第一章 第二話
入学式の翌日は、いくつものテストから始まった。学力テストが午前中に行われ、午後からは体力テストに魔法テスト、ついでに身体測定も行われた。どのテストも合格直後に渡されていた課題の定着度を測るものだった。しかし課題をきっちりこなしてきたにも関わらず、ベリルにとってはどれも難しくショックを受けた。体力テストに関しては問題なかったが、魔力テストもあまり手ごたえがなかった。
この日は一日中テスト尽くめで疲れきってしまい、ベリルは部屋に帰るなりすぐにベッドに倒れ込んだ。
「あら、ただいまはないの?」
先に帰室していたメリーは大して思ってもいなさそうなことをのんびり口にした。
「テストしかないじゃん。こんなにテストされたら死んじゃう」
「授業が始まったらもっと大変だよ」
「そうなの?」
ベリルは驚いてベッドから飛び起きた。
「当たり前だよ。ついて行かれないとどんどん置いて行かれちゃうよ」
「えー。助けてメリー」
「大丈夫大丈夫。いくらでも教えてあげるんだから。私に任せなさい!」
メリーはそうおどけながら手でグッドの合図をした。
「さあ、腹ごしらえに行くぞー」
そう言われて気が付いたのだが、時計を確認すると食堂で晩御飯を食べる時間がもうすぐそこまで来ていた。
「置いて行っていい?」
「待ってよ! 私も行く!」
メリーはわざとベリルを置いて行こうとしたので、ベリルは急いでベッドから飛び降りた。
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翌日は初めての学園の授業を受け、ベリルはその内容のあまりの難しさに絶望した。合格後の課題は全てこなしてきたのに、授業で求められるレベルが小学校までとは桁違いに高かった。
初めて耳にする単語の数々に、習ったことのない範囲の予習。授業で指名されればそれをクラス全員の前で立って答えなければならない。数日は予習も間に合っていたし、指名されても間違えることはなかった。しかしそれからベリルの体力は持たなくなっていった。
入学式の翌日に受けたテストが返却された。魔法の筆記テストは百点満点中の五十点。自分自身では思ったよりできたとベリルは思った。その日の放課後には掲示板に学年全員の順位が張り出された。自分が学年で何位だったかというのはこの掲示板で確認するのが学園の決まりと聞いた。ベリルは学年で半分よりも下の順位だった。イコとモナは半分より少し上。部屋に帰るとメリーが待っている。解き直しノートの作成を手伝ってくれた。
この頃はまだなんとかなると思っていた。本当に勉強すればもっと上を目指せると思っていた。けれど次第に心も体も勉強に追い付かなくなっていった。
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ベリルが得意だと思えたのは魔法実技と体育だけだった。魔法実技ではまず場のミュエルを集める練習から徹底的に叩き込まれた。これなら小学校の時に同じことを教わったからできる。そう思ったベリルは、そんなことを思った自分が馬鹿だったと後悔した。求められる水準が小学校で習う基礎魔法学とは比にならない。クラスの中ではベリルは上手くできた方だった。それでも先生からすれば足りないのだそうだ。
そして次に教えられたのは、杖の具現化の方法だ。杖とは強力な魔法や高度な魔法を使う時には必須と言っていい道具である。そんなことはこの国の人なら誰でも知っているのだが、誰もが魔法を使えるけれど誰もが杖を出せるわけではなかった。杖とは己が作るイメージでできたもので、自分に合った杖を自ら考え、強く頭の中でイメージを思い浮かべ、訓練して初めてそれを具現化できるようになるのだ。使うべき時に具現化し、使わなくなったりその人が弱って維持できなくなると杖は消えるし、自分で消すこともできる。
ベリルはそれまで杖を出したことがなかった。学園の入学試験で杖を求められることはなかったし、普通の学校に通っていれば杖を作るという経験はまずない。
