霊獣 その2
この辺りの川や湖を守護するサンマに似た霊獣アカシヤとの再会を果たしたラルクは、聖シリン湖の畔で食事をすることにした。
魚の切り身に塩を振ったものを串に刺し、焚火の周りに並べて焼く。
「ちちんぷいぷいいたいのいたいのとおくのおやまにとんでけー☆」
焚火を挟んでラルクの前に座ったサンマのような霊獣アカシヤが自分の背中に回復魔法をかける。
この世界では魔法を使用する時に唱える呪文は自分が魔力を具現化するためにイメージしやすい言葉を使うため、人によって異なる。
緑色のサンマに手足が生えて、首が伸びてオッサンの顔がくっついたようなこの気持ちの悪いナマモノ、もとい生き物が選んだ言葉がコレというのもまた気持ち悪い。
「生き返るわー。死んでないけど生き返るわー。」
アカシヤの体が淡く光り輝いたかと思うと、背中にあった肉を切り取られたような傷が消え、肉と皮がよみがえる。
ちなみにこの魔法、便宜上は回復魔法と言っているが痛みを「とおくのおやま」こと山の霊獣に肩代わりさせるというもはや呪いのようなモノである。
今頃は山の霊獣が痛みに悶えていることだろう。
なお、山の霊獣はカブトムシのような姿をしていて名前をアイコーという。
「便利だな。」
回復魔法でよみがえったアカシヤの背中の肉を見てラルクが呟く。
「便利やで。でも、ラルクは怪我せえへんから回復魔法なんていらんやろ。」
「いや、いつでもウマい魚を食べられてうらやましいと思ってな。」
ヒャーッと盛大に引き笑いをしてからアカシヤが言う。
「せやろ!俺の背中の肉は絶品やからな!」
何を隠そう焚火の周りで串焼きにされている魚の切り身はこのサンマのような霊獣アカシヤの背中の肉である。
アカシヤは回復魔法を使うことで半永久的に魚の切り身を作り続けることができる。
火が通った肉の見た目は鮮やかなターコイズブルーで、食欲を全くそそらないが味は絶品だ。
ちょうどいい具合に焼けた肉の串をラルクが手に取って頬張る。
「確かにウマいよ。でも、目の前にお前がいなけりゃもっとウマく感じるんだけどな。」
肉を切り取られた本人の前でその肉を食べる。
その悪趣味な行為を、グロテスクな半魚人の前でやるならテンションはだだ下がりだ。
しかし、アカシヤは自分の肉をウマいと言って食べてもらうのが大好きで、絶対に目の前でしか食べさせない。
アカシヤも自分の肉の串焼きを食べる。
「うわ、ウマ!これいったい誰の肉や……あ、俺のや!」
そしてまたヒャーッと引き笑いをしている。
聖水で満たされたこの聖シリン湖には魚が生息しておらず、ここで食事をするならアカシヤの肉を食べるしか選択肢はないのである。
(いや、他にも選択肢はあるんだが、アカシヤが肉を食わせたくて仕方ないんだよな。)
聖シリン湖を囲む森の中には様々な動植物が生息しているので食べ物には困らない。
しかし、アカシヤが自分の肉を食べさせたいので遭遇した際はこうして霊獣の肉を食べることになるのだった。
「しかし、ラルクと会うのも半年ぶりくらいか?」
「そうだな、魔王を倒してからは会わなかったからな。」
魔王を倒す旅の最中に、毎朝日課でこの聖シリン湖に洗濯に着ていた頃は何度かアカシヤに出会い、時間の許す範囲で食事をしたり会話を楽しんだりした。
おしゃべり好きなアカシヤが一方的に話しているのを聞いていたともいうが。
しかし、魔王を倒してからはラルクが聖シリン湖にやってくる頻度も減り、時間帯も若干変わったため顔を合わせることはなくなっていた。
「せや、魔王を倒したんやってなあ。やっぱりこの湖の聖水で作った聖剣が大活躍したんやろ?」
「聖剣は……だいぶ空振りしてたな。魔王に一度も触れることなく。」
「ズコーッ!」
サンマのような霊獣アカシヤがズッコケて椅子にしていた切り株から転がり落ちる。
「まあ、魔王っちゅうのはこの世界とは別の場所、魔界から来てるらしいからな。ステータスやらスキルやらの制約が俺たちとは違うらしいで。そういう意味じゃ、この世界の勇者と聖剣じゃ敵わんこともあるのかもしれんな。」
「なるほど。」
「ほんなら、魔王を倒したのはルートヴィッヒじゃなくてお前か、ラルク。」
「世間的にはルーイが倒したことになっている。」
「そうなんか。」
サンマのような霊獣アカシヤは何か言いたげだったが「ま、ニンゲンの社会のことはどうでもええか」と呟いて自分の肉で作った串焼きを頬張る。
3口で串に刺さった肉を全て食べ尽くすと思い出したように口を開く。
「そういえば、また魔界の入口が開いたかもしれんって精霊の間で噂になってるで。」
アカシヤが使っているのは精霊語です。
エセ関西弁ではありませんのでご容赦ください。