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あの港町で 〜本当の出会い〜

こちらは番外編です。

本編を読んでいなくてもお読みいただけますが、人物設定などの説明がありませんので、本編をお読みいただいた方がわかりやすいと思います。

 




 それは、単なる偶然の出来事か運命か……。



 人質姫が人質になる12年ほど前のことです。。。



 今日はディデアの港町のお祭りです。

 国で一番活気のある町は、たくさんの人で溢れ返っています。

 町にはサーカスなどの催し物があったり、出店が出たりと、大賑わいです。


 ボナール王国のシャーロット姫は、本当は今日、ここに来る予定ではありませんでした。

 乳母のマリーの夫が抱えている商会がこちらにあり、視察を兼ねてマリーたちはお祭りに来ることになっていました。

 本当だったら、一緒に来るのはマリーの息子のアーサーと娘のジュディだったはずです。

 ところが、毎年お祭りを楽しみにしていたジュディは、こんなことを言い出しました。

「おかあさん。毎年姫様におみやげを買ってきているけど、姫様はすごくそれを喜んでくれるじゃない?今回は姫様を連れて行ってあげてよ」と。


 マリーは困惑しました。

 毎年一度は視察に行かなければならないのですが、そこに子ども達を連れて行くのはついででした。

 できれば、シャーロットにも同じように祭りの雰囲気を楽しんでもらいたいと何度も思いましたが、シャーロットを連れ出すことなどできないからです。


「おかあさん、わたしがシャーロット様の代わりに塔の上にいるよ。ほら、シャーロット様に見えるように変装もバッチリよ」

 ジュディはひとりで一生懸命作った、トウモロコシのヒゲで作ったカツラを被ります。

「…ジュディ…。姫様の髪はもっと綺麗だよ」

 アーサーは呆れてジュディが作ったカツラをみました。


 しかし、ジュディは一生懸命そのカツラを作ったのです。

 ボサボサに見えないよう、何度もとかし、ツヤツヤに見えるよう、オイルも少し使いました。

「おかあさん、オレもジュディと一緒に残って、シャーロット様がいないと気付かれないようにするからさ、連れて行ってあげてよ」

 アーサーもジュディと一緒に頼み込みます。


 塔の上は、よっぽどのことがない限り、マリー達一家の他は誰も近寄りません。

 マリーは子ども達に言い聞かせました。

「お留守番する間、絶対に、塔から出てはいけないよ。誰かきたらジュディはシーツをかぶってベッドに潜り込み、アーサーは「姫様は具合が悪く、移るかもしれないから誰も近付かないで」と言って、誰も姫様のベッドに近付けてはいけないよ」

