第22話 心の奥底に秘めた思いは
陽と会ったあの日から数日後、彼女から連絡が来た。明日の昼、俺の家に来るそうだ。
俺は遠足前夜の小学生のようにソワソワしながら待っていた。思えばこの家に女性を入れたのは初めてだったな。家にいれるということは、ああしたりこうしたりがあるわけで…。
いや、俺と陽はそんな関係ではない。今はただの互いを良く知る知人同士だ。一線を走り幅跳びの勢いで越えるわけにはいかない。
そして時は経ち次の日。目覚ましよりも先に目覚めることの出来た謎の優越感に浸りながら彼女を迎える準備をする。
まあ特に準備するものは無かった。どちらかと言うと心の準備の方だった。
昨日は特殊な状況だったから勢いやその場の雰囲気に任せて話すことは出来たが、今回は違う。
正午を知らせるチャイムが街中に響き渡る。この街は正午と夕方の6時にチャイムがなる仕組みだ。
チャイムが鳴り終わるのと時を同じくして、家のインターホンがなる。
ドアを開けると陽がいた。やはり見慣れない。しかしこれがこの世界の彼女の姿だ。この世界の彼女が選んだ道だ。
何故こうなったかを今日聞くために来てもらったのだ。
俺は彼女をリビングに上げ、机を挟み、正面に座らせる。
さあ、一体どこから聞けば良いのだろうか。いきなり直球で行くのも、それはそれで話しづらいだろうし…。
そんな俺の様子を見兼ねたのか、彼女の方から話しかけてくれた。
「この前はありがとう。おかげでいろいろと救われたわ」
電話でもお礼をされたので、もう十分なのだが、何を話せば良いか分からない俺に気を使って、話のきっかけをくれているのだろう。
相変わらず俺はダメダメだ。気を使うのは俺の方なのに、逆に気を使われている。
もう変に考えていても、彼女に気を使わせてしまうだけだ。直球にもなるが早いところ聞くことにしよう。
「陽、何があったんだ?」
「あなたはそれで良いのよ。変にあれこれ考えるのなんて似合わないわよ」
彼女はそう言い、話を続けた。
「まず事が大きく動いたのは1年ほど前だわ。私はその頃役場で働いていた。
そして仕事帰り、家に帰ると知らない男の人たちが家に来ていたの。
何事かと思って聞いていたら、父がギャンブルや風俗にハマってしまって、家にあったお金を全部使い果たしてしまったの。
挙句の果てには闇金と言われる高利貸し業者にお金を借りてしまっていて、とても店を続ける状況でなくなってしまって、あなたも知っているあの店を閉じらざるを得なくなっちゃった」
なるほど、そういう事か。陽の親父さんはそんなことをする人には見えなかったのだが、酒とギャンブルと女は、男を狂わせるとは本当のようだ。
「なるほど、それでその借金を返すためにこんな格好までして、あんな店で働いていると?」
「そういう事になるわね」
「なら、その後君の両親はどうなったんだ?」
「離婚したわ。父が、母や私に迷惑をかけたくないからと言って出ていったわ。
だけどもう定年間近の人を雇ってくれる会社なんてどこにも無く、父は飲食店のアルバイトとして働きながら借金を返しているわ」
「なら陽のお袋さんは?」
「つい半年くらい前に脳梗塞で亡くなったわ。やはり父のこともあってかストレスが溜まっていたのかもしれない。
お葬式も出来る状況じゃないから結局出来ずにいるの」
そうなのか。俺が思っている何倍も事態は深刻だったようだ。
母親を亡くして、お葬式も出来ずに父が闇金から借りた金を、身体を売ってまで返そうとしているのだ。
俺ごときでは推し量れないほど彼女は辛い気持ちを味わっているに違いない。
「そうなのか。思い出させてしまってすまない。
それなら、弁護士とかに相談すればいい。そうすれば多少はマシになるかもしれない」
「私も最初はそう考えたし、相談もした。けれど借りた相手が相手なの」
「そんなにヤバイところから借りたのか?」
「その闇金、神灯組系列だったのよ。当然弁護士も顔色を変えてしまって、結局ダメだったわ」
なるほど、神灯組か。
神灯組は関東を拠点に全国に展開し、現在の裏社会を牛耳っている組織だ。
警察や政治家ともそこの組織と繋がりがあると言われている。それらの噂が本当かどうかは分からないが、それだけ危険で強大な組織なのだ。
指名手配犯にも神灯組の人達が何人もいるが、形式的に指名手配されているだけで、警察も動こうとはしていないらしい。
「なるほど、それならどうしようもない。
ちなみにあとどれくらいなんだ?」
「まだ何千万も残っているわ。この調子だとあと何年かかるか分からない。
私の精神や身体が壊れるのが先か、返し終わるのが先か、微妙なとこね」
陽の親父さんは相当前から借金していたのだろうな。それでなければ、返している今でもこんなに残っているなんて考えられない。
陽はいつも通りのように見えたが、心中、相当疲弊しているに違いない。
ただ、助けると決めたのは俺だ。これは彼女に対する罪の償いだと思っている。
俺が助けなきゃ、誰が彼女を助けるのだ。
1人はみんなの為に、みんなは1人の為に。
そんな言葉が美辞麗句として世に広まっているが、実際に全員が出来ているか、と聞かれればそうではない。
1人はみんなの為に、足を引っ張らないよう、みんなを困らせないように助けを求めることが出来ていない。それが現状だ。
みんなは1人の為に、わざわざ自分の時間を割きたがらない。なぜなら自分が1番大切なのだから。それが現状だ。
俺はそれが絶対悪だと批判している訳では無い。人間、そういうものだから仕方がない。
もし俺が見ず知らずの赤の他人にそんなことを出来るか、と聞かれたら無理だろう。
だからこそ困っている人の友人や恋人がそれに気付いて、助けてあげるべきなのではないか。
「分かった、君の助けになろう。
俺も働いて君の借金の返済の力になろう」
「いいえ、そんなことあなたにさせるわけにはいかないわ。ただの知人程度のあなたに迷惑をかける訳にはいかないわ」
「なら、知人がダメなら、付き合おう!恋人になろう!」
言ってしまった。