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才色兼備な伯爵令嬢と周囲の皆さん  作者: あい・すくりーむ
2/9

ダントン侯爵の後悔

本編の総合評価500pt超え記念です。

本編と比べて随分と時差ができてしまいましたが、悪しからず。


ブックマークや評価が増えてきてとても嬉しいです。応援ありがとうございます!

今回はダントン侯爵視点の物語です。なぜジュリア様の異動があんなにあっさり決まってしまったのか?ヴィレット公爵はどのようにダントン侯爵を説得したのか?

どうぞお楽しみください。

私はアロイス・ダントン――アメスト王国王立図書館の筆頭司書であり、図書館の責任者だ。


本日の業務を終えて執務室を出ようとしたところ、そこへ珍しい来客があった。何やら相談事らしく、特に急ぐ用事もないのでそのまま執務室に招き入れて聞くことにした。


その“相談事”を聞いて、私は頭を抱えることになった。それと同時に、過去の自分の軽率な発言をひどく後悔する羽目になってしまったのだった。




図書館の閉館時間が近づき、館内の見回りをしていると、書棚にもたれ掛かっている人物が目に入った。近づいて声を掛けようとすると、その人物は目頭を押さえて深く息を吐き出す。彼にしては珍しい疲れた様子に驚いたが、そっと声を掛ける。


「お疲れのご様子ですね、ヴィレット公爵。」


「ああ、ダントン侯爵ですか。いえ、そのようなことは…」


「こんな所でまで無理をすることはありませんよ。もうすぐ閉館ですので、誰もいないはずです。」


そう告げると彼は軽く周囲を見回した後、小さく息を吐いた。


「そのようですね。」


「フランシス殿下は次期国王に相応しい優秀な人物ですが、どうにも仕事から逃げたがる節がある。その殿下の補佐として、貴殿には相当の重責と仕事がのしかかっているはず。若くして爵位を継ぎ、王太子補佐を勤めるほど才気溢れるヴィレット公爵といえども、所詮は一人の人間。抱えきれる仕事量は限られているのですから。」


「はは、さすがは部下からの信頼が厚いと評判の筆頭司書殿ですね。上手く隠していたつもりなのですが、お見通しですか。」


「買い被りすぎですよ。私は良い部下たちに恵まれましたからね。貴殿も、優秀な部下をつけられてはいかがですか?」


「そうしたいのは山々ですが、どうにもそういった方面の縁に恵まれず…」


そう言われて記憶を辿ると、なるほどと苦笑いせずにはいられない。


ある令嬢は、仕事そっちのけでヴィレット公爵の恋人の座を射止めようと躍起になっていた。ある令息はヴィレット公爵の人気に嫉妬して、まるで指示を聞かなかった。ある子爵は自身の娘を未来の公爵夫人にとグイグイ薦めてきた。それから…


思いつく限りでも、両手の指では足りないほどの人数が彼の部下として失格の烙印を押されてきている。


客観的に見て、ヴィレット公爵自身の人格や仕事ぶりに問題があるとは思えない。冷静沈着さが度を超えているせいで感情の機微が伝わりにくいという点はあるものの、優雅な所作に丁寧な物言い。仕事ぶりに至っては質も速度も申し分ない。強いて言えば、その感情の乏しさと完璧さが冷たい雰囲気を醸し出している…といったところか。


それよりも問題なのは周囲――彼の地位と整った容姿に目が眩む者が多すぎる、ということだ。


「難儀なものですね。貴殿のお眼鏡に叶う人材――公爵の地位にも見目にも惑わされず、文官を勤められるだけの能力があり、尚且ついま現在要職に就いていない者――が現れたなら、そのときはできる限り力になりましょう。」


「そんな人物がいれば、ですがね。もしもそのときが来たら、ぜひともよろしくお願いいたします。」



“そのとき”は想像していたよりも早くやってきたようだ――


突然の訪問者――レイモンド・ヴィレット公爵は、私の正面に座っている。


質問をしようと身を乗り出すと、革張りのソファがギシリと音を立てる。


「今、なんと仰いました?」


「ですから、司書のジュリア・ロベール伯爵令嬢を、私の部下にしたいのですが。」



聞き間違いではなかったようだ。しかし、一体全体どういう経緯でそのようなことになったのか。


「それは難しいのではないでしょうか。図書館司書を文官に、それも王太子補佐の部下に抜擢など、そのような人事は前例がありません。」


「前例がないのなら作ればいいのですよ。“前例がない”を理由に変革を拒んでいては、いつまで経っても新しい風は吹きません。」


確かに、公爵の言うことももっともだ。しかし、だからといって二つ返事で許可を出せるものでもない。



「詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか。なぜ彼女を?」


「そうですね…貴殿もご存じでしょうが、彼女はトルマ語が堪能でいらっしゃいます。ですので、トルマ王国との国交を主導する私の業務を補佐していただくには彼女が適任なのですよ。」


