第一章 第五話
「ただいま」
「おかえり」
メリーが図書館から帰ってきた。部屋のカーテンが久々に開いていること気付き、彼女は少し嬉しそうにしていた。カーテンを開けるのはいつもメリーの仕事だったからだ。それを見ただけでメリーへの罪悪感が少し和らいだ。メリーは授業の道具を整理しながら話しかけてきた。
「ベリル、落ち着いて聞いてね」
「何? もしかして、私のせいでメリーまで補習授業?」
「違うよ。ベリルは悪くないし私にも何もないよ。アン先生の意識が戻ったんだって」
「えっ、アン先生が!」
ベリルは久しく聞くその名前に、自分の心も久しく踊り出しそうになるのを感じた。と同時に自分のできなかったことに胸の痛みが疼いた。
「その話題で今はもちきり。どこの生徒もたぶんアン先生に会いに行ってると思うよ」
「先生って人気なんだね」
「どんな生徒にもフランクに話してくれるからね。アン先生の悪い噂って、そういえば聞いたことないかも」
会いに行きたいけれど、ベリルは自分なんかがアンに会いに行って良いのかわからなかった。アンの元気になった姿が見たいけれど、自分なんかが会いに行ったらアンを嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。
「先生、ベリルが行ったら嬉しいと思うけどな」
メリーが独り言のようにそう言った。ちょっと友達の部屋に行ってくるね、と言い残してメリーはノートとペンを持って部屋を出て行った。
私なんかがお見舞いに行って、先生喜んでくれるかな。そう不安に思ったけれど、ベリルは会いに行くことにした。アンに会いに行けば、自分は何か変われるかもしれない。少なくとも今この状況を少しでも変えることができるかもしれない。このままではいけない。ベリルはそう思って、藁にも縋るような気持ちで部屋を出る決心をした。
部屋着から制服に着替え、これでアンの元へ行けると思った直後、部屋のドアを誰かがノックしてきた。ノックの仕方がメリーのものではなかった。最近はメリー以外の人と話していないので驚いてしまった。ドキドキしているベリルをよそに、訪問者の言葉が聞こえた。
「すみません。一年A組のフローラと申します。ベリルさんいらっしゃいますか」
そんな、まさか、と思った。フローラが自分を訪ねてきた。そんなことあるはずがない。フローラはベリルにとって雲の上の存在なのだから。誰かのいたずらだろうと思ったけれど、声はフローラにそっくりだった。
はい、と返事をしてベリルはゆっくりとドアを開いた。そこに立っていたのは、紛れもなくフローラ本人だった。
「ベリルさん、ご無沙汰しております。私のこと覚えていますか?」
彼女は不安気にそう言った。自分のことを覚えている。学園でトップとも言われるような優等生の彼女が。自分がためらったことを迷わずやってのけた彼女が。その事実にベリルの鼓動は一気に速まった。何と答えるべきか迷ったけれど、正直に話すことにした。
「もちろん。忘れたことなんて一度もない」
そう答えながら、ベリルは昔フローラを助けた後、彼女の笑顔を失わせてしまったことを再び鮮明に思い出した。彼女に謝ることができなかったことも。
「そう言っていただけて安心しました」
フローラは優しく微笑んだ。その笑顔はまさに昔ベリルが消してしまったものだった。この笑顔を見るだけでベリルは救われるような気がした。そのようなことはいざ知らず、彼女は続けてこう言った。
「ちょっとお話したいことがありまして。お時間いただけないでしょうか?」
「えっ、わ、私なんかに?」
雲の上の存在である彼女が、自分のような底辺の存在などに話してくれるなどと思っていなかった。ベリルは驚いて声を上ずらせてしまった。
「そうです。貴女にです」
フローラはまた微笑んだ。向こう側まで透けて見えるのではないかと思ってしまうほど、美しくて純粋な笑顔だった。