 小さなふたりは力強く「うんっ!」と返事をしました。


 こうして、ジュディと入れ替わり、シャーロットは船に乗ってディデアに来ることができたのです。


 日帰りで帰らなければならないため、朝早くの船に乗り、夜遅くに着く船で帰ります。

 それでも、数時間は滞在できるのですから、お祭りは充分に楽しめるはずです。


 長い時間船に揺られてやってきたディデアは、シャーロットにとって異世界に来てしまったのと同じくらいの衝撃を受けました。

 初めて見る人の多さと、初めて見る貴族以外の人達に。

 最初は、威勢良く話したり笑ったりする町の人に恐怖を感じましたが、慣れてしまえば腹の中を見せずに微笑むより、豪快に楽しく笑う町の人が好きになりました。


 出店の人に声をかけられ、シャーロットは飴細工を2つ買いました。ジュディとアーサーへのおみやげです。

 飴細工をマリーのバッグにしまってもらい、町の中のお店を見ながら歩いて行くと、マリーが目指していた商会がありました。

 中では、先に来ていたマリーの夫が、商会の責任者と何やら難しい話をしています。


 小さな打ち合わせ室に入り、みんなでわいわい意見を言い合って、様々なことを決めていきました。

 まだ4歳のシャーロットはそんな様子ですらも楽しげに見ていましたが、ふとそこから見える窓の外に黒いものが映りました。

 それは窓の外を横切って、部屋の中からは見えなくなりました。


 シャーロットはどうしてもそれが気になり、マリーに「お花を摘みに行ってきます」と、トイレにいくと嘘をついて商会の外に出てしまいました。


 キョロキョロと見回し、動いていた黒いものを発見しました。

 シャーロットは背が小さくて、窓の高さからは頭しか見えなかったようですが、それは黒髪をした小さな男の子でした。


 男の子もシャーロットと同じで、キョロキョロと辺りを見回し、何かを探しています。

 男の子は、路地裏に入っていきました。もちろん、シャーロットもそれを追いかけます。


 いくつか路地を曲がると、先ほど見たサーカスのテントの前に出ました。

 男の子はテントの周りをぐるっと周り、どこからか中が覗けないかと隙間を探していました。


「ねぇ、なにしてるの?」

 シャーロットが男の子に声をかけると、男の子はびっくりして飛び上がりました。

「なんだ。子どもか。びっくりさせるな」

 男の子は自分も子どものくせに、なんだか生意気です。

「サーカス見るならチケットがないとダメなんだって。さっき、マリーに言われたよ」

 シャーロットはサーカスが何であるか知らないため、チケットを買ってもらってまで見たいと思わず、そこは素通りしたのでした。

 男の子は口を尖らせてシャーロットに言います。

「オレは見たいって言ったら、ドニーの奴にきひん席が空いてないからダメだって言われたんだ。でも、どうしても見たくて」


 男の子はライリー・ランバラルド。ランバラルド王国の王子だったのです。

 お忍びで来ている王子に立ち見させるわけにもいかず、同行した宰相はサーカスを諦めるようにライリーに言いました。

 しかし、まだ6歳のライリーは納得することができません。

 護衛の目を盗み、一人でサーカスのテントまでやってきたのです。


「でも、連れてきた人、心配してるよ。帰った方がいいよ」

 シャーロットも早く帰らなければマリーを心配させてしまいますが、自分のことは棚に上げています。

「大丈夫だよ。今日は「しゃかいけんがく」だから、ゆっくり町の人たちの生活を見とけって言われたんだ。将来、ここに留学することも視野に入れろって言われてたから、見学してたって言えば怒られないよ」

 いや、怒られるに決まっています。


 現に、宰相様は血眼になって王子を探している最中でした。


 ライリーがテントを探って歩いていると、何となくシャーロットも後をついてきます。


 ふたりはテントの間を、小さな体で器用に縫っていくように歩きます。


 すると、どこからか小さな子のすすり泣く声が聞こえてきました。

「ねぇ、何か聞こえない?大人の人呼んで来ようよ」

 シャーロットはライリーに言います。

 けれど、ライリーは勝手に声のする方へ行ってしまいました。


 テントの影、路地裏にボロボロの服を着て痩せ細った幼い兄弟が居ました。

「おい、お前たち、こんなところでどうしたんだ」

 ライリーの言葉に、お兄さんらしき子どもが答えます。

 お兄さんと言っても、ライリーと同じくらいの年頃です。

「お腹が空いて、お祭りなら何か食べ物があるかもって出てきたけど、お金がないと何も食べられなくて…。お母さんはもういない。お父さんはこの前漁に出たきり帰ってこなくて、お金がないんだ…」

