ある宝飾店の店主の話(前編)
アメスト王国の王都、とある宝飾店にて。ヴィレット公爵とジュリア様がデートで訪れた、エルクォーツの宝飾店です。あのデートの日の宝飾店での一幕を、店主目線で描いてみました。
私は王都で宝飾店を営んでいる。それほど大きな店ではないが、これで十分だ。というのも、宝飾品を買い求める貴族の多くは、店に出向くのではなく我々商人を屋敷へ呼ぶことが多いためである。
私自身が気に入ったものしか仕入れないので品物の数はそこそこだが、厳選している分、質は保証する。加工済みの装飾品はもちろん、宝石や原石からの加工、オーダーメイドも承っている。
今日はお得意様のどの顧客からも呼び出しはないし、店を訪れるお客もいない。たまにはこんな日があってもいい…と言いたいところだが、さすがに暇すぎる。こんなに天気の良い昼下がりなのだから、デート中の恋人や夫婦のひと組やふた組、ふらりと入ってきてもよさそうなものだが…
そんなことを考えていると、店のドアが開いてベルが涼やかな音を奏でた。
入ってきたのは、なんとも見目麗しいひと組の男女だった。
「ようこそいらっしゃいませ。何をお探しでしょう?」
「少し店内を見て考えさせていただきたいのですが。」
「ええ、ええ、勿論ですとも。では御用が御座いましたら、いつでもお声掛けください。」
シンプルだが、見ればそれとわかる仕立ての良い服装に、美しい所作…恐らく二人とも貴族だろう。兄と妹…にしては顔立ちと雰囲気が似ていないか。そう思って視線を走らせると、繋がれた手が目に入った。なるほど、恋人か婚約者、あるいは新婚夫婦、といったところか。
こういうカップルは気前よく買い物をしてくれるから、接客のし甲斐がある―――
そう思って見ていたのだが、少し様子がおかしい。
二人は早々に別行動を始めて、それぞれが棚の装飾品や宝石類をじっと眺めているのだ。大抵の貴族令嬢は宝石やアクセサリーを目の前にすると、あれが欲しい、これも素敵だとはしゃぐものなのに。
しかし、目の前のご令嬢はただじっと宝石類を見つめているだけで、その表情にも、エメラルドのような深い緑色の瞳にも“欲しい”という意思は垣間見えない。かといって興味がなさそうな様子ではないのだが…?
男性の方も、貴族のカップルが宝飾店に来ると「好きなものを選ぶといい、何でも買ってあげよう」などと大盤振る舞いをする若者が多いというのに、随分と落ち着いている。若くとも、これほどの美形で、しかも貴族なのだ。相当場数は踏んでいる筈…ん?
この男性、いや、この方はもしや…レイモンド・ヴィレット公爵ではないか?
