余計なことを言ってしまったようだ
ヴィレット公爵夫妻が結婚して初めて参加した、ダントン侯爵主催の夜会。その後のお話です。
タイミング的には本編の「夜会」と「胸が締めつけられる【ヴィレット公爵視点】」の直後で、パーティー会場に残された司書たちの会話が繰り広げられております。ロマンスグレーで頼れる上司のダントン侯爵視点です。
ヴィレット公爵がジュリア嬢の手を取り、肩を抱き寄せて我々の方へと向き直る。
「皆様、妻がお世話になりました。おかげで、久々の社交の場でも気負いなく楽しめたようです。今後とも、妻のよき相談相手でいてくださいね。」
「ええ、もちろんですわ。」
代表して答えたのはオリヴィエ嬢だった。
「ではダントン侯爵、侯爵夫人、それに皆様、失礼致します。」
「皆様、ありがとうございました。ごきげんよう。」
そうして、ヴィレット公爵夫妻は会場を後にした。
◇
二人が去った後の夜会会場では―――
「っはーーーー!焦った!なんかヴィレット公爵、ものすごく怒ってませんでした?」
ヴィレット公爵夫妻が帰った後、大きく息を吐いて真っ先に口を開いたのはフレデリックだった。
「声が大きいぞフレッド。まあ、同感ですが…」
そんな彼をたしなめつつ眼鏡をクイッと直すのは、フレデリックの幼馴染であるテオドール。
「新婚のお二人ですもの。私たちがジュリア様を占領してしまったから、妬いてしまわれたのではなくて?」
落ち着いて意見を述べるのはオリヴィエ嬢だ。なるほど、妻を取られて妬いていたと考えれば、礼節を重んじる彼らしからぬあの態度にも納得がいく。
“立て続けにダンスをして”という言葉から、ジュリア嬢が我々司書一同と踊っていたのを見ていただろうからね。
「やいて?ヴィレット公爵はお料理をなさるのですか?」
「ジェラルド、君は…」
「純粋っつーか鈍感っつーか、さすがの俺もフォローしきれないわ。」
ジェラルドの素っ頓狂な言葉に、呆れた様子の一同。
私も苦笑を漏らしそうになってしまったので、咳払いで誤魔化す。私の隣に立つ妻も扇で表情を隠してはいるが、微かに肩が震えている。
「え、ええ?何なんですか皆さん!?」
「誰か説明してあげてー」
ジェラルドとフレデリックの言葉に、呆れたような戸惑ったような表情で解説を始めたのは、発端となった発言の主――オリヴィエ嬢だった。
「ええと…ですから、妬いたというのは“やきもち”のことで…つまりヴィレット公爵は私たちに嫉妬なさったのでは、という意味ですわ。」
「ええ!?で、でも、ヴィレット公爵とジュリア様は仲睦まじい夫婦って有名ですよね?今日も噂のカフスとお揃いの指輪を身に着けておいででしたし…」
ジェラルドの言うことにも一理ある。
あのカフスと指輪、執務室でのランチなど、あの二人の仲を象徴する噂は既に数多くある。
そんな二人に割って入ろうとする者など、此処には…いや、この国のどこにもいないと思うのだが。
まあ、私たちのように年月を重ねた夫婦ならまだしも…彼らは婚約期間も短く、新婚の若夫婦なのだ。
多少離れていても問題ないほどの安心感や信頼感よりも、片時も離れがたいほどの独占欲や嫉妬心の方が勝るのかもしれない。
「だからこそ、なのかも知れないね。愛する妻が自分を放置して別の男と話したりダンスを踊ったりしていたとなると、いい気分はしないだろう。最後に一言、牽制していたようだしね。」
「あー、あの“よき相談相手でいてください”ってやつですか?妙な言い回しだとは思いましたけど、そういうことだったんですね。」
「え、俺、前にも言われたんですけど…王宮のパーティーで会ったときに。」
「「王宮のパーティー?」」
テオドールとフレデリックの声が綺麗に重なり、直後には同時に顔を見合わせている。息ピッタリだ。さすがは幼馴染だね。
「はい。確か、トルマ王国からの使節団歓迎のパーティーで…オリヴィエ様も一緒にいらっしゃいましたよね?」
「ええ。確かに仰っていましたわ。ジェラルド様はジュリア様と同い年の男性ですし、話す機会の多い同期でもありますから、警戒されたのでしょう。」
「しかし、その頃はまだ婚約前のはずでは…?」
「ということは――」
皆が気色ばんだ空気になったその時。
「皆様、その先を口にするのは野暮というものですわ。」
穏やかな笑顔で一同を制したのは、妻だった。
「経緯はどうであれ、今のお二人の間には他人の割り込む余地はない…それでいいではありませんの。」
「侯爵夫人の仰る通りですわ。私たち外野は余計な口を挟まず、お二人の恋路を見守りましょう。」
女性二人の深い笑みに圧倒されて、男衆は黙ってコクコクと頷いている。
侯爵夫人たる我が妻と、司書のオリヴィエ嬢。うん、頼もしい限りだ。
それにしても、ヴィレット公爵…つい先ほど、夫人であるジュリア嬢の想いを再認識したはずなのだが……?
あぁ、もしかすると、公爵は私の言葉を間違って解釈してしまったのかな。ジュリア嬢が恋する相手を自分以外の…たとえばテオドールあたりだと勘違いした、とか。
“もしや”と思っていた丁度そのときにジュリア嬢がその男と談笑し、踊っているところを見たとしたら…そう考えると、嫉妬心剥き出しのあの態度も合点がいく。
どうやら私は、余計なことを言ってしまったようだ。
居もしない誰かに嫉妬するヴィレット公爵と、恋心に気づいて貰えないジュリア嬢。
万が一、二人の仲が拗れるようなことがあれば……その時は責任を取って、私が一肌脱ぐとしよう。
ただそうなると、妻からの叱責は免れないだろうな。
できれば、杞憂に終わってほしいものだ。
読んで下さってありがとうございます。
前回の更新から随分と空いてしまいました。今後は本編完結後の後日談なども、ゆっくりですがこちらにアップしていく予定です。
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