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ヨミマジナ

作者: 鋼玉

正直あまり怖くないかもしれません……

――黄泉に咲きし華を依り代に

――言霊と悪鬼の血潮を縁に怨敵への道を築かん


一面に白い花の咲き誇る幻想的な空間。

そこにいるは二つの影。

二十を過ぎた年頃の女と十を過ぎた年頃の少女。

そのうち花畑の中に佇む女はその空間に似合わない禍々しい言葉を静かに呟き、小瓶の中身を傾けてく。


ポタリ


瓶の中身が一滴花弁に落ちて染み込んでいく。

刹那、花が液体を起点として黒く染まり、それを見守る少女の目が大きく見開かれる

「…………」

不思議と女の胸の内に感慨は湧かなかった。

罪悪感も恐怖もそれ自体が欠落したかのように。




数刻前。

『貴女のお願い叶えてあげるわ』

ミコト。

夕立の後の蒸し暑い熱気の中、女、初夏(はつか)の前に陽炎のように突如現れた少女はそう名乗った。夏祭りでもないのに白百合の描かれた浴衣を見に纏っていたどこか不思議な雰囲気を纏った少女は、奇妙な提案とともに手を差し出した。

『お願い? 』

『貴女自身が良く知ってると思うけど』

問うてみてもミコトは意味深な笑みを浮かべるだけ詳しくは言わず、初夏は思わず小首を傾げた。

一体彼女は何を言っているのか。

お願いというほどのものは今は無いはず……いや、一つだけある。

『正解』

初夏の思考を読んだかのようにミコトは契約成立とばかりに急かすように彼女の手を握り歩き出す。

『ちょっと……』

慌ててその手を振りほどこうとしたが、子供の割に力が異常に強い。

『ま、いっか』

ほんの少しなら付き合うかと初夏は思い彼女について行くことにした。


――そして今。

二人は洞窟のような場所を歩いていた。

『ここら辺がヨモ…………カよ』

道中でのミコトの言葉がここがどこなのかを示す唯一のヒント。

しかしながら正確な言葉を思い出せないのであまり意味はなく、ミコトの持つ提灯の明かりを頼りに二人は歩いている。

じっとりとした湿気に満ちた洞窟は外の熱気が嘘のように酷く涼しい。

そして……四方八方から視線を感じる気がし、初夏は表情を強張らせた。

「大丈夫だよ。気にしなければ」

右手に生まれたひんやりとした感触に顔を上げれば落ち着いた様子のミコトが数歩前で立ち止まって手を握ってくれていた。

「そうね」

どんなに怖かろうが、ここまで来たからには後戻りできないのだ。

――あの後、彼女が提示した条件が余りに魅力的であったために。

「それに、一人じゃ戻れないし」

この細い洞窟、途中幾つも分かれ道があったが一体どのくらいの規模なのかわからない。

一人で引き返すとなれば間違いなく迷ってしまうだろうと内心溜息を吐く。

ただ、先を行くミコトにつき従うしかない状態。

時折ミコトは彼女に何か話しかけてくるが、適当に返事をしつつただ歩いた。



それからどれくらい歩いたか、先行していたミコトが足を止めて口を開いた。

「さ、到いたよ」

その言葉に初夏はゆっくりと顔を上げて、思わず目を見張り感嘆の息を漏らした




「……綺麗」

先ほどまでの不安を吹き飛ばすほどの光景。

明かり一つない洞窟と同じとは思えない仄かな青白い燐光包まれた幻想的かつ広大な空間が二人の前に広がっていた。

光の出所は空間の地面一杯に咲き乱れる透き通るように白いヒガンバナ。

「……ヒガンバナってこんな場所で咲かないよね」

「そもそも時期が違うし。あれはヨミバナっていうの」

黄泉。ならばここは。

「そうよ、黄泉の国。あの世って言った方が分かりやすいわね」

そしてそこに咲くヨミバナは人の命の具現。花が枯れれば命は枯れる。

「ウソでしょ」

「じゃあ、そこらへんのを一本折ってみたら? 」

「いや、それは」

「なら信じるのね」

ミコトはそれ以上何かを語らず懐から何かを取り出し初夏の手の平にそれを乗せた。

「これ……」

彼女の手の平に転がったのは硝子の小瓶。その中にはやや粘性を帯びた液体が半分ほど満たされていた。

