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【10】

【10】

 ボンボン医師が情緒不安定になった。

 俺にベタベタ貼り付くようになった。そのくせ俺と目が合うと固まる。たまにどもる。俺のなにかが気にくわないのか、真っ赤な顔して鼻息が荒い時もある。

 なのに年下上司が来ると綺麗な営業スマイルで優しげに笑いかける姿はまるで映画の王子様だった。

 まあ事務局長さんがお世話してくれるセレブ生活は気持ちいいので、どうでもいいけど。


 そんなある日。ボンボン医師が年下上司とコソコソデートに行った後、いつか居酒屋でボンボン医師に絡んでいた気さくな分厚いマチョが訪れた。

「運転があるから酒抜きで、ちょっとそこの居酒屋まで付き合ってくれないか?」

「ええ、いいですけど」

 そう言ったくせに「本当は警察署の方がありがたいんだけどさ」と言い直しやがった。

 そういえばこのマチョはお巡りさんだった。

「同居している医者から、君の家に盗聴機仕掛けられているって聞いてる?」

 警察署の1つの個室に通されていきなり言われた。

 このパイプ椅子は年代物だ。警察って、俺の勤め先よりも金が無いのかもしれない。

「いいえ」

「そうか、一応確認するぞ。君が住んでいる自宅は社員寮扱いで、君の勤め先の取締役の不動産だな?」

「はい」

「君の住居に友達の医者が住み始めてから君の出勤後は、ハウスクリーニング業者や家事代行業者が居座るようになって、君か医者が帰宅するまで無人でいる時間がなくなった。ここまではいいか?」

「ええ」

「君の家の簡単な見取り図だが、この赤丸の場所に盗聴機、この黒丸の位置に監視カメラが仕込まれているそうだ」

 その丸の数が気持ち悪かった。

「撤去が必要なら、係員を同行して全て撤去させる。その見返りとして協力して欲しいことがある」

「撤去はして欲しいですが、見返りってなんですか?」

「年下上司の指紋や遺伝子を提供してほしい。その、タバコの吸殻や精液とか」

 息を飲んでしまった。

 そういえば会社でも何度もヤッているのだからバレバレなのだろう。



 マチョ警察官に送ってもらったお礼に、彼のスマフォを充電させるという小芝居からの家宅捜査は日付が変わる前に終わった。

 剥がされた壁紙とかは勤務中張り直すと翌朝朝食持参で訪れた事務局長さんが言った。


 その日、久々に年下上司に食事だけ誘われた。脂たっぷりステーキともつ煮込みの店にだ。

 その日は、ボンボン医師も出かける事はなく何故か俺の肩を抱いてソファーに座ってテレビを眺めていたのに、テレビの内容が全く頭に入っていなくて会話が成立しなかった。

 その、翌日の夜に少年が行方不明になったとニュースで知った。


 出勤しようとボンボン医師に車で送ってもらったら勤め先が倒産していた。

「は?」

 施錠されたままの玄関口の自動ドアに一枚の貼り紙があるだけのあっけない倒産だった。

 社内の私物は競売にかけられるので回収不能というふざけた内容の倒産だった。


「早く帰って引っ越しするよ」

「え?」

 人だかりの隙間から俺の腕を引いて車に戻るボンボン医師は、事務局長さんに電話すると俺を家に置いて何処かに行ってしまった。

「これから引っ越し業者が来ますので、こちらの段ボール箱に日常的に使うモノや貴重品を詰めてください。あとの物は業者が梱包しますよ」

 そう事務局長さんに言われたけど、いったい何が起きているのだろう?


「何って年下上司が逮捕されたんだよ」

「うん?」

「それで社長は計画倒産と逃亡。呆然としてあの家にいたら真犯人にされていたかもね」

「え?」

 運び込まれた組立式家具の段ボールの梱包を解くボンボン医師が何を言っているのか理解できない。

「あの家も君の私物ごと差し押さえられる」

「あ、そっか」

「通常なら最低限の生活に必要なモノは手元に戻るだろうけど、たぶん子飼いヤクザ系に証拠捏造に使えるモノを回収させる可能性もあるから、僕の家に引っ越してもらいました。あ、給料の振り込み先はどの銀行?」

 受付に地元の人やあの森林に隣接した地方出身の人が勤めている地銀の名前を告げた。

「その口座。直近日に引き落とされる額を残して全て引き出して」

「え?」

「入社してから会社指示で作った口座だよね?

