あの日の出会い
本編の総合評価200pt超え記念の再掲載です。
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今回はジュリア様とヴィレット公爵との出会いを、ヴィレット公爵視点でお楽しみください。
私――レイモンド・ヴィレットは、恋愛というものに全く興味がない。
恋愛などせずとも、結婚はできる。
むしろ、貴族ならば恋愛結婚など稀である。
舞い込んでくる縁談の数々。
ぜひ自分の娘を奥方にと煩い貴族連中。
舞踏会の度に群がってくる令嬢たち。
私を誉めそやしたその口で他の令嬢を悪し様に罵る、そんな女性と恋に落ちるなど、到底無理な話だ。
公爵であり王太子補佐でもあるという私の地位は、権力が好きな連中にとってはさぞ魅力的なのだろう。
加えて、比較的整っているらしいこの見た目。
これらが目当てですり寄ってくる貴族連中や女性のなんと多いことか。
目をキラキラ…もといギラギラさせて迫ってくる女性たちには、もはや恐怖すら覚える。
もううんざりだ。
公爵家の家督を継いだ以上、いずれは誰かと結婚しなければならないのだろうが―――
◇
ある日―――ノック音がして扉に目を向けると、続けて女性の落ち着いた声が聞こえた。
「失礼いたします。王立図書館司書のジュリア・ロベールと申します。」
王立図書館?司書が一体何の用だろうか。とりあえず入って待ってもらうとしよう。
「…どうぞ。今手が離せませんので、中で掛けてお待ちください。」
再度失礼しますと声をかけて中に入った彼女は、応接用のソファに掛けた。チラリと目をやると、何やら部屋の中を見回している。特に珍しいものは無いと思うのだが。
目の前の書類に目を通し終えると、サインをして処理済みの山に重ねる。5分ほど待たせてしまったか。
顔を上げると、彼女はソファから立ち上がって礼をしてくる。
こちらも立ち上がって彼女の前へと向かい、挨拶をする。
「初めまして、でしょうか。レイモンド・ヴィレットです。お待たせして失礼いたしました。」
「お初にお目にかかります。王立図書館司書、ジュリア・ロベールと申します。こちらこそ、執務中に突然の訪問となり失礼致しました。お時間を頂けて感謝いたしますわ。」
随分と礼儀正しい。…そうか、文官同士ならまだしも、彼女は司書で私は王太子補佐、それも公爵という立場。加えて初対面なのだから、かしこまるのも無理はない…か。
「気にすることはありませんよ。どうぞ楽にしてください。」
「はい。ありがとうございます。」
「……っ!」
顔を上げた彼女を見た私は息を飲み、一瞬言葉を失った。
―――――美しい。
輝かんばかりのプラチナブロンドの髪はサラサラと背中に流れ、伏し目がちなエメラルド色の瞳は星を閉じ込めたかのようだ。
その上品な美貌もさることながら、特に目を引くのはその所作である。貴族令嬢らしい、一部の隙も無い淑女の礼だった。指先まで美しく洗練された所作は、どこぞの姫君や王妃と比べても遜色ない。
―――っ何をしているのだ私は。女性をジロジロと見るなど、失礼極まりない。弛みそうになる表情を引き締め、目元に力を入れる。さて、このご令嬢はどういった用件でいらっしゃったのか。
「それで、図書館司書の方がどういったご用件で?借りていた本でしたら、昨日お返ししたはずですが…」
そう問いかけると、彼女はハッとしたような表情を浮かべたのち、深呼吸をして話し始める。そんなに言いづらい用件なのだろうか?
「ええ。実はその返却された本に、こちらの書類が挟まっておりまして。必要な書類でしたらお困りかと思い、お返しに参りましたの。」
用件とはこの書類だったのか。
彼女が差し出した書類を受け取り、内容に目を走らせる。この書類は…
「ああ、本に挟まっていたのですね。どこを探しても見つからなくて困っていたのですよ。わざわざ届けていただき、ありがとうございます。」
書類がなくて困ってはいたが、おかげで彼女と接点を持つことができた。結果オーライか。
「お役に立てて何よりですわ。トルマ国との国交はヴィレット公爵の主導ですの?」
「ええ。……ですが、なぜ貴女がそのことを?」
そのことは一部の外交担当しか知らないはず。まさか誰かが口を滑らせたのか?
「も、申し訳ございません。内容は全く読んでいないのですが、ついトルマ語が目に入ってしまい…」
なぜそんなに恐縮して…内容?ああ、機密文書の類とでも思っているのだろうか。必要な書類ではあるが、内容自体は機密でも何でもない。
いや、それよりも彼女は今「読んでいない」と言った。それはつまり“トルマ語が読める”ということではないのか。
確認してみると、やはり彼女はトルマ語が読めるようだ。
これは彼女と親交を持つチャンスかも知れない。
「ところで、貴女はトルマ語を読むだけでなく、書いたり話したりも可能でしょうか?」
違う違う、何を聞いているのだ私は。こんなことを聞きたいわけではないのだが、いきなり話の腰を折るのも…
「はい。日常会話程度でしたら、読み書き会話、ひと通りはできますわ。専門書の翻訳には、辞書を使用することもありますが。」
「そうですか。」
そうか。やはり彼女は語学に堪能なようだ。
そういえばロベール伯爵家のクラウス殿から妹君の話を聞いたことがあったが、彼女がそうか。
なるほど。話の通り、いやそれ以上に美しく、礼儀正しく、教養もある。本当に素晴らしい女性だ。
どうにか彼女個人とも交流を持ちたいものだが…ひとつ、試してみるか。
「ジュリア・ロベール様、よろしければ私のパートナーになって頂けませんか?」
「え?……失礼ですが、パートナーとはどういった意味なのでしょうか?通訳として会食か何かに同席するだとか、そういったことでしょうか?」
そうきたか。舞踏会か夜会のエスコートを、と思っての言葉だったのだが…いっそのこと求婚と捉えてもらっても良かったくらいだが。
いや、今の会話の流れだと彼女の捉え方の方が自然かもしれない。彼女は想像以上に聡明で、慎み深い女性のようだ。
クラウス殿に聞いた限り、彼女の能力や人柄は文官として申し分ない…この流れで部下になってほしいと打診してみる価値は十分にある。
「ああ、言葉足らずでしたね、失礼いたしました。貴女には、私の業務をサポートする補助的な仕事をお願いしたいのです。あくまでも裏方ですので、外交の場に同席して頂くことはないと思いますよ。」
外交の場に同席などとんでもない。その美しさで外交の場などに出ようものなら、やれ国家交流だ政略結婚だと面倒な話になるのは目に見えている。
その後もどうにか説得を重ね、上司であるダントン侯爵さえ納得すれば良いということで話をまとめた。
「もちろん私は本気です。色よい返事を期待していますよ。ダントン侯爵にも、貴女にも。…では、お互い業務に戻りましょうか。よろしければ図書館のある北棟までお送りいたしますよ。」
さすがにこの申し出は断られてしまったが、それは構わない。むしろ、ここで嬉々として腕を取ろうとするような身持ちの軽い女性であれば、そもそも興味など持たなかったのだ。
彼女を口説き落とす前に、まずは上司のダントン侯爵か。生真面目で部下思いの彼のこと、一筋縄ではいかないだろうが…まあ問題はない。手早く取り掛かるとしよう。
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