「さっさと始めよう」

「始めるって? 」

ミコトの言葉に状況が判断できず初夏は困惑し何か言おうとしたがその前にミコトがにいっと笑みを浮かべた。

「貴女、何のためにここに来たんだっけ」

「人を、殺すため」

そう、初夏の願いとは。

――憎き者を殺すこと。

勿論自分の手は汚さずに、奴等にできる限りの恐怖と苦痛を与えて。

『どんな恨みがあるのかは興味ないわ。ほんの少し協力してくれれば貴女の手を煩わせることはない』

出会い、ミコトが困惑しつつもついて行っていた初夏に耳元で囁いた言葉。

『そして代償も求めない。ある約束を守るのなら』

余りに虫の良すぎる言葉。

もし破ったらどうなるのかなんて彼女は考えが及ぶはずがなかった。

胸の内に抱えたどす黒い願望が叶う、それを考えれば断ることなんてあり得る筈はなく……


……初夏はミコトの提案に首肯した


そして彼女は怨敵のヨミバナに呪詛をかけた。

オカルトの知識などあるわけもなく、非科学的なものを信じる性質でもないがまるで何かに操られるかのように。



ただその結果はあまりにも迅速に現れた。


***


――二日後

初夏は同じ学科の和河(あいかわ)洟崎(いざき)が死んだことを耳にし、衝撃を受けた。

彼女が呪詛をかけた二人であったから。

一体何があったのかと噂をしていた知り合いに聞いたとこを、その酸鼻を極める死に様に吐き気を覚えた。

死体は人としての原形を留めていないほどの凄まじさであり、それを見たものはしばし肉を食えなくなるほどのものであったと聞く。ならば犯人はといいたいところだが、彼らが酷く評判の悪い人間であったため逆に心当たりが多すぎるという話。


『人間業じゃないって噂もあるよね』


オカルト好きの知り合いはをそう言って目をきらきらと輝かせ、自分流の推理を披露した。

初夏はその推理自体に興味はなかったがその言葉を脳裏で反芻しつつ他人に見られないように口角を上げた。

――どうやらミコトの言葉は戯言ではなかったらしい。


ならば気になるのは、呪詛をかけ終えた後に交わした約束。

『決して後ろを振り向いては駄目』

古代神話ならいざしらず、少なくとも彼女はその禁を破ることはなかった。

おそらくこれで彼女は約束を守り、呪殺は遂行されることとなろう。

「のこりは三本」

叶わないと思っていたそれが今叶おうとしている。


そこで彼女はふと奇妙なことに気がついた。

――記憶の欠落が酷い

ミコトという名前は思い出せて、おぼろげながら背格好も思い出せるが……顔が思い出せない。

全ての記憶が二日前とは思えぬほど褪せてしまっているのだ。

この時点では彼女はその理由について気づくよしもなかった。




――さらに二日後。


「おいブス子」

夕刻、講義を終えた後に初夏はそんな言葉とともに肩を掴まれた。

振り返れば初夏と対照的な派手という言葉が服を着て歩いているような女。

お世辞にも友好的ではない呼びかけに、初夏は無表情のまま彼女を見据える。

その表情には隠しきれない嫌悪が滲み出ていた。

「とぼけんじゃないよ! あんた何か知ってんだろ」

ドスの利いた声で問う彼女の目尻には化粧でも隠しきれないほどのクマができており、頬もやつれて顔色も青白い。

「あの四人のことだよ」

彼女の表情は鬼気迫るものがあり、初夏の肩に彼女の爪が食い込んでいく。

しかし初夏は眉を顰めるだけで何も答えない。

話は簡単ここ四日で一日一体ずつ異常な死体が製造された、それだけだ。

あらゆる所が食いちぎられ引き裂かれて原形を留めず挽肉の如し。

周りに飛び散っていた遺留品からそれぞれ死体が本人と確認され、そのうち二人がこの大学の人間だったので学内はこの噂でもちきりだった。

「織原さんの妄想じゃない? それとも心当たりありすぎるとか」

やっと口を開いた初夏は心底馬鹿にした言葉とともに酷薄な笑みを浮かべる。

善良で通っている彼女に似つかわしくない笑み。しかしこの織原という女に対して抱く彼女の想いがはっきり表れていた。その言葉に織原は顔をくしゃくしゃにして初夏に懇願する。