*****
ベリルはフローラを部屋に招き入れ、メリーがいつも座っている椅子を彼女に案内した。フローラがその椅子に座る。その所作一つ一つが丁寧で美しかった。
「私の部屋でごめんなさい。私なんかに会いに来てくれてありがとう。ずっと会いたかったから」
何から話したら良いのかわからず、ベリルはそんなことを言った。
「そうだったんですか。私と同じですね」
ベリルがそう思っていることにフローラは気付いていないらしかった。一瞬の沈黙があってから、フローラは切り出した。
「やっと決心できたんです。遅くなってごめんなさい。あの時はありがとうございました。あの時ちゃんと、ありがとうを言えなかったこと、ずっと後悔していました。私なんかを助けてくれたのは、あんな風に言ってくれたのは、貴女が初めてでしたから」
ベリルはフローラの青い瞳を見つめながらそれを聞いていた。そんな瞳が揺らいだ。
「どうしたらいいのかわからなくて、咄嗟に逃げてしまいました。私の忌まわしい髪を、美しいだなんて。そんなこと、思ったことも、なかった」
次第にその目を涙でいっぱいにした。彼女に唯一優しく接してくれた彼女の母は『人や世界を恨んではいけない』と事あるごとに口にした。そう言いながら自分に惜しみなく愛を注いでくれる母を恨んでいた。どうして自分なんかを生んでしまったのか。こんな色の髪に生んでしまったのか。母を恨むということは自分を恨むことと変わりなかった。母だけでなく自分自身をも恨み、憎しみ、苦しくないわけがなかった。どれだけ努力しようとも髪の色までは変えられない。
フローラにとって苦しみしか存在しなかった世界で、ベリルは太陽よりも輝いて見えた。彼女がフローラという存在を、忌まわしい髪も含めて認めてくれた。今まで水の中で息ができず苦しみもがいていたフローラを、ベリルが地上へ引き上げてくれた。
「入学式で貴女を見かけた時、奇跡だと思いました。もう会えないのだと思っていました。あの時のありがとうを言いたくて、あの時の非礼をお詫びしたくて、貴女に話しかけようとしました。けれど、貴女の周りにはいつもたくさんの素敵なお友達がいて、私なんかが行ったらその場の空気を壊してしまいます。それに忌まわしい青い髪が貴女に話しかけたら、貴女まで周りから邪見にされてしまうかもしれません。貴女のために近づかないようにしようと決めました」
「そんなこと」
そんなことない。ベリルは本当にそう思っていた。ベリルは孤独だった。友達もいる。メリーもいる。だけどベリルは本当に心を閉ざしてしまった。だからベリルは独りだったのだ。
「私もずっと、貴女に会いたいと思っていたの。謝りたかった。屈託のない笑顔を見せてくれたのに、私がつい思ったことを口にしたことで嫌な思いをさせてしまったから」
ベリルは頭を下げて言った。
「あの時は、悲しい気持ちにさせてしまって、本当にごめんなさい」
机に額がぶつかるぎりぎりまで頭を下げた。やっと言えた。やっとフローラに謝ることができた。ベリルは長年抱えていた小さな棘がやっと抜け落ちたように感じた。
「そんな、頭を上げてください」
フローラが驚いたように言うので、ベリルはゆっくりと頭を上げた。
「私たち、お互いに謝りたかったんですね」
フローラは思わず笑みを零した。やはりその笑顔は初めて見た時と何も変わらない、無垢な笑顔だった。
「違うよ。私はありがとうって言いたかったんだよ」
謝っていたベリルも、フローラを見て思わず笑みを零した。
「え、貴女はそんなこと言ってないじゃないですか」
冗談を言うようにフローラは言い返した。それからお互い微笑みを交わして、少しの沈黙が訪れた。お互いにやっと会えたことを喜んでいるのがわかった。
「私のこと、ベリルって呼んでよ」
お互いに謝ろうとしていたし、お互いに感謝をしていた。フローラを悲しい気持ちにさせてしまったという事実は消せないが、これからは同級生としてフローラと仲良くしたいとベリルは思った。
「では、私のこともフローラと呼んでください」