 通帳の再発行に必要な書類は会社が握っている可能性があるから、ナニをするのかわからない」

 家具を組立次第その地銀に行ったが、全ての残高が0だった。

 積み立てしていた定期預金もだ。

「嘘だろ」

 噛みついたところで窓口の高校を卒業したばかりっぽい美女になんの罪もないので、負け犬のように帰る事にした。

「ふうん。窓口の人、美人だったんだ?」

「うん。知ってる女性に似ていたからなんか文句言えなくて。他の人も待ってたし」

「知ってるもなにもその美人、異母妹さんに似てただけでしょ?」

 機嫌悪そうに運転するボンボン医師の言葉で気がついた。確かに年下上司や異母妹に似た顔をしていた。

「気持ち悪い。どれだけ遺伝子をばら蒔いているんだか」

 怒っているボンボン医師はなぜか綺麗な顔をしていた。

 町中を走行する車のボンネットにいる子供が笑顔で見とれるのも仕方ないほど、綺麗な男だ。

 ボンボン医師の家という一軒家の、今朝までいた俺の家のリビングよりも広い一室には、俺の家具が配置され。引っ越しは全て終わっていた。

 引っ越ししたものの、今の俺は職なし財産なし。


 引っ越し費用はどうしよう?


「引っ越し費用?

 それなら後で回収するから大丈夫」

 ボンボン医師はにっこり笑って言いきった背後で、事務局長さんも菩薩のような笑顔をしていたが、なんか殺気がバシバシ飛び散っている気がした。


 それから何事もなく穏やかに日々は過ぎ去って行き。


「あのさ流石に隠すのはムリだと思うよ」

「でも隠して。お願い」

「可愛く頼んでもムリなモノはムリです。坊っちゃんあきらめてください」

 俺の元同僚にボンボン医師はムチャなおねだりをしていた。

「モルヒネ使うかな」

「それやったら確実に捨てられるな」

 バスの運転手の捨てられる発言にボンボン医師は頭を抱えた。

「どうやって隠せばいいの!?

 どれだけ死者と殺人犯が出てると思ってるの?

 しかも殺人の動機がカニバリズムってなんなの? 頭おかしくなるよ!」

「まあ、警察発表は年下上司逮捕で終わってるからいいんじゃないの?

 噂と週刊誌やネット記事を見なければいいだけでしょ?」

「繰り返された近親相姦とか、地銀の横領事件とか真相は闇の中だしな。殺人犯とモツ食いたいヤツの全員逮捕はムリだと思うぜ。証拠と死体があれから出てこない」

「まあ、そうだね。ここの会計はして帰るから、注文追加して。

 メグちゃんすいません、追加注文とお会計」

「新婚さんお帰りですか?」

「やりまくるタメに帰るのか?」

「お前ら、ネット流出した犯行動画を思い出させるな気持ち悪い」

「僕達のどこが気持ち悪いの? 怒るよ!」


 失業保険の諸々の手続きと、就職活動での面接予約を入れた後、ボンボン医師との待ち合わせ場所へ向かう。

 澄み渡る青空を雲が駆け抜けて行く。

 アスファルトの路肩に落ちていた白く乾いた物体から目を反らすと、いつか100円玉を落とした自販機下にあったアレと同じだと気がついた。

 指ではなかった。しかし、犬の飼い主はちゃんと始末して欲しいものだ。排出されたてのアレを踏んだら最悪だ。靴を洗うのも嫌だ。

 それにあの時俺が狂っていると気がついて、ボンボン医師の言うとおりに行動していれば、俺は年下上司に抱かれることなど無かったんだよな。

 二人で帰宅してドアを閉めたとたん口づけてそのまま肌を重ねる事になるボンボン医師は、喫茶店の窓越しに手を上げた。

 今日も彼は美しい。



 そして。



 ボンボン医師の内臓はどれだけ甘く口の中で血を滴らせるのだろう?

 俺の中の子供は、数百年食べ続けていた内臓の味を思いだし、あの自動販売機の近くの古びた倉庫の中に食べ残しがある異母妹が生んだ乳児の内臓が近いかもと、人間の肉を食べたことがなさそうなボンボン医師の内臓の味を予想していた。

 このかくれんぼで、俺の中の子供は決して見つかりはしないのだから、ボンボン医師の内臓はいつでも食べられる。

 年下上司とよく二人でステーキともつ鍋を食べたあの店にまた持ち込みしようか。あの店の人肉料理はいつも美味しい。

【終わり】


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