第14話 化けの皮
待ち合わせのカフェが見える。待ち合わせの30分前だ。
少し早かったな…。俺は緊張のせいか、いつもよりも早足になっていたようだ。
まあ、早く来るに越したことはない。そう言い聞かせ店内に入る。この店に入るのはどの世界を通じても初めてであった。
俺は若干戸惑いつつも、端の窓際の席に腰をかけた。少し落ち着き店内を見回す。優雅なBGMに似合わず、男性客ばかりである。
新聞を読む者、携帯をいじる者、イヤホンをして音楽を聴く者、様々である。
俺はとりあえず注文を、と思い店員を呼ぶ。静寂を切り裂くように鳴った呼び鈴のせいか、周囲が一斉にこちらを見る。
あまり注目されずに生きてきたせいか、視線が痛い。俺は声を最小限に抑え、コーヒーを注文する。店員も見たところ男性のみのようだ。
ここは男性に人気のカフェなのか?不自然なくらいに男性しかいない。本当に待ち合わせ場所がここなのか確認するが、ここで合っている。
たまたま女性客がいないだけなのか。平日なのにここにいる男性達は仕事がないのか?日本の将来が少し心配になる。
さて、注文と彼女、どちらが先に来るかな。
ただ、もうそろそろ来てもいい時間だ。
ここは彼女にチップ10枚かな。
緊張を紛らわすため、俺はそんなくだらない事を考えていた。面白くなくても緊張を紛らわせれば良かったのだ。
入店の鈴がなる。彼女が来たのだ。時を同じくしてコーヒーも来た。
彼女は俺を見つけると、
「先輩、待たせてごめんなさい。色々準備してたら遅れました」
と声をかけた。なるほど、様子に変化はない。いつも通りの楓だ。
「いや、俺が早く着きすぎただけだよ、そんな謝らないで。謝らなきゃいけないのは俺の方だから」
俺はそう言い、彼女を正面の椅子に座らせる。緊張をコーヒーで紛らわす。
とりあえず昨日のことを謝らなければ。
「山登さん、本当にごめん。俺がしたことは到底許されることではない。許して欲しいなんて思っていない。これから償っていくつもりだ。何だってする。」
俺は声の大きさを抑えながらも、心からそう言った。
「良いですよ、先輩。まだ立ち直れていませんが、もうだいぶ気が晴れましたから」
気が晴れた…?どういうことだ?陽を殺して気が晴れたってことか?
俺は疑心暗鬼になっているためか、彼女の言葉に引っかかってしまう。いかん、まだ彼女が犯人だと決まった訳では無いのだ。
顔を上げると彼女は微笑んでいた。昨晩の笑顔とはまるで違う。
とは言え、彼女が犯人ではないという証拠もない。ここはもう直接聞いてしまおう。
残ったコーヒーを一気に飲み干し、俺は彼女にこう問いかけた。
「それはよかった。
話は変わるんだけど、今朝警察が家に来たんだ。陽が今日の未明、遺体で発見されたらしい。何か知ってないか?」
俺はそう彼女に問いかけた。彼女の目を見つめるが、顔色ひとつ変わらない。動揺も見せない。まさか彼女は関係していないのか??心臓が破裂しそうな勢いでバクバク鳴っている。
沈黙が訪れる。
しかし少しして彼女が口を開く。
「はい、もちろん知ってますよ。私が殺しましたから」
彼女は満面の笑みでそう言った。
俺は血の気が引く感覚を鮮明に味わう。
やはりお前だったか。覚悟は出来ていたとはいえ、事実を受け止めるのはやはりキツい。
このままでは倒れてしまいそうだ。俺は唇をおもいっきり噛み締め、なんとか意識を保つ。
なぜこんなに躊躇いもなく言えるのだ?警察に通報すれば即逮捕だぞ?その覚悟も出来ているということか?
「それは本当なのか?ふざけて言ってるのなら辞めてくれ」
「本気で言ってますよ。あの女、私から何もかも奪った。
私にとって先輩は全てだった。その全てを奪ったあの女を許せなかった。
だから殺したんです。いいえ、奪い返したんです」
彼女は自分は何も悪くない、とでも言うかのような目でこちらを見る。
俺はふつふつと怒りが湧き、周囲のことなど忘れ強い口調でこう言った。
「山登さん、君がしたことは到底許されるべき行為ではない。俺も許さないし世間も許さない。通報する。その行いを反省し、後悔と罪悪感で苦しめ!」
俺は携帯電話を取り出し、110番に電話をかけた。
しかしいくら経っても呼出音さえならない。俺は異変に気づき、携帯を見る。
すると電波のマークが圏外の表記になっていた。
なぜだ…?なぜ繋がらない?なぜ圏外なんだ?
「先輩、最後にひとつお願いを聞いてください」
山登は満面の笑みを浮かべ、こう言った。
「先輩、ずっと一緒にいてください」
俺は彼女が何を言っているのか分からなかった。それどころではないからだ。
思えば違和感だらけだ。
彼女が当日にもかかわらず、待ち合わせの場所、時間を決められたこと。まるでこちらから連絡が来るのを待っていたかのようだった。
次に、彼女が指定したこの店。
客は男性ばかり。今までの会話が聞こえているはずなのに、客は全く反応を示さない。加えて携帯電話が繋がらない。
そして最後の彼女の言葉。
ずっと一緒にいてください、だって?何を言ってるんだ?
彼女の精神は確実に病んでいる。愛が重すぎるが故に。
愛が重すぎる…か…。
何だかここにいては、まずい気がする。ものすごい嫌な予感が、嫌な悪寒がする。
この場から離れた方がいい!
俺は直感的にそう思った。