1章 6
「どうぞ、お口に合えばいいのですが、お召し上がりになって」
シャーロットがエドワードに勧めると、エドワードは微笑んだ。
「ありがとうございます。ところで、少しお話が聞こえてしまったのですが、シャーロット陛下のケーキというのは、シャーロット陛下に取ってあった特別なケーキではないのですか? わたしなどがいただいてもよいのですか?」
エドワードは遠慮をして、ケーキには手をつけなかった。
「いえ、そういうものではなくて……。申し訳ありません。実は、私が作ったケーキなのです。プロが作ったものではないので、無理に召し上がっていただかなくても……。あ、そうだわ、ちゃんとした料理長のケーキとお取り替えいたしますわね。私ってば、気が利かなくて失礼しました!」
シャーロットが慌てて席を立とうとすると、エドワードがシャーロットの手を掴んで、それを止めた。
「そういうことでしたら、遠慮なくいただきます」
「あの……、素人の作ったものでもよろしいのですか?」
「あなたが作ったものなら、例えお腹を壊しても本望ですよ」
「まあっ! 失礼ですわ。お腹なんて壊しませんわよ?」
シャーロットが大袈裟に頬を膨らますと、二人は一緒に笑い出した。
「ははっ、女王様だというので、遠い存在だと思っていましたが、あなたは可愛らしい人だ」
「ふふっ、お世辞を言ってもケーキしか出ませんわよ? どうぞ、お召し上がりになってくださいませ」
エドワードはシフォンケーキをフォークで切り、一切れ口へ運んだ。
「これは……! 美味しいですね。ふんわりと紅茶の香りがしてクリームも甘過ぎず、とても合う」
「お褒めいただき光栄ですわ。シフォンケーキの生地に紅茶の葉を練り込んでありますの。男性でも食べられるように、クリームは甘さ控え目にしてありますのよ」
エドワードは満足そうにケーキを飲み込み、紅茶も口にする。
「こんなケーキを毎日食べられるフレッド殿が羨ましい」
「お上手ですこと。フレッド様は甘いものはあまり得意ではないのですが、お疲れになった時はお菓子を欲するようで。私の拙いお菓子を食べてくださるのです」
紅茶をもう一口飲み下し、エドワードはシャーロットに笑みを向けた。
「実は、女王様だから、遠い存在だと思っていたんですよ。講義をするにしてもどうやって聴いていただこうかと。でも、こんなに身近に感じられて、こんなに親しみ易い女王様でよかったと思っています」
「あら、私、親しみ易いですか?」
「ええ。普通の女王様は、自らケーキなんて焼きません。侍女が失敗したら怒ります。わたしがこの国の貴族なら、あなたのようや女王になら、どこまででもついて行こうと思いますね」
「ふふ。ありがとうございます」
二人がのんびりとお茶を飲んでいるところに、フレッドがやってきた。
「あれ? なんでドアが開けっ放しで……。これはエドワード殿、どうされましたか?」
フレッドはドアを大きく開けてエドワードの存在を認めると、作り笑いを浮かべた。
「このようなところでお茶など飲まなくても、お部屋に運ばせますよ」
エドワードは残った紅茶をくいっと飲み干す。
「いえ、もう充分にいただきました。シャーロット陛下、ごちそうさまでした。では、これで部屋に戻ります」
フレッドにそう言った後、立ち上がりシャーロットの側まで行くと跪き、手の甲にキスを落とす。
顔を上げてシャーロットを熱を帯びた瞳で見つめるエドワードは、囚われの姫を命がけで護る騎士が絵本から飛び出してきたかのようだった。
名残惜しそうに手を離し、エドワードは執務室を出て行く。
フレッドはエドワードが執務室を出て行ってすぐに、執務室のドアを閉めた。
エドワードが戻ってきても入れないように、ぴっちりと。