第5話 逃避夜行
さて、ここからどこへ逃げるか…。
俺は走りながら考えていた。警察官達は少々面食らっていたようだが、すぐに後を追いかけてきている。
今自分のしていることはいけないことである。
なぜなら自首せずに逃げているのだから。出来るのなら俺もそうしたい。
だが今俺はこの山田弘、いいや、違う世界の向風夏だ。これは俺じゃないが俺なんだ。その俺がやりたかったことを尊重しよう。
それならば逃げた方が良い。捕まって獄中生活なんて御免だ。
俺は無我夢中で走リ続ける。
しかしこの世界の俺はニート生活をしているせいか太ってしまっていて、筋肉も衰え、体も重くなっている。幸いあちらの警察も、応援を要請しているため、全力疾走ではない。振り切るなら今しかない。
このまま直線勝負だと危ない。しかし土地勘の無い俺が変に知らない道を行ってそこは行き止まりでした、なんて事は笑い事にすらならない。
ここは来た道を戻るしかない。裏道などはなく、複雑な道順ではなかったので覚えやすかったが、来た道はだいぶ拓けている道ばかりだった。ここは賭けるしかない。
しかしその後どうする?家に帰るのか?帰ってどうする?いずれ家などバレるだろう。
この近くには身を隠せる施設などない。ここは諦めて投降するしかないのだろうか。いや、諦めるわけにはいかない。何かがあるはずだ。
まず俺はどうしてこの並行世界にやってきたんだ?理由がわからない。このまま元の世界に戻れず、俺はこの世界で生きてかなければならないのだろうか?
ええい、そんなことよりまずはこの警察を撒くことが先だ。応援が来ればもう詰みだ。まだ警察は見えない。
どこか身を隠せる場所はないか?懸命に周りを見渡す。どこか、どこか、身を隠せる場所…。前方に公園がある。
…あった。
後ろから声がする。俺は急いで公園の隅にある公衆トイレ目掛けて走った。
そして男子トイレの奥の個室に入った。しばらくやり過ごせそうだ。
さて、どうするか。果たして元の世界に戻ることは出来ないのだろうか?このまま戻れないなんてなったら、神はなんて理不尽なことをするのだ、という話になる。
元の世界では現実に嘆いてはいたものの、もっと酷い世界に連れてくるなんてあまりにも頭がおかしすぎるよ、神様さんよ。
いや、悪口はやめておこう。罰が当たる。まぁ、もう罰を受けてるようなもんなんだが…。
ふぅ、どうすればいいんだ…。
すると隣の女子トイレに人が入ってくる音がした。俺は息を殺して様子を伺う。
まさか警察だろうか?俺が逃げてる状況でも女子トイレに入るほど変態だと思っているのか?舐められたものだ。そんな変態なわけないだろ。
しかし妙な違和感がある。それは男だけでなく女性の声もするからだ。会話は丸聞こえである。壁が薄いのに気づいていないのだろうか。声からして若い男女だ。
俺はすぐに気がついた。これは警察ではない。若いカップルだ。カップルが公衆トイレ…?まさか…。
案の定おっぱじめやがった…。かなり大きく、甲高い声が聞こえてくる。こんなところでやるなんて、お盛んすぎる。
やはり人間は性欲を前にすると正常な行動が出来なくなるようだ。俺だけではないようだな、と安心しながらもこれは安心出来る状況ではないと気づく。
この声だと外まで響くだろう。ただ、俺を追っている警察がわざわざ立ち寄るだろうか?
いや、万が一でも警察が来たらまずい。
とにかく早くここを出なければ…。