プロポーズの裏側(後編)
「それでは、私とジュリア様が婚約すれば解決ですね。」
「…え?」
キョトンとした表情で言葉を失うジュリア様。いつもは凛とした彼女なので、こんな表情は珍しい。
「公爵である私と婚約しているとなれば、強引なベルクマン侯爵といえども引き下がるでしょう。ロベール伯爵家ならば、ヴィレット公爵家との家格も十分に釣り合います。」
「それは、ヴィレット様が私の婚約者の“ふり”をして下さるということでしょうか?」
聡明で思慮深い彼女がこのような話に手放しで飛びつくとは思っていなかったが、ここまで疑り深いとは。
「いいえ、ふりなどではありませんよ。本当に婚約しますし、結婚もします。婚約を断るために嘘をついたと知れると、それこそトルマ王国との関係に亀裂が入りかねません。」
「なぜ、そこまでしようとして下さるのですか?ヴィレット様には何のメリットもないお話ではございませんの。」
なぜ…か。ここで本当のことを――貴女を好いているからです――と伝えたなら、彼女はどんな反応をするだろうか。
しかし、流れに任せて気持ちを伝えても、この状況下ではにわかには信じられないだろう。むしろ、断りづらい状況で想いを伝えて結婚を迫るような、低俗な男に堕ちるつもりはない。
「メリット…ですか。そういった対外的なものが必要だというのなら、そうですね…私もご令嬢方からのアピールや数多の縁談には辟易していました。そろそろ良いお相手がいれば、とは思っていたのですよ…これでいかがでしょう?」
決して嘘ではない。引っ切り無しに舞い込む縁談に辟易していたことも、良い相手を求めていたことも事実だ。たまたま、求めていた相手が今目の前にいるというだけで。
「いかが、と言われましても…そういうことでしたら、まぁ…」
予想通り、納得しかけている。
しかし、これだけが本音だと思われるのは心外だ。
「もちろん、それだけではありませんが。」
これだけ焦がれた相手と結ばれるというのに、想いの通わない仮面夫婦など御免である。
「私にはジュリア様が必要だからですよ。貴女にはずっと私の傍にいてほしいのです。」
最大限、遠回しな表現での告白だ。今この場では彼女にこの想いが伝わってほしくない反面、憎からず思っていくことくらいは察してほしい。我ながら我儘な要求である。
生真面目で仕事に私情を挟まない彼女のこと、恐らくこれは上司として部下を手放したくない思いの表れだとでも思っているのだろう。
まあ、それもあながち間違いではない。彼女の文官としての能力は申し分なく、他国へ嫁いで辞めてしまうには惜しい人材なのだ。本音はもちろん“生涯の伴侶として必要”で“妻として傍に居ていてほしい”なのだが。
「で、ですが、そんな急に…」
ここまで言っても拒むのか。そんなに私が相手では嫌なのだろうか。
「急なのはベルクマン侯爵のお話も似たようなものでしょう。私と貴女なら、既にお互いのことはある程度知っていますし、信頼関係も築けています。きっと良い夫婦になれますよ。」
我ながら必死すぎて笑えてくる。私はこんなにも彼女を手放したくないと思っていたのか。
「た、確かに信頼関係は築けているとは思いますが…」
「良かった。貴女もそう思って下さっていたのですね、安心しました。」
「っ!!!」
なぜか、彼女が言葉に詰まった。これ以上は断る理由がないと、わかってもらえたのだろうか。
考えてみれば、彼女の相談に対する提案をしていただけで、プロポーズの体を成していなかったように思う。それが気になったのだろうか?
では改めて…
向かいのソファから立ち上がり、ジュリア様の隣に座る。
小さく深呼吸をし、彼女の手を取って――
「ジュリア・ロベール伯爵令嬢、私には貴女が必要なのです。私、レイモンド・ヴィレットの…妻になっていただけますか?」
しばらくの間、彼女は固まっていた。見開かれたエメラルド色の大きな瞳を見つめていると、その深い緑に吸い込まれそうな気さえしてくる。
永遠とも感じられる数十秒の後。いや、実際は数秒だったのかもしれないが、しばらく思案した彼女が口にしたのは――
「私でよければ、喜んで。」
肯定の言葉だった。
一気に緊張が解けて大きく息を吐きそうになったが、どうにか踏み止まった。よかった。心から安堵した。ベルクマン侯爵の件もカタを付けなければならないし、彼女の気が変わらないうちに話を進めてしまおう。
「よかった、ではこれで決まりですね。父君へのご挨拶などに関しても、早々に話を詰めていかなくてはなりませんね。」
早口にそう告げて立ち上がり、ロベール伯爵宛に手紙を書くために執務机へと向かう。
「あの、ヴィレット様!」
ジュリア様に呼び止められ、振り向く。まさか、やはり嫌だとか?
「どうなさいました?」
「あ…その、本当によろしいのでしょうか?やはりこのような事態のために婚約までして頂くというのは…」
そんなにも、私が相手では不満なのだろうか。それはそうだ。恋仲でもない上司と婚約し夫婦となるなど、気を遣って疲れるだろうし、気まずく感じるに決まっている。そこまでわかっていながら、私は彼女を妻にと願っている――我ながら随分と勝手な男だ。
「私が相手では、ご不満でしょうか。それとも、他に想う人がいらっしゃるとか?」
彼女はこんなにも魅力的なのだ。相手などいくらでも選べるだろう。
彼女ほどの才女ならば、人の本質を見て判断する。他の女性たちが群がるこの見目や、親から譲り受けた爵位など、意味をなさないに違いない。
「いいえ!ヴィレット様がお相手であることに不満などございません。それに、先ほども申し上げた通り、婚約者も恋人もおりませんわ。ただ、ヴィレット様は本当にこれでよろしいのかと、思いまして。」
慌てたような彼女の様子から、その言葉が本心だと伝わってくる。私のことが嫌なわけではないようだ。ではなぜ…?
「これでいいのか、とは?」
「私と、その…ふ、夫婦になる、ということです。王太子補佐付としての能力を買って下さるのは嬉しいですが、それとこれとは別でしょう?」
やはり彼女は先ほどの私の告白を“上司と部下として”の発言だと受け取ったようだ。少し残念な気持ちもあるが、今はそれでいい。
「もちろん、それは別問題ですよ。補佐付としての貴女は非常に優秀です。しかし、結婚を申し込んだのはそれが理由ではありません。先ほども申し上げたでしょう?」
そう。“貴女が必要だ”というプロポーズの言葉に嘘はない。いつか、真意を伝えられる日は来るのだろうか。
「そうでしたわね。お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。もう揺らぎませんわ。不束者ですが、よろしくお願いいたします。」
そう答えた彼女の瞳には、強い意思と覚悟が宿っていた。それでこそ、私が妻にと望んだ女性だ。
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