フローラもベリルと同じように言った。フローラは微笑む。その笑顔が美しい。でもそれは微笑んでいるだけで、笑顔ではなかった。それがどうにもベリルには違和感として、新しい小さなわだかまりとして消せなかった。
*****
フローラと再会を果たしてから、二人はその足でアンのお見舞いに行った。学園を出て少し歩いたところにある、街中にある大きな病院にアンは入院していた。病院に向かっている途中、何人もの学園の生徒とすれ違った。学園の制服を見かける度に、知り合いや友達に声をかけられるのではないかという不安に襲われた。
アンの病室に知り合いがいないことを願いながら到着した。
「こんにちは、アン先生」
フローラが先頭に立って病室に入りアンに挨拶をした。
「こんにちは、先生」
ベリルも小さくなりながら挨拶をした。そこは個室で、見回しても他の生徒は誰も居なかった。アンはベッドの上で上半身を起こした状態で居た。オレンジに白い水玉の可愛い部屋着を身に着けている。顔色も良くベリルが思っているよりも状態は良さそうだった。
「あれ。フローラちゃん、ベリルちゃん、二人って友達だったの?」
思いがけない組み合わせだったようでアンは驚いた。
「友達ではありません。ベリルは命の恩人ですよ」
フローラは即答した。そのあまりの速さにベリルは少しショックを受けた。自分は彼女と友達だと思っていたけれど、フローラはやはり雲の上の存在で、友達にはなれていないのだなと痛感した。
二人はアンに促されて丸椅子に腰かけた。椅子はベッドの周りに五脚もあり、それまでたくさんの生徒が見舞いに来ていたことを物語っていた。
「意識が戻ったと聞いて本当に安心しました。今の具合はどうですか?」
フローラはアンの顔を不安そうに見つめながら尋ねた。
「心配かけちゃったね。でもそういう呪いみたいなのが組み込まれた水の玉を受けちゃっただけだから。死ぬような魔法じゃないよ。今はすごい元気。もう歩けるんだよ」
そう言ってアンはニヤニヤした。今にもベッドから飛び降りて歩き出しそうだった。
フローラとアンは楽しそうに会話を続けた。ベリルに入る隙はなかった。アンを守れなかったベリルには。意気地なしで実力もない、同じ場所に立ててすらいなかったベリルには。
二人の談話を聞きながら、ベリルは窓の外を眺めていた。橙色の空に、いつもよりも雲が多く浮かんでいた。そして思い出していた。あの時アンを守るために走り出せなかった自分を。
「先生を咄嗟に守ったフローラ、かっこよかったな」
思ったことが口に出てしまった。それを聞いてフローラは、
「そんな、かっこいいだなんて。咄嗟に身体が動いただけですよ。このままでは先生が一方的に攻撃を受けてしまうと思いまして。私の座標移動があれば間に合う可能性がありましたから」
と何ともなかったように言った。
「本当にそれに関しては先生失格ね。フローラちゃん、ごめんなさい。貴女にも怪我をさせてしまった」
「いえいえ。私怪我なんてしていませんよ。慣れないことで疲れて倒れてしまっただけなのです」
そんな会話を聞いてベリルはますます自分が惨めに思えてきた。
*****
しばらくフローラとアンの会話が続いた。先生もお疲れでしょうからそろそろ帰りますね、とフローラが話を切り上げた。また学校で会いましょうと言って二人は病院を後にした。
「先生、思ったより元気そうでしたね」
二人で歩く帰り道、フローラはそう話しかけた。
「そうだね。もっと真っ青な顔してるかと思ってた」
ベリルは何でもないように答えた。何でもないふりをすることに必死だった。
「先生のところに忘れ物した」
ベリルは不自然すぎる嘘をついた。
「え、確認した時、ベリルのものは何もありませんでしたよ」
フローラが心配そうに言う。ベリルは聞こえないふりをして今来た道を駆け出した。
*****
「先生」
ベリルが血相を変えて病室に戻ってきたのでアンは驚いていた。
「ベリルちゃん? さっき帰ったばかりだよね」
「忘れ物をしたので」
