プロポーズの裏側(前編)
今回はヴィレット公爵がジュリア様にプロポーズしたときの物語です。
悩み相談のはずが、いつの間にか婚約だの結婚だのという展開に、本編ではジュリア様の思考はフル回転していました。
では、プロポーズした側のヴィレット公爵はどんなことを考えていたのでしょう?表面上は冷静(?)な紳士の心の内を覗いてみましょう。
「はぁー…どうしましょう。」
珍しく執務室でため息を吐くのは、私の部下であるジュリア・ロベール伯爵令嬢。先日の使節団歓迎パーティー以来、様子がおかしいとは思っていたのだが…
「ため息などついて、悩み事ですか?」
「ヴィレット様!?も、申し訳ございません、仕事中に…。」
驚いて振り返った彼女は持っていた何かをサッと隠し、姿勢を正す。
「構いませんよ。お疲れのようですし、少し休憩にしましょうか。」
ジュリア様がお茶を淹れて戻ってきた。私も手元の書類を片付け、応接用ソファへと腰掛けた彼女の正面に掛ける。
相談事ならばじっくりと腰を据えて聞いた方がいいだろう。そうでもしないと彼女はすぐにはぐらかして、自分ひとりで背負い込んでしまうから。
紅茶を一口飲み、落ち着いたところで口を開く。
「それで、何を悩んでいらしたのですか?」
「…」
しばらくの沈黙。
私には相談しづらいことなのか、それとも私は信頼に足る人物ではないということなのか。
「私ではお力になれませんか?相談相手としてもお役には立てないのでしょうか?」
「そんな、そういう訳ではありませんわ。ただ…」
「ただ?」
これは…迷っている。それも、相当に面倒な悩みか、小さい悩みか、そのどちらかだろう。
彼女は私に気を遣いすぎなのだ。「この程度のことを相談しても構わないのか」とでも思っているのだろう。
彼女の前の上司、ダントン侯爵であれば気軽に相談できていたのだろうか?
確かに、彼の評判はすこぶる良い。落ち着いた大人の雰囲気は女性の間でも人気が高いと聞く。上司としても男性としても、彼と比べると私は見劣りしてしまうのだろう。幸いなのは、彼が妻を大切にする既婚者である点であるが。
「このようなことを上司に相談するのは憚られるのですが…。実は、ベルクマン侯爵からこういったお手紙が届きましたの。」
そう言って彼女が差し出した手紙を受け取る。質の良い紙だ。なるほどトルマ王国の有力貴族は伊達ではないようだ。
便箋の質に反して、手紙の内容は最低だったが。
“貴女こそ我が妻に相応しい。そちらにとっても悪い話ではないはずだ。プロポーズの返事を待っている。”
何だこれは。プロポーズ?まさか、歓迎パーティーでのあれのことを指しているのだろうか。ふざけているのか、この男は。
「これは…ベルクマン侯爵からこういった手紙が送られてきたのは、今回が初めてですか?」
「それが、その…この一週間、毎日届いていますの。」
「一週間?まさか、歓迎パーティーの翌日から毎日ですか?」
道理で、ここ最近ジュリア様の様子がおかしかったわけだ。相手が他国の侯爵ともなると、適当にあしらうこともできずに困っていたのだろう。
「ええ、仰る通りです。」
「そうですか…それで、父君は何と?」
「父は“ジュリアの好きなようにせよ”と申しておりました。」
好きなように…つまり、肯定も強制もしなかった、と。
ロベール伯爵家当主、あるいは外務長官としての立場を考えるなら、この婚姻は願ってもない話であるはずだ。他国の有力貴族との繋がりを持てば、伯爵家といえどアメスト王国内での力は増す。
それに、他国の貴族との婚姻は、互いの国の繋がりを強固にする常套手段だ。しかし、彼はこの話を率先して進めることはせず、娘であるジュリア様に一任した。
「なるほど。ロベール伯爵家、あるいは外務長官としてこの婚姻を推し進めるつもりはない、と。」
ジュリア様が沈黙を返す。恐らく、彼女も同じ考えに至っているのだろう。
「では、どのように対応するかは貴女次第というわけですね。…それで、ジュリア様はどのようにお考えなのですか?」
「私ですか?そうですね……私は、できれば穏便にお断りしたいと考えていますの。ですが、それらしい理由が見つからなくて。」
よかった。ジュリア様は断るつもりのようだ。
万が一にも彼女がベルクマン侯爵を気に入って…いやそれはないか。もしもロベール伯爵家やアメスト王国のことを思って、この婚約を受け入れていたらと思うと背筋が冷える。
「それらしい理由、というと?」
「私に既に恋人や婚約者がいれば、それを理由にこのお話をお断りできるでしょう。ですが、今のところそういった方はいらっしゃいませんの。そうなると“断る理由はないでしょう”と押し切られてしまいそうで。」
なるほど。確かに、恋人や婚約者を引き合いに出せば、さしものベルクマン侯爵も引き下がる…だろうか。相手の身分によっては“自分の方が相応しい”などと言って取り合わないのではないか?
彼のあの強引な様子から考えれば、十分にあり得る。
それならば――――この状況を利用してしまおう。
簡単なことだ。私とジュリア様が婚約してしまえばいい。アメスト王国の公爵である私が相手ならば、彼も引き下がるだろう。何か言いがかりをつけられても私なら対処できるだろうし、必ず彼女を守り通す自信はある。
読んで下さってありがとうございます。
誤字脱字、読みづらい等ありましたらご指摘くださいm(__)m
評価の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして応援していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!