第15話 放電か崩壊か
逃げた方が良い。俺は直感的にそう思った。
「ごめん、ちょっと色々と考えたいからトイレに行っていいかな?」
そう言い、俺は山登の意味深な言葉に対し、はっきりとは答えなかった。
俺は今すぐ走って逃げたい、という感情を懸命に押し殺し、ゆっくりとトイレへと歩みを進める。移動中、周囲の人々に横目で見られながらも俺は何とかトイレの個室に入ることが出来た。
何も物理的に逃げる必要は無い。トイレでまた自家発電をして放電すれば良いだけだ。そうすれば元の世界に戻れる。
俺は真実を知ることが出来たのだ。出来れば警察に電話をしてから戻りたかった。
しかし俺の心が持たない。今すぐにでもこの世界を去りたい。
俺は自家発電を開始する。
冷静を装ってはいたものの、体は緊張し、強ばっている。
手を動かすも、中々興奮しない。
発電開始から15分。全く興奮出来ない。
このままでは腱鞘炎になるのではないかと言うくらいの勢いで手を動かしている。しかし体が言うことを聞かない。
あまり長居すると山登に怪しまれてしまう。
やはり外に出てしまおうか?外に出て、家に帰って、落ち着いてから元の世界に戻ろうか?
俺がそんな事を思っていると、後方でトイレのドアの開く音がした。
俺は音を立てないように手を動かす。
このトイレに入ってきた男性も、まさかこのたった1つの個室の中で自家発電が行われているとは思うまい。
しかし足音は1人のものではなかった。
2人?いや、3人か?足音の数がだんだんと多くなっていく。こんなに一斉に、しかも同じタイミングで尿意を催すことがあるだろうか?
連れションか?いや、それはない。連れションをする年齢の客はいなかったはずだ。
しばらく手を止め待ってみる。しかし誰も小便をしている気配がない。みんな大便待ちなのか?そんなバカな。
気が付くと、この狭いトイレにかなりの人数が押し寄せてきていた。
奇妙だ。奇怪だ。明らかにおかしい。
心臓の音が大きくなる。これだけの人数がいるというのに物音1つしない。
まるで獲物を待ち伏せしているヘビのようだ。
彼らがトイレに入ってきてからどれくらい経ったのだろうか。
俺はこの沈黙が永遠に続くような気がした。
しかしその沈黙は唐突に破られた。
ドンドンドンドンドン
そうドアを強く叩く音が、この狭いトイレ中に響き渡る。俺はそのいきなりの出来事に心臓が飛び出そうになった。
さらにガチャガチャとドアノブを捻る音も合わさる。
「おい、いつまで入っている。早く出てこい。さもないと力づくで引きずり出すぞ!」
何事だ?何が起きている?こいつらは何者だ?
ただこの状況がまずいことだけは分かる。俺の身に危険が起きていることだけは確かだ。
周囲の状況とは逆に心なしか眠気を感じる。
パァンと拳銃らしきものを打つ音が聞こえる。俺はその音で我に返る。
「早く出て来い!もう終っているのだろう?」
ドアは相変わらずドンドンと叩かれたり、蹴られたりしている。
このままでは不味い。どうであれ早く放電しなければ…!
人間は身の危険を感じると本能的に子孫を残そうとするらしい。
その本能のせいか、今までのが嘘のように、あっという間に放電まで達しそうになる。
まずい、もうドアが壊れる。放電と崩壊、どちらが先だ。
俺は死に物狂いで手を動かす。
しかしふと頭によぎる。
俺が元の世界に戻ったとして、この世界に元々いた俺はどうなるんだ?
俺は無意識の内に携帯を取り出していた。
そして携帯を置き、放電することに全神経を注ぐ。ドアもガタガタと音を立てている。
何とか、壊れる前に…!頼む…!
俺は今まで苦しめられてきた性欲の強さに、初めて頼っていた。
手を動かす。後方ではもうドアが半ば開きかけている。
早く、早く…!
バーンと後ろで大きな音がする。ドアが開いたようだ。
ふぅ、ギリギリ間に合った…。
俺は薄れゆく意識の中で安堵の息をついた。