ベリルは俯いたままそう言って病室のドアを乱暴に閉めて、ベッドの横の椅子に座った。
「忘れ物? 何もないと思うけど」
そう言っている間に、ベリルが膝の上で難く結んでいた手を開き顔を覆った。
「ベリルちゃん!」
「あの時、先生を守れなくてごめんなさい」
ベリルは今までほとんど泣いたことがなかった。母以外の前で涙を見せるのは今日が初めてだった。
「あの時動いたのは、フローラだけでした。先生を守りたいという気持ちは私も同じだったのに。私には動くことすらできませんでした」
ただアンに謝りたかっただけだった。それなのにあの時の気持ちが溢れてきて止められず、言葉を留めることもできなかった。
「本当は先生に会いに来るつもりなんてなかったんです。でも、先生の元気な姿を見れば私は変われるかもしれない。またいつものように授業に出られるんじゃないかって。ずっとベッドの上に居るだけの日々を変えられるんじゃないかって、期待してしまいました」
アンはベリルが事件以来学園の授業を受けず、部屋からもほとんど出ていないことを初めて知った。
「ベリルちゃん、ごめんね。そんなにつらい思いをしていたなんて、先生、全然気付けなかった」
アンはベッドの上で上半身だけを起こしている状態だった。そこからアンは足をベッドの下に下ろし、ベッドに座っている状態になった。
「ベリルちゃん、隣来てくれる?」
ベリルは顔を覆っていた手を外すことをためらった。こんなに泣いたのは本当に久しぶりで、目も当てられないほど酷い顔になっているに違いなかったからだ。
しかしベリルは迷いながらも手で溢れる涙を拭い、アンの方を見た。アンはベリルの酷い顔を見ても表情を変えず、ただ優しく微笑んでいた。ベリルは重い腰を上げアンの隣に座った。
「つらかったのね。たくさん悩んだのね」
アンの顔を横から覗こうとしたけれど、それは叶わなかった。気が付けばベリルはアンに優しく抱きしめられていた。アンの部屋着を涙で汚してはいけないと思い、アンの服から距離を取った。それに気付いてか、アンは抱きしめる腕を更にぎゅっと強くした。
ベリルの顔がアンの服に触れた。涙がアンの可愛い服を汚してしまう。そう思ってはいたが、押されきれないままアンに身を預けた。
*****
翌日、ベリルは久々に登校した。不安はあったけれど、ベリルはアンと約束を交わした。明日から授業に参加すること、そして強くなるということを。
久しぶりに教室に姿を見せたベリルを、クラスの誰も気にかけることはなかった。それはベリルにとってはとてもありがたいことだった。イコやモナは、ベリルがいつも通り登校してきたかのように話しかけた。ベリルの聞こえない所では、悪口や噂話をする生徒もいたかもしれない。しかし聞こえなければ、ベリルにとって無いものと同じだった。
そんないつも通りの学園生活の中で、初めての非日常的なことがベリルに訪れた。
「ベリルちゃん、ちょっといいかな?」
その日の放課後にベリルの元を訪ねてきたのは、クラスメイトのエルだった。
「どうしたの? エルちゃん」
自分が何か悪いことをしてしまったかもしれない、と内心では恐れながら尋ねた。
「あのね、もし時間があったらでいいんだけど、実技のことで聞きたいことがあるの」
「え、今まで私休みまくっていたからできないと思うんだけど」
エルの用事はあまりにも思いがけないことだった。返答を聞いた時は不思議な気持ちになった。
「ベリルちゃんなら教科書読んだだけでできると思うの。ベリルちゃんは最初から実技が上手だったから」
ベリルは確かに、杖を具現化するのは誰よりも早かった。けれどそれだけだ。実技の点数も着実に落としていた。
「私ってそんな風に思われてたの?」
「そうだよ。みんなベリルちゃんは実技が得意だって知ってると思うよ」
「そうなんだ、ありがとう」
にわかに信じがたいことだったが、ベリルはとりあえず感謝を述べた。その日の放課後、二人で練習場に訪れた。