 弟の方も目に涙を浮かべて地面に寝転んだまま訴える。

「ぼく、もうお腹がすいて歩けない。お水飲みたい…」


 お兄さんは言う。

「ここでは飲み水はお金を出して買わないと手に入らないんだ。井戸はたくさん歩けばあるけど、もう弟もぼくもクタクタで歩けない…。食べ物があると思ってきたのにな…」

 お兄さんの方も力尽きたのか、その場にゴロッと寝転びました。


 ライリーのポケットの中には何かあったときのためのコインが入っています。

 この町の端っこからでも、馬車に乗ってみんなが泊まっているホテルまで帰れて、少しの食事も買えるくらいのコインです。

 でも、ライリーは知っていました。

 このコインをこの子達にあげても、この子達の飢えは一時しか収まらないことを。

 まだ子どもでもライリーは王族です。

 世の中のことを少しは知っていたのです。


「お店でお水は買えるのね?」

 シャーロットはそう言うと、駆け足でどこかへ消えて行きました。

 数分経つと、シャーロットは2本のビンを持って戻ってきました。

「ちょうどポケットの中のお金でお水が2本買えたの。はい、どうぞ」

 ジュディとアーサーに飴細工を買った時のお釣りが、ポケットに入っていたのです。

 シャーロットはお水を子ども達に差し出します。


 ふたりの幼い兄弟は、それをごくごくと飲んでいきます。

「ちょうど、もう片方のポケットにビスケットも入ってたの。3枚しかないけど、どうぞ」

 兄弟はビスケットを半分こにして、仲良く食べました。


 ライリーはそれを見てシャーロットに声をかけ、路地裏から少し離れたところまで引っ張っていきました。


「おい、ああいうことはやめた方がいいんだぞ。お前も貴族の娘だろう。目に見える者だけに何かを施すのはよくないことだ」

「どうして?」

「お父様が言っていたぞ。世の中にはごはんが食べられない人がたくさんいる。上に立つものは平等でなければいけないんだ。だから、みんなに食べ物が行き渡るようにするのが上に立つ者の務めだって」

「上に立つ者って…あなた、領主様の子なの?」

「…ちがう」


 王様の子とは、言えなかった。

 シャーロットはライリーが俯くのを見て、ライリーと両手を繋いだ。

「上に立つ人が、お腹がすいた子がいるのに知らん顔していたらダメだと思うの。だって、その子はきっとかなしいよ」

「でもっ、じゃあお腹すかせた子が100人いたらどうするんだよ!全員にお水やビスケットをあげられるわけじゃないじゃないか!」


 ライリーはくやしくてたまりません。

 王様であるお父様に言われたことを、ライリーなりに理解していたつもりだったからです。

 シャーロットは首を傾げます。

「どうして100人にあげなきゃいけないの?見えない人には私は何もあげられないわ。目の前にいる、ふたりにはあげられるけど」

「じゃあ、のこり98人はお腹がすいたままじゃないか」

「でも、100人全員がお腹をすかせてるより、98人に減った方がいいのではないの?ふたりのお腹が満たされれば、そのふたりが別の人のために何かしたりできるかもしれないじゃない。そしてまたその人が別の人に。そうしたら、いつか全員食べ物を口にできるかもしれない。それではダメなの?」

 こっちを真っ直ぐに見ているシャーロットに、ライリーは反論できません。

 お腹を空かせている人は、一人でも少ない方がいいに決まっています。


「あの子たちが待ってるから戻ろう」

 シャーロットはライリーに微笑んで、手を引いてふたりのところに戻ろうとしました。

「お前のやっていることは、いちじしのぎって言うんだぞ」

 ライリーはシャーロットのやっていることを素直に認めることができません。


 シャーロットは歩きながらライリーを見ました。

「そうだね。私のすることなんて、なんの役にも立たないって知ってるわ」

 シャーロットは自分がいらない王女なのだと、幼いながらも感じていました。

 いらない自分でも、幼子にお水を分けてあげることができる。

 それだけでも、他人と関われることがうれしかったのです。たとえ、その時の喉を潤すだけのことでも。


 幼い兄弟の元へ戻ると、お水もビスケットももう残っていませんでした。

 シャーロットはふたりに話しかけます。

「さっきね、そこの商会の人が話してたんだけどね、やっぱりここには食べ物が食べられない子どもはたくさんいるんだって。でもね、商会の前の道のゴミ拾いをしたり、ホウキではいたりお手伝いをしたらパンがもらえるんだって」


 シャーロットはマリーが商会の人と話をするのをただニコニコと聞いていたわけではありませんでした。

 幼いながらも自分がいらない王女であることを自覚していたシャーロットは、いつもアンテナを張り巡らせています。

 お城を追い出されて一人で暮らさなければならなくなったらどうしよう、と。何か為になる情報はないかと。

 幼い思考が理路整然とそのように考えられるわけではなく、ただ漠然とごはんを食べるにはどうしたらいいかと思っていただけですが……。


「子どもでも、できるお仕事があるって言ってた。少し遠いところにある教会に、お仕事を頼んでるんだって。私は話を聞いただけだからほんとうかどうかはわからないけど、教会にいる子どもたちは商品にする押し花を作ったりして、お金をかせぐんだって」

