがベッドに腰掛け、口を半開きにして虚ろな目で虚空を見つめていた。


 ゼロはどうみても普通ではない老人の横に立つと彼を紹介してくれた。


「この人が僕の祖父サウザンドだ。見ての通り廃人と化している。サクリファイスソードを使って人体と魔力を酷使し過ぎるとこうなってしまうらしい。これでも事件の直前までは弁の立つ人でね。1本も白髪が無くて実年齢よりも若々しい人だったんだけどね」


 ……正直、サウザンドさんもゼロも直視するのが辛かった。肉親が悪事を働いたり、傷ついたりすることほど苦しいものはないだろう。


 ゼロは孫を認識できていないサウザンドの肩に手を置くと祖父が廃人化した後の話と自身がここで働いている理由を教えてくれた。


「祖父サウザンドは我が身を犠牲にして父ワンを戦闘不能まで追い込み、ペアレの隣にある町の牢獄に入れた。だけど、あの時トドメを刺さなかったのが良くなかった……。父が牢獄に入ってから1年も経たないうちにエンドの残党と思わしき鉄仮面の集団が牢獄を襲撃して父を脱走させたんだ」


「悪人とはいえ自分の息子だし、殺す事ができなかったのかもな……。その後、ワンはどうなったんだ?」


「それ以降、父は行方不明となってね。僕が資源の豊富なカリギュラにウィッチズケトルを継承させて今に至るというわけさ。僕は祖父の意思を引き継ぎ、世の中の為になる研究を続けつつ、祖父を治す方法と父の行方を追っていたんだ。出来る事なら僕の手でワンを殺してやりたいからね。だが、まさかワンが行方不明後にエンドを再興させていたとは思わなかったよ。ますます放っておけなくなったね」


 ゼロのこぶしは怒りで震えている。カリギュラの人間は軒並み危険思想を持っていると思っていただけにゼロとウィッチズケトルの熱量・信念に驚かされた。


 この人達ならきっとグラッジの抱える問題を包み隠さず話しても大丈夫な気がしてきた。俺はもう少し彼らのことが知りたくなり、話題を少し戻す事にした。


「話を少し戻させてくれ。さっき、ワン率いるエンドが暗躍しているという話になった時にゼロは『このままじゃモンストル大陸から人という種が消えるかもしれない』と言っていたが、これはどういう意味なんだ?」


「ワンという男は迷惑な夢を持った狂気の学者でね。その夢は『人という種族を変異させる』というものなんだ」


「人は長い歴史の中で少しずつ進化をしているはずだが、そういう話ではないよな?」


「あながち間違っては無いけどワンの夢はもっと規模の大きい話だね。ガラルドさんが言っているのはあくまで人間が進化の過程で2足歩行になり、道具を使い、魔術を使役するようになったとかそういう話だよね? そうじゃなくてワンは全人類を進化ではなく『変異』させたいと考えているんだ。言ってしまえば種族そのものが変わるような話だね」


 普段なら何を言っているんだと一蹴しそうな話だが、サクリファイスソードのような人の限界を超える兵器を生み出す奴が言うなら本当にやらかしそうな怖さがある。


「とんでもない話だな……ワンは変異の先に何を望んでいるんだ?」


「人が出来ない事や不得意なことなら何でもだね。そもそも人は群れなければ魔獣どころか動物にも負ける程に弱い。ハンター達を除けばスキルを持っている人も少ないし魔術が使えない者も多いけれど魔獣は違う。人よりも魔力や魔量も多く、種族スキルも豊富で妖精との親和性も高いと言われているんだ。人間よりよっぽど優れているとワンは言っていたよ」


「まるで魔獣にでもなりたがっているように聞こえるな」


「魔獣、妖精、神獣、それにおとぎ話に出てくるエルフ、ドワーフ等々、人ではない何かにいつも興味津々な人だったからね。取り入れるものは何でも取り入れるつもりらしい。自身の体に魔獣の血を入れる狂気的な実験にも手を出していたよ。そんなワンが何かをきっかけに強い力を手にしようものなら全人類が危ないと思ってる。だからさっきはああ言ったのさ」


 ウィッチズケトルの敵であり、ガーランド団の邪魔をして、サーシャの実の両親を攫ったエンドはどうやら共通の敵になりそうだ。


 おまけにエンドは非人道的兵器の生みの親でもあるから恐らく帝国にも兵器提供をしている。もしかしたら帝国籍の組織になっているかもしれない。


 もし帝国がエンドと同じ思想を持っていたとしたら、その時はモンストル大陸史上最大の戦争が起きるかもしれない……想像するだけでゾッとする。


 俺達は魔獣の活性化をどうにかしたいという主目的の元、死の海を越えてきただけなのに気が付けばスケールの大きな話になってきた。


 グラッジのこと、五英雄のこと、拉致されたネリーネ夫妻のこと、そしてエンドのこと、何から手を付けるべきかと考えると……やっぱりグラッジの魔獣寄せのことが最優先だろう。


 俺は仲間と話し合い、これまでの事を全てゼロに話してみないかと提案した。結果5人全員がゼロの事は信用できそうだと結論が出た。俺はヘカトンケイルにいた頃から各町を旅し、今はグラッジを何とかしようとしている事まで長い時間をかけて全てを話した。


 ゼロは細かくメモを取りながら俺達の話を真剣に聞いてくれた。全てを話し終えたあと、ゼロは俺に握手を求め、協力を約束する。


「話は分かったよ、お互いエンドに困らされた者同士協力し合おう。しかし、噂のグラッジさんがここを訪ねてくるとは思わなかったよ。カリギュラにあるウィッチズケトル以外の研究者達はグラッジさんがここに居ると分かったら全力で襲ってくるかもしれないね。だけど我々がグラッジさんを匿うので安心してくれていいよ」


 ゼロの優しい言葉にグラッジは深々と頭を下げ、今後の事を質問する。


「ありがとうございますゼロさん。ですが、魔獣寄せを持つ僕がここにいることでカリギュラ全体が大変な事になってしまわないでしょうか? せめて僕だけでも離れた場所で野営した方がいいですかね?」


「いや、問題ないと思うよ。カリギュラはイグノーラに負けず劣らず腕利きが多いから最低でも数十日は耐えられるはずだ。それに、人が人を襲うようなイカれた町だからね。悪者が武器を振るう相手が人間から魔獣相手に変わるだけのことさ。むしろ魔獣から素材が取れるから町の経済に貢献できるかもね」


 少々荒療治な気がするが、ゼロの言葉にグラッジはホッとした表情を浮かべていた。ひとまずここでゆっくりする事ができそうだ。


 海から平原、そしてアビスロードと移動続きで話も長くなったからそろそろ休みたいところだ。そんな俺達を察したゼロが客室へ案内してくれることになった。


 大空洞の地下40層の住居とは思えない普通に居心地の良い客室に喜んでいるとゼロが微笑みながら別れの言葉を口にする。


「ひとまず今日は皆ゆっくりしてくれたらいいよ、明日の朝から色々頑張ろう。その時にグラドさんの事について話すことにするよ」


「えぇっ! お爺ちゃんのことですか?」


 グラッジが声を裏返しながら驚いた。しかし、ゼロは「話が長くなっちゃうから明日ね」と手を振り、扉を閉めて出て行ってしまった。


 こんな言葉を残していったら気になって眠れないじゃないか……と戸惑いながら俺達は無理やり目を瞑って体を休めることにした。





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