エルが聞いてきたのは教科書に載っている魔法のことだった。ベリルがちょうど休んでいた時の授業で習ったようで、ベリルはその魔法を実際にやったことはなかった。
とりあえずやってみるということになり、ベリルも自分の教科書を見ながら、やり方を見様見真似でやってみた。するといとも簡単にその魔法を使うことができてしまった。
これにはエルだけでなくベリルもとても驚いた。やっぱりベリルちゃんは実技が得意だね、とエルは嬉しそうにした。それからベリルはこの魔法を発動させるコツや操作するポイントをエルに教え込んだ。エルがそのアドバイス通りに実行すると、今まで何度やっても上手くいかなかったその魔法がほんの数回目で成功してしまった。
そんな出来事があってから、ベリルの元にはほとんど毎日実技を教えてくれという相談が舞い込んでくるようになった。今までは休んでいた分をクラスメイトに助けてもらいながら、必死に追いつこうとしていた。助けられてばかりで申し訳ないとベリルは日頃思っていた。けれど、自分にもできることがあった。それを見つけられたことが何よりも嬉しかった。
*****
数日経った昼休み。一人の生徒がベリルの教室を訪ねてきた。
「あの、すみません。ベリルさんいらっしゃいますか?」
その時ベリルは教室の奥の方の席だったので、フローラに全く気が付かなかった。
ドアの近くの席の生徒はフローラを見て一瞬嫌そうな顔をした。けれど優等生のフローラであると気付いて、すぐに笑顔になった。
「ベリル、フローラさんが来てるよ」
ドアの方から遠くにいるベリルに向かって大声で伝えた。それを聞いたクラスメイトたちはすぐに食いついてきた。
「ベリル、あのフローラさんと知り合いなの?」
すぐそばにいたイコが噂話に食いつくのと同じように尋ねた。
「知り合いっていうか」
友達、と言おうとしたところでベリルは言葉を止めた。フローラにとって、自分は友達ではなかったからだ。
「あのフローラさんがこのベリルに用事って、いったい何なの?」
そこにやって来たモナも、その話聞かせておくれよと言わんばかりの表情で聞いてきた。
「私もわからないんだよね。ちょっと行ってくる」
ベリルは二人を含むクラスメイトの視線を一身に受けながらフローラの元へ向かった。
「フローラ、どうしたの?」
フローラは両手でお弁当箱のようなものを持っていた。教室にいるクラスメイトたちは、ベリルがフローラに敬称を付けていないことで盛り上がった。
「あの、よろしければなんですけど、お昼ごはん、ご一緒しませんか?」
「うん、一緒に食べよ。次の授業は教室だから時間もあるし」
ちょっと待っててね、と言ってベリルは自分の席にお弁当を取りに戻った。
「ベリルがフローラさんに、お昼ごはんに誘われた!」
ベリルの席の近くで様子を伺っていたイコとモナは盛り上がっていた。
「フローラさんに誘われるなんて、ベリルも優等生になったねぇ」
「行ってらっしゃい!」
「もう、ただお昼ご飯を同級生と一緒に食べるだけじゃん。そんなに面白がらないでよ」
行ってきます、と二人に言い残してベリルはフローラと共に教室を後にした。
*****
「なんだか私が来てから、C組が騒がしくなりませんでしたか?」
お昼を食べるためにやってきた学園の庭の丘。そこに腰を下ろしたところで、お弁当箱を開きながらフローラは言った。
「フローラは学園の人気者なんだよ。知らないの?」
「そうなんですか? 知りませんでした」
フローラは大して驚くこともなく、他人事のように答えた。
何か用事があって誘われたのかと思ったが、どうやらそういうわけではなく、本当に一緒にご飯を食べるためだけに誘われたらしい。少し心構えをしていたベリルは肩すかしを食らった気持ちになったが、夕焼け空を見ながらフローラと一緒に食べるご飯は美味しい。何の用事がなくとも一緒に過ごせる関係、そしてゆったりと流れる時間はベリルにとってとても心地よかった。
それから二人はお互いの授業の都合が良い時だけ、一緒にお昼ご飯を食べるようになった。