「お願い助けてよぉ。次は絶対私の番…………あの事は謝…………」

急に懇願する姿勢に入った織原の言葉を最後まで聞かず、その手を振りほどき彼女は歩き出す。

「ねえ……」

そのまま崩れ落ちるように地にへたり込む織原を余所に初夏は嫌なものを見てしまったかのように眉をしかめ歩き出す。

謝る? 何をいまさら虫の良い。

仮に私がどうにかできてもあんたを助けるわけないだろうが。

腸が煮えくりかえるような思いを抱きつつしかし、恐怖と絶望に泣き崩れる織原を一瞥した瞬間僅かな罪悪感を覚えた。






***


その夜、とある学生マンションの一室で織原はタオルケットを頭からかぶりベッドの片隅で震えていた。


四人が死んだ。

あいつが無関係とは思えない。

残るは私一人だ


腕時計を見ると、調度深夜二時を回ったところ。

今のところ何の変化もない。もしかしたら朝まで耐えれば助かるかもしれない。

そんな都合の良いことを思っていた。

トントンットントンッ

静寂が一瞬で破られ、彼女は顔を上げた。

こんな時間に訪問者だろうか……いや、あり得ない。

背筋を嫌な汗が流れるのを感じつつタオルケットをさらに深くかぶろうとしたが身体が動かなかった。

鼓動が早鐘のように身体の内に鳴り響く。

トントントントントントンットントントントンッ

ノックの音は未だ止まない。

極限の恐怖、一体何が起こっているのかわからない混乱。

それが頂点に達しようとしたその時、部屋に静寂が戻った。

……終わった?

内心安堵しかけるが次の瞬間彼女の表情が硬直する。

カチャリ

気のせいだと自分に言い聞かせるが何かを引きずるような音を確かに聞き、部屋の気温が急激に下がったような気がした。

タオルケットの合間から床に這いつくばる影が見えた。

『○※☆▽……』

這い寄る影が何事か呟く。

日本語のようだが意味を取れぬほど酷く古めかしい言葉。

しかし、本能的に理解できた。

……コイツだ


『ダイジョウブ』

影は彼女の足をゆっくりと掴みつつ這い上りつつそんなことをのたまう。

月明かりにそのモノの姿が浮かび上がり、余りに可愛らしいその姿にほんの一瞬彼女は動きを止めた。

女の子?

するとソレはにっこりとほほ笑んでさらに言葉を続けた


『特別に生きながら喰い殺してあげる』

けっこうです、と言おうとしたが時すでに遅し。

ぐちゅり、と嫌な音が鳴り腹部に熱と一瞬のおいて痛みが広がり彼女は絶叫を上げた。

痛い痛い痛い痛い痛い。

内臓が、腕が、足がえぐられ喰われてゆくのをはっきりと感じるのに何故か意識を失うことができない。


湿った音と鉄錆に似た匂いが充満し始める中、彼女は絶叫し続けた。




***


大学の帰りに初夏は、パトカーが数台と待っている学生マンションをを野次馬に混ざってしばし見上げ踵を返した。その目は安堵に満ちたものでありながら複雑な色を湛えていた。

人一人殺しておいてのうのうと生きていた奴等は全て無残な死に様をさらした。

憎悪なんてものは結局は向ける先が無くなれば虚しいものだ。

だが、それでよいのではないか。

そう思おうとしたが胸の内に織原を最後に見た時がフラッシュバックし胸の内が苦しくなる。

許せなかったにしろ五人を間接的に殺した。

「私は人殺しだな」

その言葉とともに彼女の心に明白な罪悪感が芽生える。

瞬間初夏の内で何かがカチャリと音を立てた。

「何? 」

自らの胸を押さえ彼女は眉を顰め、眼を見開く。

まるで降り積もっていた埃を拭い取るように朧気であった記憶が急激に明瞭になって行くのをはっきりと感じた。

そして何故か思いだせなかった全てがはっきりと思い出されてゆく中、交わした約束の真実に気付いた。


決して後ろを振り返るな。

それはただ行動を制限するだけの禁ではなかったことに気づく。

精神的な意味でも後ろを振り返ってはならなかったのだ。

憎悪の理由は勿論、すでに呪殺した相手の顔も思い出してはならぬし、罪悪感も抱いてはいけなかった。

呪詛をかけた五人に対する罪悪感。

それがもっとも大きな禁忌であり、結果として彼女は約束を破ってしまったのだ。

同時に恐怖する。

禁を破ってしまった私はどうなる?

