よそよそしい?
本編の総合評価1500pt超え記念です。
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今回はヴィレット公爵視点の物語です。
時系列としてはヴィレット公爵とジュリア様が婚約した直後です。ジュリア様とオリヴィエ様がお茶会をしているときの公爵サイド、といったところでしょうか。
今日はジュリア様は休みだ。ここのところ(トルマ王国のベルクマン侯爵の件など)色々あったのがようやく片付いたので、ゆっくりするように休みを取らせたのだ。
それを知ってか知らずか、フランシス殿下がまたもや私の執務室に入り浸っている。
「殿下、一体何をしにいらっしゃったのですか?」
ソファでくつろいでいる殿下に問いかけると、にこやかな笑顔と共に返事が返ってくる。
「いやね…親友の恋路の進展に、お祝いを伝えようと思ってね。ジュリア・ロベール伯爵令嬢との婚約おめでとう、レイモンド。」
ああ、そのことか。この婚約を“恋路の進展”と呼ぶかどうかはともかく。
「わざわざお気遣いありがとうございます。これで用件はお済みでしょう。どうぞ業務にお戻り下さい。」
「おいおい、今日はいつにも増して冷たいぞ。もう少しゆっくり語り合おうじゃないか。」
ゆっくり語る暇もないほど仕事が山積みになっているのは、誰のせいだと思っているのか。
まあいい。この話に付き合って遅れた分の仕事は、殿下にそのままお返しするとしよう。
「それで、ようやく婚約にまで漕ぎつけた婚約者殿だというのに、いつまで他人行儀でいるつもりだい?」
「他人行儀、と言いますと?」
「“ジュリア様”に“ヴィレット様”だなんて、あまりに他人行儀だよ。とてもじゃないが、仲睦まじい恋人同士の呼び方じゃないだろう。」
呼び方…か。
「残念ながら、私達は職務上の上司と部下という関係を保ったまま婚約したにすぎません。ですので、殿下の仰るような“仲睦まじい恋人”というような間柄ではありませんよ。」
「そうなのかい?でも、そうなりたくないってわけでもないんだろう?」
現状、私はジュリア様をそういう意味で好いているが、向こうはそうではないだろう。上司としては信頼されているだろうが、男性としては意識さえされているかどうか…
婚約の申し出を断られなかったということは、少なくとも嫌われてはいないのだろうが。
「殿下には関係のないことです。」
「そんなことはないさ。ヴィレット公爵家の当主である君と奥方…っと、まだ婚約者か。とにかく、君とジュリア嬢との仲に“付け入る隙”があると周囲に勘繰られると、面倒なことになる。」
面倒なこと…なるほど。
人妻に手を出そうとする男もいれば、既婚者の貴族に愛人として囲ってもらおうとする女もいる――
そんな話は聞いていたが…私達が不仲という噂が流れれば、そういった輩が集まりかねないというわけか。
そんな者たちを相手にするつもりは毛頭ないが、面倒ごとは御免だ。
「ヴィレット公爵家はアメスト王国内でも特に力を持つ公爵家だ。その公爵家でお家騒動だなんてことになると、王家としても看過できなくなるからね。」
それらしい言葉を並べ立ててはいるが…殿下のことだ、本心は別のところにあるのだろう。
「そうですか……で、本音は?」
「レイモンドとジュリア嬢の仲が良好ならば、当然君の機嫌はよくなるだろう。そうなると、僕が君に怒られる回数が減る。」
予想以上に稚拙な理由に、思わずため息が出る。本当に、この御方は…
「本気で仰っているのですか?」
「半分はね。」
半分は本気なのか。
「だが、先ほどの懸念もあながち嘘じゃないよ。君もジュリア嬢も名門貴族であるだけでなく、眉目秀麗、才色兼備。お似合いだと誉めそやしたり諦めたりする者もいるだろうが、社交界はそんなお綺麗な人間ばかりじゃない。」
それはそうだ。
「人の恋人や妻を奪うことに躊躇のない男もいる。それに、君に惚れている女性たちは随分と諦めが悪そうだ。君たち自身に責任はなくとも、トラブルの方からやってくることもあるだろう。」
殿下の仰ることにも一理ある。直接的にジュリア様に手を出そうとする輩は排除するとしても、密かに想いを寄せる者の心までは他人がどうこうできるものではない。
「だから、将来的には君たちが社交界で知らぬ者がいないほど仲睦まじい夫婦になってくれると、僕は安心できるんだ。」
簡単に言ってくれる。それが出来るなら何も苦労はない。
「御期待に沿えるかはわかりませんが、善処しましょう。」
「君らしい返事だね。“善処する”と言うのなら、まずは呼び方をどうにかしなよね。」
そこに話が戻るのか。
「ま、いずれは彼女も“ヴィレット公爵夫人”になるんだから、いつまでも“ヴィレット様”って訳にもいかないだろう。さっさと名前で呼んでもらいなよ。僕だって“フランシス殿下”って呼んでほしいの、君に遠慮して我慢しているんだからね?」
ようやく口を滑らせた。結局のところ、殿下の本音は今の言葉の後半の部分なのだろう。
「それが本音ですか、殿下。」
「い、いやぁ…その…ハハハ。ま、まずは形からだけでもさ。」
そう言いながら殿下はそそくさと執務室を後にした。
「呼び方…ですか。」
“ジュリア様”に“ヴィレット様”……たしかに他人行儀と言われればそうかもしれない。
しかし唐突にそのような話をするのは、少々違和感がある。今の時点で特に問題も不自由もないのだから。
呼び方を変える理由となる、不自然でないきっかけ―――か。
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