3章 2
旅の疲れを労うべく、ギルバートを応接室へと通す。
数年ぶりの再会だが、ジュディは心得たとばかりに、ギルバートの好きなシャーロットのお手製アップルパイとハーブティを用意する。
マリーとアーサーも顔を出し、応接室の中は、和気あいあいとした空気に包まれた。
「びっくりいたしましたわ。ランバラルドから使者が来るということしか情報もなく、借金取りがいらっしゃるのではないかと、私は戦々恐々としておりましたのよ」
ギルバートの向かいに座ったシャーロットは、ぷくっと頬を膨らませた。
「はは、借金取りか。それはいい。今度来る時は借金取りとして訪問をしてみようか」
「ギルバート様、遊びにいらしたのなら、ご案内したいところがたくさんありますの。ボナールでは復興支援をしていただいたおかげで、観光にも力を入れることができましたわ。ランバラルドにも温泉はございますでしょうけれど、ボナールは一風変わった温泉施設をご用意しておりますのよ。帝国のジルベール様も愛用されておりますわ」
「そうか。それは興味深い。今度訪ねてみよう」
口ではそう言うものの、ギルバートの表情は哀しそうな笑みを浮かべた。
シャーロットが不思議に思っていると、ギルバートはマリーに目配せをした。
マリーは心得たとばかりに、ジュディとアーサーを連れて、応接室を出て行った。
コーディはその一連の行動を見て、どうしようか迷った様子だったが、マリーが何も言わずにシャーロットとギルバートを残して退出したのを見て、自分も黙って部屋を後にした。
応接室内に残されたのは、シャーロット、ギルバート、フレッドの3人だけとなった。
ギルバートは、ハーブティを一口飲み、ため息をついた。
「シャーロット、おまえに渡さなければならないものがある」
ギルバートはフレッドに目を向けると、フレッドは立ち上がり、応接室のドアを開けた。
そこには、ギルバートについて来た侍従が書状を持って立っていた。
「書状はフレッドに渡してくれ」
ギルバートが侍従にそう言うと、侍従はフレッドに書状を渡し、下がって行った。
筒状にリボンの巻かれた書状を持って、フレッドはギルバートにそれを渡した。
「ライリーからこれを預かった。シャーロットに渡すようにと」
そして、今度はギルバートからシャーロットへと書状は渡される。
シャーロットは勢い、書状を手にするが、受け取った手が震えていた。
どうすればいいのかわからず、隣に腰を下ろしたフレッドの顔を見ると、フレッドがコクリと頷いた。
それを見てシャーロットは書状のリボンを解いた。
「離縁届……」
シャーロットがつぶやくのを聞き、フレッドが身を乗り出してシャーロットの手元を見た。
それは、数年前にシャーロットがライリー宛に送った離縁届の受理証であった。
シャーロットは、ランバラルドのライリー陛下の側妃としてランバラルドに住んでいたことがある。
政策のための白い結婚ではあったが、ライリーとシャーロットは想いあっていた。
いつか、シャーロットがランバラルドの正妃となると、誰もが思っていたが、シャーロットがボナールへと帰国し、即位した時にシャーロットは離縁届を書いてライリーに送っていたのだった。
想いを断ち切るためでもあり、敗戦国である極貧のボナールの未来を、ライリーに背負わせないためでもあった。
フレッドは茫然と離縁届を見ていた。
「何故、今頃になって受理されたんだ? 受理の日付は先月じゃないか」
ギルバートは眉根を寄せてその疑問に答えた。
「ライリーの縁談が整ったからだ」
「……縁談……?」
シャーロットがぽつりとつぶやく。
フレッドは胸が引き裂かれる思いでシャーロットを見た。
いつか、いつかシャーロットはライリーと結ばれると覚悟していた。
シャーロットが幸せであるならそれでいいと、自分を殺してボナールでの政策に取り組んでいた。
ボナールを背負うシャーロットが気にせずにライリーの元へ嫁げるように。
シャーロットが主張して送った離縁届に、なんの返事もないのは、ライリーはいつまでもシャーロットを待っているという意志の表れだとも思っていた。
それなのに、シャーロットがひとりで、ライリー本人以外の口から終わりを告げられるとは思ってもみなかった。




