第6話 じゃじゃ馬に問う
・・・あれ?体が動こうとしない。若いカップルの行為に興奮して、このまま聞いていたい、なんなら混ざりたい、なんて脳が、体が思ってしまっている。まずい。さっきまで賢者だったのに、猿と化そうとしている。
ここで自家発電をしてしまえばいいのか?そうすればまた賢者に戻れるし、体も動くだろう。
ただ時間はあるのか?時間はあって3分くらいか?3分で放電出来るだろうか?いや、やるしかない。
俺は必死に運動エネルギーを発生させた。発電なんて言っているが電気エネルギーは発生するわけもなく運動エネルギーばかりが発生していく。
今までにない状況なだけに興奮して早く電子が出そうだ。
うっ…!
電子が出た。しかし一瞬にして意識が遠のく感覚を味わう。
バタン。
おれは意識を失った。
…ハッ…!早く逃げなければ!
しかし俺は横たわっている。しかもここは見覚えのある、そして馴染みのある部屋だ。
俺は戻ってきたのだ。そう、元の世界に戻ってきたのだ。俺は何が起こっているのか多少混乱しているが、戻ってきたのは事実のようだ。スマホを見る。あれから2時間経過していた。
念のため鏡を見る。
うん、間違いなくこれは俺だ。山下弘ではない。
俺は賢者になり、冷静さを徐々に取り戻してきた。
果たしてあの後のあの世界の俺はどうなってしまったのだろうか。
あの世界の俺は本来の意識を取り戻しているだろうか、そして逃げきれたのだろうか。
しかしニートなら獄中で働いて、飯も十分に取った方がよほど良いのではないだろうか。
いいや、あの世界の俺はそうしなかったのだから、逃げ延びた方がよいだろう。
しばらく経ち、レベル100の賢者になった俺はあの世界での出来事を回顧する余裕が出来た。
思えば不自然なことばかりだ。まず大量の和菓子のゴミ。どうして、あの世界の俺の、山下弘の飯はお菓子、とりわけ和菓子ばかりだったのだろう。
見当たったゴミはティッシュと和菓子のゴミ、空のペットボトルだけであった。そこまで和菓子好きではないのだが…。
そしてライフスタイル。あの世界の俺は相当節約して過ごしていたのだろうなぁ…。部屋にもテレビはなく必要最低限の物しかなかったし、風呂にすら入っていなかった。まあニートならしかたないか。なんなら指名手配犯だし。
ただ、ニートで働いてないならどうやってあれらを買っていたのだ?
通帳を見とけばよかったと後悔しながらも、ふと思い出したことがあった。
そういえばハンコを取り出す時に、ロウソクや線香が入っていたのを思い出した。
最低限の物しか買わず、飯も和菓子だったりと相当節約していたヤツがなぜロウソクや線香を買うだろうか。
ロウソクは明かり代わりか?だとしたら線香はなんだろう?線香の匂いを楽しむためか?いや、そんなことはないだろう。
ロウソクと線香、使い道があるとしたら墓参りか何かだろう。そしてあの黒い服…。暗くてよく分からなかったが、喪服だったのかもしれない。
友達か誰かが死んだのか?だとしてもそんなに俺には親しい友人はいなかったはずだ。だとすれば親族…。
俺は何だか悪い予感がした。
いや、これ以上考えるのは辞めよう。最悪の結論に辿り着きそうだ。
とりあえず元の世界に戻れてよかった。それでいいのだ。
俺があの時した判断、母親との電話に出るという選択は間違っていなかったのだろうか。少なくともあの世界が正解とは思えない。電話に出る、出ないという些細な選択でさえ、あんなに変わるものなのか。
今までの人生の中で俺は大きな決断、選択を迫られる場面がいくつかあった。果たしてその時に違う決断を、選択をしていたらどうなっていたのであろうか。
それと自家発電による放電だ。あれが不思議でならない。
恐らくだが電子を放出すると並行世界に行けて、再度並行世界で放出すると元の世界に戻れるのだろう。
なんだこの不思議な力は。どうせなら炎とか氷とか操れる力が欲しかったものだ。30で童貞だと魔法使いになれるというのは本当だったらしい。
俺はもうこんなことは懲り懲りだが、なんせ異常な性欲だ、またしたくなるに決まっている。
少し回数を減らす必要があるが、1日3回が限度と言ったところか…。
ああ、性欲よ、どうしてあなたは性欲なんだ。