第21話 再会につきまして
さて、まず何から話そうか。沈黙が続き、気まずさが募っていく。
そんな時、沈黙を破ったのはやはり彼女の方だった。
「お客様、どうなさいましたか?」
彼女はあくまでも客として接してくるようだ。ここはもうこちらから行くしかない。
「陽、久しぶりだな。こんなとこで何してんだ」
俺はそう声をかけると、彼女の顔から笑顔が消えた。
「やっぱりバレてたのね。しかし、私ってよく分かったわね」
彼女はいつの間にかいつも通りの、彼女の本来の態度に戻っていた。
やはり無理をしていたのが分かる。彼女も本当はこんなことやりたくないんだろう。
「んで、私を呼んで何の用?したいならさっさと済ませれば?」
客にする態度じゃないだろ、と内心思うも、口には出さなかった。彼女も俺じゃなきゃこんな態度はとってないだろう。
「陽、お前何があったんだ?俺はそれを聞くために呼んだ。何もするつもりは無い。だから答えてくれ」
陽はそれを聞くや黙り込み喋らなくなった。
やはり何かあったのだろう。彼女にしては分かりやすい反応だ。
「お前がこんなことをするのはよほどの事がない限りありえない。一体何があったんだ?困ってるなら力を貸すから、教えてくれないか?」
「別に何も無いわ。これが私のやりたい事、ただそれだけ。他人に口出しされる覚えはないわ」
彼女は強めの口調でそう答えた。彼女が怒りを露わにしている。とても珍しいことだ。こんな彼女は滅多に見られない。
と同時にやはりこれはただ事じゃないことが理解出来る。
そして何より彼女に他人と言われたことが、本心じゃないとしても少しショックだった。
「もう用がないなら帰るわよ。お金ならいらないわ」
嘘だ。お金が必要じゃないならこの仕事はやらないだろう。ましてや彼女が毛嫌いするような仕事だ。お金の為じゃないなら何の為にやるんだ。
「分かった。君が言いたくないのならそれ以上は聞かないよ。
ただ、万が一、助けが必要になった時の為に俺の電話番号を渡しとく。
あと、呼んだのはこっちだ。君も仕事で来ている。料金もきちんと支払うよ」
俺はそう言い、電話番号をメモした紙と本来の料金の倍近くのお金を支払った。
「これ、少しでもお金の足しに、君の助けになれば、と思ってさ。遠慮はしなくていい、所詮俺の自己満だから」
俺はそう言い、コンビニで買ってきた彼女の大好物、塩むすびも渡した。
彼女のことだ、余計なお世話だと突き返されるかと思ったが意外にもそうではなかった。
すると、彼女は膝から崩れ落ち泣き出した。
「どうして私の為にそんなにしてくれるの?私、助けてなんて一言も言ってないのに」
「他人じゃないからだ。ちょっと君のことに詳しい知人だからだよ。だから助けてなんて言わなくても分かる」
彼女はそのままずっと座り込んだまま黙っていた。彼女に何があったかは分からない。彼女が話したくないと言うのなら話さなくてもいい。ただ、だからと言って何もせずにはいられない。
目の前の困っている人を無視出来るほど俺は落ちぶれてはいないつもりだ。しかもそれが知っている人なら尚更だ。
偽善者と言われても良い。やらない善よりは例え偽善でもやった方がよい。大体、やらないことに善なんてあるのだろうか。
偽の善と書いて偽善。果たして偽の善を振りかざしてるのはどちらの方だろうか。
別の世界では前とは真逆のことをしてきている俺が言っても何も響かないし、説得力の欠片もないかもしれない。
ただ、これは俺なりの彼女への罪滅ぼし、償いでもある。
しばらくして彼女は立ち上がってこう言った。
「ここまでされては、話さなきゃ私の心が許さないわ。
後で連絡をするわ。ただあなたを巻き込みたくない。面倒なことになるかもしれないから言いたくなかったけど、どうせあなたの事だから引き下がるつもりはないんでしょう?」
「あぁ、もちろん。ちょうど退屈してたところだから、逆に良かったよ」
「それはそう。どうなっても知らないわよ?自業自得なのだから」
彼女はそう言い微笑んだ。あの頃の彼女だ。見た目は違えどやはりそう痛感する。
「断るのも申し訳ないし、あなたもそれを許さないだろうから貰ってくわ。情けない姿を見せてしまったわ、このことはどうか忘れてちょうだい」
彼女はそう言い俺の家を出ていった。
普段はあまり好まないキツめの香水もなぜか心地の良いものになっていた。