あの五人の凄惨な死が脳裏を過ぎり、死にたくないという思いが脳裏を支配する中彼女は思いふと気付いた。

ここの通りってこんなに人通りが少なかっただろうか、と。



「残念ね」

初夏の背後から聞き覚えがある声が響く。

振り返れば、黒を基調とした浴衣に身を包んだミコトが立っていた。

「ミコト」

「貴女ならもう少しもつかと思ったのに」

ミコトはそう言ってニイッと笑った。

十を少し過ぎた程度の歳にしか見えないのに彼女の笑みはどこか艶と不気味さが滲み出でている。

「あなた、人間じゃ……」

「無いに決まってるでしょ」

初夏の言葉にさも当然のように自分が五人を殺したと言い放つ。

「じゃあ私も……」

「約束破っちゃったからね」

貴女は結局冷酷になれなかったのねと彼女は苦笑した。

そして彼女はゆっくりと近づき、背伸びして初夏の頬に手を触れる。

体温の無い、冷たい手にゆっくりと力が加わり、初夏の頬にゆっくりとめり込んで行く。

初夏は余りの痛みに悲鳴を上げるが、ミコトは止めるわけもなく遂に頬の肉に一部が引きちぎられ彼女の口に運ばれる。

くちゃ……くちゃ……

ゆっくりと味わうように咀嚼し、ミコトは美味しいと満足そうに笑った。

初夏は頬にあいた穴からひゅうひゅうと息を吐き出しつつ何とか逃げようとするが、ミコトの紅い瞳に見入られた途端腰が抜けた。

「あの呪はいわばマーキング。貴女の憎悪と私の血であの五人との間に道を繋いだの」

獲物を目の前にミコトは淡々と解説する。

「ま、中々美味しい餌を用意してくれたお礼に私の正体を教えてあげる」

気づけばミコトの眼は紅に染まっており、唇の間から鋭い牙が覗く。

「私はね食人鬼なの。五百年位前に生まれ、喰うことしか能の無いね」

乱世の時代、一つの村が飢餓により死に絶えた。

村人の魂は喰うことを渇望し、生きているものを妬んだ。

そしてその中の一つであった少女の死体にそれらは入り込み『ミコト』は生まれた。

彼女の中で互いに食らい合った亡霊はやがて人を食らうことを本能とした一つの自我を形成した。

さながら壺に毒虫を閉じ込め残った一匹を呪物とする蟲毒(こどく)のように。

「ひゅう…………」

その言葉に初夏は気付き、何事か言おうとするが息が漏れるのみ。

「私の目的? 決まってるじゃない」

しかしそれだけで意味は伝わったらしい。

彼女はすでに魔性と化したその顔に満面の笑みを浮かべた。

「人を喰うためよ」

そう、あの呪詛の本質は化け物であるミコトとの契約。

利害の一致なのだ。

ミコトの方は空腹を満たすことができ、禁を破ればその者も喰うことができる。

そしてその禁を守ることは一見簡単に見えてもとても難しい。


「よほどの人でなしでない限りはね」

初夏の思考を読んだように囁かれたミコトの言葉に彼女の顔が絶望に染まり、何とか逃げようと彼女の視線の圧力に耐えつつ後ずさる。

死にたくない死にたくない死にたくない。

そんな彼女の様子をミコトは心底楽しそうに見つめ、邪悪な笑みを浮かべてゆっくり歩き始める。

たいして先ほどから存在感を消していた青年は腕をすっと上げ、初夏を指さす。


瞬間初夏は何かに躓き、ミコトに追いつかれた。

「イタダキマァス」



初夏が最後に聞いた音、それは彼女によって呪殺された織原の聞いたものと全く同じ自分の血肉が抉り貪られる音だった。



――人ヲ呪ワバ穴二ツ


長い文をお読みいただきありがとうございます。

人物名はおもに呪殺相手の名前は妙なものを使ってあまりふつうにある苗字は避けたつもりですが、もしそのような名前の方がいたらすみません。

ヨミマジナ=『黄泉呪』ということです。

ヨミバナの元は民話とかでみる人の寿命を表す蝋燭です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 小説を拝見さしていただきました。 そんなうまい話が世の中に転がっているはずもないでしょうがねぇ? それともう一つ「人を呪わば穴二つ」結構このことわざ使っている作者さん多いですよ。
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