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【第108話】決死の覚悟

明日(2021/12/30)の更新は午前11時前後、明後日(2021/12/31)の更新は夕方以降になると思います。年末年始もかわらず毎日更新を継続していきたいと思います。これからもご愛読のほどよろしくおねがいいたします。




 断崖絶壁を前にしたシルバーは俺たちが想像しえない下り方を披露する。奴は足場を飛び移らずにそのまま飛び降りたのだ。


「馬鹿野郎ッ死ぬ気か!」


 吃驚した俺が安否を確認する為に急いで崖の端まで走ると、シルバーはフリーバードを鉤爪の様な形にして、ずるずると引っ掻きつつ滑りながら降りていた。


 あんな降り方をすれば羽への負担が半端ではないし、少し手元が狂って崖から剥がされることになったらその瞬間に遥か下の地面へ落下し、死は免れないだろう。


 現にガリガリと音を立てながら降りていくシルバーの表情は険しく、死に物狂いで集中しているのが伝わってくる。


 テンポよく降りていくシルバーを尻目に少し遅れてサーシャが崖っぷちまでやってきた。俺達と同じようにサーシャもまたシルバーの豪快な降り方に驚き、困惑している。


 黒猫サクの身軽さなら断崖絶壁の僅かな足場を軽々と渡っていくことは可能だとは思うが、それでもシルバーに追いつくのは厳しいだろう。


 サーシャがここから巻き返すのは実質不可能だろうと俺自身諦めかけていた。だが、サーシャの目からは全く闘志が消えていない。


 それどころか腹をくくったような吹っ切れた表情さえ見せている。大きく深呼吸したサーシャは黒猫サクを撫でながら小さく呟いた。


「サーシャ達なら出来るよね? 恐いけど逆転するにはこれしかないからやってみよう。行くよ、サク!」


 声は小さくとも力強く呟いたサーシャは黒猫サクにまたがり走り出した。その時、俺は我が眼を疑った。サーシャはシルバー以上に勢いよく崖から飛び降りたのだ。


 シルバーの時とは違い断崖絶壁から完全に体が離れた状態で飛び降りてしまっている。崖に触れられない以上、なんの引っ掛かりも無い。サーシャとサクの体は猛スピードで落下していく。


「サーシャちゃぁぁぁん!」


 絹を裂くようなリリスの悲鳴が丘全体に響き渡った。その声で異変に気付いたシルバーは自身の頭上を見上げて落ちてくるサーシャの姿を確認する。


「え? 嘘だろおい!」


 シルバーは目を皿のようにして力なく呟いた。シルバーはいつも豪快な奴だからあんな姿は初めて見た気がする。驚いているシルバーの少し横を風を切りながら落下していったサーシャはあっという間にシルバーを抜き去ってみせた。


 しかし、死んでしまっては意味がない……絶対に無事落下してくれよ! と祈りながらサーシャのことを見つめていると黒猫サクは地面に激突する数秒前に突如体を発光させた。そして、サーシャは今日1番の力強い叫び声をあげた。


「上へ飛ばして、リパルシブ!」


 サーシャが叫ぶと同時に黒猫サクは体を反転させ、両手でサーシャを斜め上へ突き飛ばした。サク自身の腕の力と斥力を発生させるリパルシブの相乗効果でサーシャの体は大きく弧を描き、そのまま勢いよく滝壺へと突っ込んだ。


 サクは地面への激突で消滅し、滝壺に落ちたサーシャは10秒以上経っても水面に上がってこなかった。いくら勢いを弱めてから水に飛び込んだとはいえ、あの高さとスピードで突っ込めば身体の強くないサーシャでは耐えられない可能性がある。


 俺とリリスは安否を確認する為にすぐさまアイ・テレポートで滝壺付近へ瞬間移動した。すると少し遅れてようやくサーシャが滝壺から姿を現した。


 サーシャは肩を強く抑えながら再び黒猫サクを召喚し、のっそりとサクの背中にまたがった。


「ハァハァ、あれだけ勢いがつけば水でも痛いものだね。肩が外れそうだよ……。でも、そのおかげでリードが出来た。それに最後の為に布石を打つことも出来たよ。あと少しだけ頑張ろうね、サク」