「トルマ語ですか…ですがそれだけで?」


「まさか。兄上のクラウス殿からのお墨付きもあります。彼女の知識や洞察力は文官向きで、現職の文官たちと比べても何ら遜色ない、と。」


彼女の兄上、クラウス・ロベール殿――確か財務の文官だったか…余計なことを。



「仰る通り、彼女の才は何ら問題ないでしょう。彼女は司書としても非常に有能ですし、トルマ語の書籍の翻訳も担ってくれています。だからこそ、図書館司書として彼女は必要不可欠な存在なのです。」


「司書は既に何人もいるでしょう。貴殿が以前忠告して下さった通り、私には優秀な部下が必要なのです。“公爵の地位にも見目にも惑わされず、文官を勤められるだけの能力があり、尚且ついま現在要職に就いていない者”が、ね。彼女こそ、その条件に合う人だと思うのですが。以前“できる限り協力する”と言って下さいましたよね?」


「む……。」


ここで自身の過去の発言を引用されるとは。確かに、以前そのように彼に忠告したが…まさか私の部下を引き抜きにかかってくるとは思わなかった。おそらくこの人選は意図したものではなく、ただの偶然なのだろうが、どうしたものか。



「しかし、彼女自身は司書の仕事を好んでいるように見受けられます。彼女が承諾するかどうか…」


「実のところ、彼女にはもう既に話をしてあるのですよ。急な話でしたので了承は得られませんでしたがね。かといって、真っ向から突っぱねられたわけでもありません。まずは正式に、上司であるダントン侯爵を通してほしいと言われまして、今に至るわけです。」


「なるほど。しかし、公爵であり王太子補佐でもある貴殿からの申し出となると…立場上、彼女に拒否権は無いように思われます。彼女の上司としても、また司書たちを預かる筆頭司書としても、彼女の意思や司書の業務を蔑ろにするような人事は許可できません。」


(さすがはダントン侯爵。生真面目な仕事ぶりもさることながら、部下からの信頼が厚いと評判なだけはある。)


「貴殿の仰ることも理解できますし、蔑ろにしたくはありません。司書の仕事も、誰にでもできるようなものではないでしょう。しかしそれ以上に、私の部下の人選にはより()()()()()()()()()のです。国家の運営に関わる重要な仕事もありますし…何より、能力以外の条件を満たす人材を探すのが困難を極める。彼女以外に適任がいるというのなら、別の人材も検討するのですが。」



能力以外の条件…特に“公爵の地位にも見目にも惑わされず”の点だろう。


「確かに、考えれば考える程、彼女以外に適任がいるとも思えませんな。」


「では、彼女の異動を許可していただけますか?」


「はい。ただし、彼女自身の意思を最優先するのが条件です。彼女が司書の仕事を続けたいと望むようであれば、異動は無しです。」


聡明な彼女なら、きっと自身の願望と周囲の状況とを天秤にかけて、異動を承諾してしまうのだろう。しかし、それでも彼女が司書の仕事を選ぶというのなら、それを尊重するのが上司である私の勤めだ。正直なところ、彼女ほどの人材を失うのはこちらとしても手痛い。


「わかりました。業務命令で無理やりにでも…という手段もありますが、私としてもそれは避けたいので。明日にでもお話をしていただいて、彼女が異動を承諾したなら明後日からこちらに来ていただいても構いませんか?」


明後日だと?通常は1ヶ月、最低でも2週間前には通達して引継ぎを行うものだというのに…何もかも前例を無視するお方だ。しかし、こればかりは無理だろう。


「さすがに即日というのは難しいですね。司書の業務の引継ぎもありますし、2週間程は期間をいただきませんと。」


「それもそうですね…ですがせめて、来週からにはなりませんか?こちらとしても、すぐにでも手が欲しいところなのです。」


来週からというと…もうすでに今週の半分は終わっているのだが。


「…わかりました、善処しましょう。引継ぎが完了しなかった場合はもう数日いただくか、異動後も彼女にこちらへ少々通ってもらうことになるかも知れませんが。」


「それで構いませんよ。ご苦労をお掛けしますが、よろしくお願いします。ダントン侯爵にお願いできてよかった。」


執務室のドアが閉まった後、思わずため息が漏れたが、致し方ない。


そもそも、ヴィレット公爵に“優秀な部下をつけろ”と言ったのも“できる限り協力する”と言ったのも、他ならぬ私自身なのだ。


ジュリア嬢に異動の打診をするのは、さほど難しくはないだろう。彼女がどのような結論を出そうとも、私はそれを全力で支援するだけだ。

読んで下さってありがとうございます。


誤字脱字、読みづらい等ありましたらご指摘くださいm(__)m

評価の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして応援していただけると嬉しいです。


よろしくお願いします!

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