漆黒の髪に、アイスブルーの瞳。長身で、誰もが振り返る美貌、そして冷たい視線。最後の項目以外はぴたりと当てはまる。恐らく本人で間違いないだろう。なるほど、彼が王太子補佐も務める、若き公爵殿か。これは、失礼のないように心してかからねば。
「店主、少しよろしいですか。」
「ええ、もちろんですとも。」
公爵に呼ばれて傍に寄ると、彼が指すのは“オーダーメイドのアクセサリー承ります”の文字。
「少し変わった注文になるのですが、お願いできますか。」
「もちろんでございます。ご使用になる石はどうなさいますか?お手持ちのものでも、店内のものからでも承りますよ。」
「オーダーに合わせて貴殿に選んでいただきたいのですが、よろしいでしょうか。店内の品を拝見したところ、貴殿の目利きならば確かなようですので。」
なんと!店内の品を見て私の目利きを信頼し、お任せになると。宝飾店を営んでいてこれ以上の賛辞はない。この方の言う“変わった注文”というものに、俄然興味が沸いてきた。
「光栄でございます。では、あちらで詳しくお話を伺いましょう。」
話を聞くと、やはり彼はレイモンド・ヴィレット公爵だった。そして婚約者はロベール伯爵家のご令嬢らしい。
彼の提案はとても目新しく、それでいて素敵なものだった。
「なるほど、婚約者様とお揃いの指輪でございますか。大陸の国には素晴らしい風習があるのですね。不勉強でお恥ずかしい限りです。」
「可能でしょうか。」
婚約者…いや、夫婦で揃いの指輪。絆を深め、愛し合う二人を繋ぐ指輪。
良い、とても良い!これは絶対に貴族の間で流行する!その火付け役がこの美男美女、未来の公爵夫妻で、その指輪の注文を受けたのがこの私の店!これを逃す手はない。
「もちろんでございます。お連れの女性が、婚約者のロベール伯爵令嬢様で?」
「そうですが…なぜそのようなことを?」
婚約者様の話題を出すと、急に公爵の態度が剣呑としたものに変わる。なるほど、これが噂に聞く冷たい視線か。邪な思いを抱く男ならばここで怯むのだろうが、生憎私はこの手の視線には慣れっこだ。いわゆる、嫉妬。「自分の女に手を出すな、興味を持つな、話しかけるな」という牽制。
貴族様に面と向かってこんなこと言えやしないが…あんた、その美貌であんな美女連れて、どうしてこんな妻子持ちの太っ…恰幅の良い中年男に嫉妬するんだよ。あのご令嬢、軽薄だとか移り気だとか、そんな印象は全くなかったぞ。どれだけ嫉妬深…いやいや、心配性なんだ。
「指輪に使用する宝石を決めるためですよ。夫婦で揃いの指輪なら、お互いの瞳や髪の色を取り入れた方が、より二人の絆を感じられるでしょう。」
「なるほど、そういうことでしたか。」
公爵が納得したと同時に、先ほどの剣呑な空気は鳴りを潜めた。慣れっことはいえ、あれほど鋭く睨まれ続けては心臓に悪い。
「ええ、彼女です。それと…このことは彼女には内密でお願いします。」
サプライズ、というやつだろうか。冷静で淡白そうに見えて、意外とロマンチストのようだ。
「かしこまりました。」
「使用する宝石は…エメラルドは確定として、他に候補はありますか。」
「ええ、ええ。あのご令嬢の瞳は正にエメラルドそのものでしたから、エメラルドは外せないでしょう。それから、公爵のアイスブルーの瞳を表すには…こちらのアクアマリンなど如何でしょう?」
後ろの棚からアクアマリンを取り、鏡と並べて公爵に見せる。公爵は数回、アクアマリンと鏡に写った自身の瞳を見比べて小さく頷いた。
「ではこれでお願いします。」
「かしこまりました。エメラルドとアクアマリン以外にも、ダイヤモンドも散りばめたデザインにいたしましょう。」
「あまり華美なものは私も彼女も好まないのですが。」
宝石を増やすことに難色を示す公爵。今日の服装を見ても、彼らはゴテゴテと着飾るのは好まなそうだ。もとの素材が良いから、必要以上に着飾る必要がないのかも知れないが。
「ご心配なさらず。ダイヤを使用するといっても、小粒なものを散りばめるだけでございます。決して主張はせず、主役となる石を引き立てるのが役割といったところで。それに、他のどの宝石よりも硬いダイヤモンドには“不滅”“永遠”といった意味がございまして…愛を誓うお揃いの指輪には最適な宝石かと。」
そう言って小さなダイヤを散りばめたブローチやネックレスを見せると、公爵はまたも納得した様子で頷く。
「わかりました。では、宝石はその三種で、宝石の選定はお任せします。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」
その後は指環のデザインについて詰めていった。常に着けていても邪魔にならず、それでいてどこか存在感のある、繊細で美しい指輪。我ながら良いデザインに仕上がった。
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