 教会に身を寄せる子どもは、そうやって自分の食い扶持を稼ぎ、そのまま手に職をつけて教会を出て行く子もいると、マリーは説明を受けていました。

 それを耳聡いシャーロットは聞いていたのです。



 お水を飲み、ビスケットで少し落ち着いた兄弟は、お礼を行ってその場を立ち去りました。

 兄弟の姿が見えなくなりましたが、ライリーはその場を動くことができませんでした。

 もう、サーカスのことほどうでも良くなっていたのです。

 ポケットに手を入れ、自分はあの兄弟にコインを差し出せなかったことに、心がモヤモヤしているのを感じていました。


「おい、お前、名前はなんというんだ」

「あら、人に名前を聞く時は、まず自分からってご存知ないの?」

 この時、ふたりの頭には自分が王族であることがありました。

 お互い、先に名前を聞かれると思っていませんでした。下位の者から名乗るのが当たり前で、今まで先に名乗ったことがなかったからです。

 それに、王族であるがために本当の名前を言っていいのか、わかりませんでした。


「オレの名前はライ」

「私は……ロッテ」

 ライリーのライ、シャーロットの後ろの部分を言い換えてロッテ。

 自然と完全な偽名ではない、本当の名前に準じる名前を言いました。

 なるべくなら、本当の名前を伝えたかった気持ちがあったからです。


「ロッテはいつもここにいるのか?またここに来れば会えるのか?」

「私は今日お祭りに来ただけで、いつもは遠い町にいるわ」

「どこに住んでいるんだ?会いに行く」

「それは」

 シャーロットが口を開いた時、広間の鐘が鳴りました。

 シャーロットが商会を出てから、かなりな時間が経ってしまったのです。

「いけない。私、戻らなきゃ」

 シャーロットは走り出しました。

「あなたも帰らないと怒られるわよ」

「待って」

「じゃあ、またね」

 花が綻ぶような笑顔を残して、シャーロットは行ってしまいました。


 ライリーは見えなくなっても、シャーロットが走って行った方をいつまでも見つめていました。

 自分より小さな女の子が、自分に芽生えさせたふたつの気持ちを抱えて。


 人の考えに縛られない、立派な王になりたいという気持ち。

 それと、何やら胸が痛くなるような、それでいて甘い優しい気持ちになるような不思議な感覚。

 ライリーはシャーロットの強く、まっすぐ前を向く瞳が忘れられませんでした。


 笑った顔が可愛かった…。


 ライリーが思い出に浸っていると、大慌てでライリーを探していたドニー宰相がライリーを見つけ、ライリーはこっ酷く怒られたのでした。


 シャーロットはというと、鐘が鳴ってすぐに商会に帰ったので、鐘が鳴り終わる頃には商会につきました。

 マリーは鐘が鳴ったことでシャーロットがいないことに気がつき、シャーロットを探したところ、店舗の部分で商品を見ているシャーロットを見つけました。

「マリー、ごめんなさい。トイレの帰りに見ていたら、面白いものがたくさんあって戻るのを忘れてしまったの」

 商会の外に出ていたことなどおくびにも出さずに謝りました。

 マリーは外に出ていなければ問題ないとし、シャーロットが怒られることはありませんでした。


 シャーロットもライを思い出します。

 ライは上に立つ者だといっていました。

 どこかの偉い人の息子なのでしょう。

 彼がみんなを幸せにする人になってくれたら、彼の治める町へ引っ越そうとシャーロットは思いました。

 きっと、いらない王女でも、幸せにしてくれると思えたから。




 それから、ライリーは父王様について政治を学びます。

 国民の生活を大事にする、優しい王太子へと成長していくのです。




 果たして、忘れんぼの王子はこの出来事を覚えているのでしょうか…?



 fin



お読みいただきありがとうございます。

5000PV突破記念の公開でした。

番外編は何かの記念で公開しておりますので、こちらのお話が公開できたのは、みなさまのおかげです。

評価やブックマーク、ほんとに励みになっております。


本編はまだまだ続きますので、またお読みいただけたら、嬉しいです。

今後とも、人質姫と忘れんぼ王子をどうぞよろしくお願いします。

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