プロローグ1
「本日付で生命管理庁人類管理部誕生管理課に配属になりました新人天使のモモエルと申します!よろしくお願いいたします!」
「ええ、よろしくね。モモエルさんには生まれてくる人類のステータス管理を行ってもらいます。」
「うわー、責任重大ですね!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。生まれてくる人類のステータスは基本的にこの装置が自動的に割り振ってくれるから。」
「そうなんですか!」
「モモエルさんにはおかしなデータが混ざっていないか確認してもらうことがメインの仕事になるわね。」
「頑張ります!」
「試しにひとつ見てみましょうか。装置のモニターを見て。ここに生まれてくる子供たちの完全に成長した時のステータスが映るの。」
「ここですね。どれどれ……。」
ルートヴィッヒ・ファン・ダイク
攻撃力 592.478
耐久力 528.552
素早さ 530.991
魔 力 544.730
精神力 571.819
幸 運 600.001
「このように、人類のステータスは少数第3位まであるの。って、モモエルさんはラッキーね!この子は将来の勇者なのかしら?人類では滅多に見られない高ステータスだわ。」
「えへへ。幸先いいんですかね。この子が特別として、普通の人類のステータスはどれくらいなんですか?」
「どれも200はいかないのよ。次の子を見てみましょう。」
ザック・バラン
攻撃力 156.710
耐久力 121.954
素早さ 130.462
魔 力 101.311
精神力 147.889
幸 運 103.716
「ありゃあ、さっきの子とは比べ物にならないくらい低いですね。」
「そうね。でも、これが普通で、さっきの子が特別なの。ステータスは生まれてくる子供たちにランダムで割り振られるけど、百の位が2以上になる確率はとても低いわ。まして、全ステータスで500を超えるなんて天文学的な確率よ。」
「へえ、まさに神に選ばれし子供ってことですね!」
「ステータスを割り振っているのはこの装置だから、装置に選ばれた子供だけどね。」
「ところで、この装置が壊れちゃった時ってどうするんですか?」
「代替え機があるから問題はないけど、一応は私たち天使がステータスを割り振ることもできるのよ。」
「誕生順番表?」
「生まれてくる子供たちのステータスやスキルを記載するための紙ね。通常はこの装置に入れればさっきみたいにステータスを割り振ってくれるけど、どうしても使用できない時は私たちが手書きで記入するの。あくまで一般的な人類の範囲でね。」
「つまり200以内ってことですね。」
「そうよ。試しにやってみましょうか?」
「え、いいんですか!?」
「その代わり、全部のステータスをちゃんと100から200の間で数字を入れてね。この子は普通の市民にするわよ。」
「じゃあ、完全な凡人ってことで全部150にしちゃおうかな。」
「ちょっとそれは逆に極端すぎる気もするけど、困ることもないだろうし、まあいっか。」
「生まれたら頑張って生きてね、凡人くん!」
ラルク・モルツィン
攻撃力 150,000
耐久力 150,000
素早さ 150,000
魔 力 150,000
精神力 150,000
幸 運 150,000
***
―――18年後。
「よくぞここまで来たな、勇者ルートヴィッヒとその仲間たちよ!」
長きにわたり世界の平和を脅かしていた魔王の居城に、ついに勇者たち4人がたどり着いた。
「覚悟しろ、魔王よ!貴様の暴虐も、いやその命もこれまでだ!」
勇者ルートヴィッヒは虹色に輝く剣の先を魔王に向けてそう叫んだ。
「愚かな勇者よ。聖剣さえあれば余に勝てると思ったか?」
「聖剣だけではない!俺には頼れる仲間がいる!」
黄金の杖を掲げ、聖女がスキル『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』を使うと勇者パーティー全員の全ステータスが20%上がる。
世界樹の枝に、貴重な魔法石をはめ込んだ杖を構えた大魔導士が最大限に高速化された詠唱で複数の高レベル魔法を展開し、魔王を守るように囲んでいた魔族、魔物を殲滅する。
「うおおおおおおお!!」
そして、勇者が魔王に斬りかかる。
