プロローグ2
「さすがだな、ラルク。魔王までワンパンで倒しちまうなんて。」
殴りつけた際に拳に付着した魔王の顔の油分を不快そうに壁にこすりつけているラルクに勇者ルートヴィッヒが声をかける。
「それに……先ほどのラルクさんの黄金の杖もお見事でしたわ。」
聖女が手に持った黄金の杖を撫でながらラルクの股間に視線を向けて舌なめずりする。
魔王の魔法の剣を受けた際に服を切られないように裸になった時、彼女は目を手で覆ってはいたが、その指は見事に開いていたのだ。
指の隙間から彼女の目はしっかりとラルクの『ラルク』をとらえていた。
「魔王も倒したし、さっさと国に帰ろうぜ!報奨金さえ貰えれば心置きなく魔法の研究に没頭できるってモンだぜ!」
大魔導士の言葉を受けて一同は魔王の城を後にすることを決める。
「魔王を倒したのはラルクなんだ。帰りはお前が先頭を歩けよ。」
今までは自分こそがリーダーだと言わんばかりに先頭を譲らなかったルートヴィッヒが、ラルクの功績を認めるとばかりに後ろに並ぶ。
ラルクは言われるがままに先頭に立って魔王城から出る。
魔王城に入る時は勇者ルートヴィッヒ一行を支援するバナナイカ王国の軍隊が魔王の配下である魔族や魔物たちと戦っていた。
しかし、魔王が死んで魔族や魔物もいなくなったのか戦闘は終了し、軍隊もすでに引き揚げたようだ。
そのため、魔王城の外にはバナナイカ王国の兵士の遺体や魔族、魔物の死体が多数転がってはいたが生きている者は少なかった。
その生きている者たちは城門のすぐ外で勇者一行を待っていた。
一般のバナナイカ王国兵士の鎧は鉄そのものの鈍い銀色だが、彼らの鎧は漆黒に塗られていた。
バナナイカ王直属のブラックナイツと呼ばれる騎士たちだ。
ラルクたち4人の姿を確認するとブラックナイツ全員が左胸に手を当てて膝をつく。
「おかえりなさいませ、勇者殿。すでに一般の兵士は引き揚げており、この場にいるのは我々だけでございます。」
最年長と思われる黒騎士がそう言い終わるか否かのタイミングで勇者ルートヴィッヒは聖剣を振りかぶる。
「死ね、ラルク!」
そのまま背後からラルクに斬りかかる。
ガキンッ!!
しかし、聖剣はラルクを傷つけることはなかった。
それどころか、彼の布の服すら着ることはできなかったのだった。
「どういうことですの、ルーイさん!?」
勇者の蛮行に聖女が非難の声を上げる。
「こいつがいたら俺の功績が、名誉が全て奪われてしまう!」
「魔王を倒したのがラルクさんなのは事実なのですわ!」
「違う、俺だ!魔王を倒したのは勇者である俺なんだ!ラルクさえ殺して、お前たちが黙っていたら全て俺の功績になるんだ!」
そう言うと再びルートヴィッヒはラルクに斬りかかる。
何度も何度も聖剣を振るうが全てラルクの服に弾かれてしまう。
「なぜだ!なぜ、ただの布の服すら切れない!?」
「聖剣は邪悪のみを切り裂くもの。したがって、穢れなきものは切れない。俺の服は毎日聖水で洗っているからな。」
「今まで一緒に旅してきたが、そんな姿見たことないぞ!」
「毎朝、早起きして聖シリン湖まで行って洗っていた。」
聖シリン湖とは『聖なる泉』と呼ばれる湖で、その水は邪悪なるものを討ち滅ぼす聖水として知られている。
きれい好きなラルクは毎朝100キロメートル以上離れた聖シリン湖まで洗濯に走って行っていた。
「確かに1着しか服を持ってないくせにいつもきれいにしているとは思っていたが!しかし、乾燥はどうした!?生乾きでは気持ち悪いだろ!?」
(そこ大事なのでしょうか?)
聖女が心の中でツッコミを入れる。
「ふっ、服を持ったまま俺が超高速で走ればパーティーに戻る前には乾く。」
「走っている間は全裸じゃないか!全裸で出歩くのは犯罪だぞ!」
(人を後ろから斬りつけておいて全裸を犯罪と糾弾するそのセンス!)
「ルーイよ、なぜ自分の家の中でなら裸でうろついても犯罪じゃないか分かるか?」
「それは自分のスペースだからだろ!」
「違う。知人が家にいる状態で裸になればやはり犯罪だからな。裸が犯罪になるのはそれを見る者がいるからだ。つまり、裸で外を歩いても見られなければ犯罪ではない。そして、俺は誰にも見られない速さで走ることができる!」
(ツッコミどころしかないですわ!)
「くそう、完璧な理論だ!」
(バカですの!?)
「しかし、ネタが割れれば話は簡単だ。ケント騎士団長、剣を貸せ!」
先ほどの最年長者と思わしき黒騎士から剣を奪うと、ルートヴィッヒは再びラルクに斬りかかる。
ぴとっ。
ラルクは指先で、つまむのではなく人差し指をそのまま刃に当てて勇者の剣戟を止める。
「服を切られてはたまらないからな。こう見えてもブランド品なんだ。」
「どこのだ!?」
「ゼネクロ。」
(ファストファッション!!)
ラルクは指先を動かし、刃をつまむように持つと軽く力を入れてぐにゃりと曲げる。
「ルーイよ、さっきも言ったが俺は功績や名誉に興味はない。ただ、世界を平和にしたかっただけだ。魔王を倒した功績などほしいならくれてやる。しかし、ブラックナイツまで出てきたということは国王が裏で糸を引いているのか。ならば、この国に俺の居場所はないのだろう。仕方ない、他の国に行くとしよう。」
そう言うとラルクは一瞬で勇者一行とブラックナイツの前から姿を消したのだった。
ラルク「裸でも見られなければ犯罪ではない」
聖女「はっきり見えてましたが?」