それでも杖への憧れは多くの人が持っているもので、自分の杖はこのような感じかなと考えている人は多い。ベリルも今まで実際に具現化したことはないが、こんな杖をいつか具現化してみたいという考えなら持っていた。
杖を具現化する授業の前に、自分の杖を考えてくるという課題が与えられ、実際に描く。それを基にして授業では杖を具現化することを教わった。感覚を掴むまでが難しいのだが、それができてしまえば杖を具現化するのは難しいことではなかった。ベリルはクラスの中で実際に一番に杖を具現化してみせた。
「あっ、できた」
ベリルが思い描いた通りの杖と初めて対面した瞬間だった。長さはベリルの身長と同じくらいある。柄の部分は握りやすい太さの円筒型で、一番上には深紅で先の尖った宝石、下にはそれよりも小さなダイヤカットの同じ色の宝石が付いた、シンプルなデザインだ。
実技の先生はとにかくスパルタで生徒全体から恐れられているほどだったが、この時ばかりはベリルを褒めてくれた。先生の予想を遥かに上回る速さでベリルは具現化できたらしい。
また体育に関してベリルはずば抜けていた。それまでも運動が苦手だと思ったことは一度もなかった。学園の体育の授業で明らかになったことだが、ベリルより足が速い者は一年生の中ではいなかった。自覚はなかったが、かなりの俊足の持ち主だった。走りだけでなく、何のスポーツをやらせてもベリルはすぐに順応し力を発揮した。新しい技術を教えれば、すぐに自分のものにして見せた。だからベリルにとって実技と体育の授業だけが毎日の楽しみとなっていった。
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ベリルはとにかく座学が得意ではなかった。小学生の時は地元の学校に通っていたので、自分の頭脳がどれほどのものかなど考えたこともなかったし、比べられることもなかった。特別苦手という意識は持っていなかったが、学園に来てからは明らかに自分が苦手な物だと認識した。周りには勉強のできる賢い同級生しかいない。
メリーに助けられながら間に合っていた予習復習も次第に追い付かなくなっていった。そのうち入学してから一か月半が経ち、初めての中間テストを受けた。学年での順位は半分より少し下で、前回のテストとそれほど変わらない。しかし大きく変わったのは科目ごとの点数のバラつきだった。魔法の実技テストは得意科目とあって学年でも上位に食い込む結果だったが、筆記テストの結果が惨憺たるものだった。ベリルの順位を落としているのは確実に筆記テストが原因だった。
ベリルははっきりと認識した。自分は頭の悪い生徒で、どうしようもない学園の落ちこぼれであると。自分はそういうものだと思ってからは、ベリルは無駄な足掻きをやめた。メリーに助けてもらって確実な予習をすることをやめ、時間をかけずに適当な予習をした。復習などしない。どうせそんなことをしたところで結果は目に見えている。この一か月半でそれがよくわかった。
生徒の多くは、テストが近くなると特に寮にある魔法実技のための練習場にこもって、習った魔法を確実にする。テストで良い成績を得るために図書館にこもって勉強をする。
ベリルはそんな空間がとても苦手だった。自分はどうしようもない落ちこぼれ。才能もない生徒。そんな自分が切磋琢磨する生徒の中に居るだけで、『あいつは学園の恥だ、姿も見たくない』『実技だってミュエルばかり無駄に使って、精度の高い魔法も使えないなんて』『あんな怠け者は学園にいらない』などと言われているような気がしてならなかったのだ。
イコとモナに誘われて一度だけ図書館で勉強をしたが、周りの生徒が気になって全く集中できず時間だけが過ぎて行った。自分が存在するだけで否定される。その恐怖を感じてベリルは図書館から逃げるように帰った。
それからは、ベリルは一度も図書館に行っていない。練習場でもおそらく同じ思いをするだろうから、練習場にも行かなくなった。
そのような調子で迎えた夏季休暇前の期末テストは、良い結果なわけがなかった。筆記テストは追試を目前とした点数。やる気も自信も失ったベリルは実技の点数まで大幅に落としていた。掲示板に張り出された順位は、下から数えて数人目だった。