「矮小な人間がよくぞここまで鍛え上げたものだ!いくらかでも余の暇潰しに役立ったこと褒めてつかわそう!」
勇者の必死の攻撃を魔王はその手に持った魔剣を使い、余裕を持って受ける。
1秒間に数十回、それを10分以上繰り返している勇者の剣戟は一向に魔王に届く気配がない。
「気付いているか?余はまだ1歩も動いておらぬぞ。」
「なぜだ!なぜ届かない!」
「冥途の土産に教えてやろう。この魔王城では余のステータスは全て2倍になる。」
「な、なんだと!?」
魔王のステータスは全て999.999と言われている。
その2倍ということは……。
「1999.998だと!?」
「勇者よ、貴様のステータスは聖武具と聖女のスキルがあってようやく900を超えるかといったところか?せっかく鍛え、武器を揃えてここまできてもらったところ申し訳ないが、余の強さは文字通り桁が違うのよ!」
魔王が少しだけ力を入れて魔剣を振るうと勇者の体が10メートル以上吹き飛ばされる。
かろうじて聖剣で受けたので体が真っ二つになることは防げたが、その心はすでにへし折られていた。
「勝てない……俺では魔王に勝てない……。」
「そう落ち込むことはない。余に勝てる者などいないのだ。」
その時、勇者の横に立つ男がいた。
勇者パーティーのここまで特に何もしていなかった4人目だ。
「ルーイ、あとは俺に任せろ。」
「くそっ!結局、魔王までラルクに……お前に倒されてしまうのか!」
「俺は手柄に興味はない。国王にはルーイが倒したと報告すればいいさ。」
「そういうところが余計にむかつくんだよ!」
勇者ルートヴィッヒの悪態にそれ以上反応することなくラルクと呼ばれた男は魔王に向かって歩いていく。
「なんだ、貴様は。他の者に比べだいぶみすぼらしい格好をしているが。勇者のパーティーは聖女に大魔導士に、あとはなんだったかな?」
「俺に肩書などない。強いて言えば……村人だ。」
「ふははっ!村人風情では勇者を逃がす時間稼ぎにもならんぞ!一瞬よりも早く灰になるがいい。」
魔王が無詠唱魔法で作り上げた黒い炎の鳥が村人に向かって飛んでくる。
ラルクがふっと息を吹きかけると、蝋燭の火のように簡単にその炎の鳥は消え失せる。
「ほう、手加減したとはいえ余の獄炎鳥を消し去るか。ならばこれでどうだ?」
魔王がそう言うとラルクを囲むように無数の剣が現れる。
「弱ったな。」
村人らしい布の服を身に纏ったラルクが呟く。
魔王が指をパチンと鳴らすとラルクを囲んでいた数千の剣が彼に襲いかかる。
しかし、次の瞬間に魔王が目にしたのはなぜか全裸になったラルクと、彼の周りに散らばった折れ曲がった無数の剣だった。
「危なかった。裸になるのが一瞬でも遅れれば服が細切れになるところだった。」
安堵の息を吐くラルクの視線の先には床の上に綺麗に折り畳まれた彼の布の服があった。
ラルクは数千本の剣が自分に届く直前に移動し、服を脱ぎ、几帳面に畳んだ後で元の位置に戻ってきたのだった。
元の位置に戻る必要があったのかは誰にも分からない。
「やはり鎧を着るべきだったか。しかし、自分の体より脆い鎧など動きにくいだけで邪魔だし。そもそも先ほどの剣を鎧で防げたとも思えないな。」
「なぜだ!なぜ無傷なのだ!?『舞う剣』はなぜ折れ曲がり床に散乱しているのだ!?」
「不思議なことなどない。俺の体が貴様の剣より硬かっただけだ。」
「1本1本が余の魔剣と同レベルなんだぞ!?なんなのだ、貴様は!?」
「言ったろう、村人だと……今は全裸のな。服を着るから少し待っていてくれ。脱ぐのは得意だが着るのは苦手でな。」
ラルクはパンツを手に取ると前後ろを確認する。
そして、履こうとするが不安になったのか再び前後ろを確認する。
これを数度繰り返し、ようやくパンツが履けた。
他の服も同じように前後ろや裏表を不安そうに確認して着ようとしてはまた確認を繰り返し、剣に襲われる前の姿に戻ったのは5分後だった。
「待たせたな。」
「待たせ過ぎだ!なぜ、パンツとズボンとシャツを着るだけで5分もかかるのだ!そもそも余はなぜ律義に貴様の着替えを待っていたのだ!」
「すまなかった。お詫びに貴様は1秒で葬ってやろう。」
「何を言っ―――」
全てを言い切ることなく魔王は事切れていた。
そこには正拳突きを打ち終わった構えのラルクと、頭部の消し飛んだ魔王の遺体があった。
「村人パンチ、だ」
服を着るのは魔王を切るより難しい、らしいです。