 既に満身創痍にも見えるサーシャだが、順調と言わんばかりに笑みを浮かべていた。いつもは大人しく優しいサーシャだが、時折勝負師の様な豪快さと冷静さを見せる事があり、恐ろしさすら感じる。


 そんなサーシャを俺とリリスは黙って見送った。サーシャはその後、滝壺から吊り橋の方へと走っていった。


 断崖絶壁を滑りながら落ちていたシルバーも1分ほど遅れてようやく俺達の横を通っていった。その時の表情はとても険しく、この先の勝敗を暗示していたように思う。


 短めの吊り橋を先に渡り切ったサーシャは何故か後ろを振り返った。すると、今から吊り橋を渡ろうとするシルバーに対して大声で勝利宣言をする。


「シルバーさん、あなたの負けです。だからもう吊り橋を渡ろうとしないでください!」


「何だと? 勝負は最後まで分からないだろうが!」


「いいえ、シルバーさんの負けです。何故なら3つの条件が揃ってしまったから。1つ、サーシャが無事に滝壺へ落下すること。2つ、サクが地面に勢いよく激突すること。3つ、サーシャが先に吊り橋を渡り切ること、この3つの条件が揃ったのだから」


「何を言っているのか、さっぱり分からねぇぞ? 第一、吊り橋を超えてもまだ最後の直線があるじゃな――――」


 サーシャはシルバーが言葉を言い切る前に魔力を黒猫サクへ送り始めた。するとサクの体からとんでもない魔力が迸りはじめた。


 それを見た瞬間、俺は2つ目の条件である『サクが地面に勢いよく激突すること』の意味が分かった。


 攻撃・衝撃を吸収してそのエネルギーを任意に解き放つことができる忌み黒猫の(ブラック )拒絶(リジェクションズ)のスキルの1つ『リベンジ・リリース』を使って吊り橋を破壊する気なのだ。


 豪快な落下と引き換えに蓄えられた凄まじいエネルギーは遠目からも分かる程に強力だ。初めて『リベンジ』のスキルを見るシルバーにもその凄さが伝わっているらしく、生唾を飲み込んでいる。


 そして、サーシャは発光する黒猫サクに命令する。


「サク、吊り橋を破壊して……リベンジ・リリース!」


 サーシャの掛け声と共に黒猫サクは莫大なエネルギーを纏った体当たりで吊り橋を粉砕した。サーシャ側の吊り橋が消し飛んだことで切られた糸の様に吊り橋全体がぶらりとシルバー側へ流れていった。


 垂れる吊り橋を見つめて呆然としていたシルバーは突然豪快に笑い始める。


「アッハッハッハ、こいつはすげえや。流石ガラルドを押しのけてドライアドの代表を務めるだけの事はある。もはやゴールまで走るまでもなく俺の負けだ。おめでとう、サーシャ」


 シルバーの敗北宣言により、この瞬間サーシャの勝利が確定した。吊り橋の無くなった谷の向こうでサーシャがぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。俺達もサーシャの勝利を間近で祝福する為にアイ・テレポートで向こう側へ渡ることにした。勿論シルバーも一緒にだ。


 リリスはアイ・テレポートの連続使用で乱れた息を整えた後、目を潤ませながらサーシャへ抱きついた。


「うわぁぁん、サーシャちゃんが勝ってくれて本当に良かったですぅぅ~。負けたら一緒に旅が出来なくなっていましたからぁぁ!」


「し、心配かけちゃってごめんね、リリスちゃん。でも、どうしてもシルバーさんの挑戦に応えたかったの。一応サーシャのお兄ちゃんになる訳だし。シルバーさんにモヤモヤを抱えたままでいてほしくなかったから……」


 自分の立場が危うくなるというのにそこまで考えてあげていたのかと驚かされる。シルバーも同様に驚いたようで軽々しく条件を突き出したことが恥ずかしくなってきたのか、ポリポリと頭を掻いて気まずそうにしている。




 勝利後の談笑で盛り上がっていると、突然俺達の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。



「本当に戻ってきていたとはな、シルバー……」



 声のする方へ振り向くとそこにはアイアンが立っていた。ジークフリートへ帰ったはずのアイアンが何故今ここにいるのかが分からない。いきなり過ぎる再会に長く気まずい沈黙が吊り橋の横に流れていた。





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