第11話 遠き日に見たあの人は
ここの世界は、前の世界と違う意味でヤバい状況である。これはもう本物の快楽を知りたいなんて言ってる場合ではない。早急に戻った方が良い。この状況、いきなり上手く対処出来る自信が無い。
しかし同時に大人になった陽にも会ってみたいという思いも強い。
1度会ってから帰っても遅くないはずだ。
よし、そうと決まったら早いうちに済ませよう。
ふと携帯を見ると、陽から連絡があった。この世界の俺は都合上携帯の音がならないように設定している。
とりあえずなんて送られてきているのか見よう。彼女とのトーク画面を開く。
すると、
「今夜、会いたい。」
陽からそう送られてきた。文面を見た時、一瞬ドキッとした。
しかし今までの彼女とのトークを見る限り、彼女はあの頃から変わっていないようだ。それならばこの文面、恐らく大事な用事なのであろう。
俺は他の女性との予定を確認し、今日は予定がないことが分かった。
しかし彼女の大事な用事は何だろうか。振られたりするのだろうか。浮気をしていることなどがバレてしまったのだろうか。女の勘を舐めてはいけない。
楓ぽんには、昨日や今朝様子を見る限りだとバレてないと思うが…。
俺は不安と疑問でいっぱいになりながらも夜まで待つことにした。
とりあえずこの家はどれだけ変わっているのだろうか。少し漁ってみよう。
タンスの中や机の引き出し中を見てみる。
大きく変わっていたのは服だ。俺が普段着たことのないような服がある。彼女が出来るだけでこうも人は変わってしまうのか。
そして机の引き出しの中には赤の包装紙に包まれた箱があった。
なるほど、これは誰かへのプレゼントである。そうか、陽の用事は大体分かった。今日は陽との記念日なのだ。プレゼントを用意するということは節目の大事な記念日の可能性が高い。
そうなると今夜…。俺はテンションが上がっていることに気がついた。
そんな下心丸出しは辞めよう。それでも少し期待してしまう自分がいる。
そして夜。俺は彼女の家が分からないので、家に呼ぶことにした。記念日ならどこかの店を予約していてもいいと思うがトークを見返す限りではそのようなことは触れられていなかった。
ピンポーンとインターホンがなり、ドアを開ける。
目の前に立つ女性を見る。
するとそこにいたのは、あの頃と全く変わっていない彼女だった。
「久しぶり」
俺は今違う世界にいるということを忘れ、ついそう言ってしまった。
「何を言ってるの?そんなに寂しかったの?」
俺はしどろもどろになりながらも言い訳をして中へ入れた。
久しぶりに彼女と話したがやはり彼女はあの頃と変わっていない。
俺は少し安心しつつも、これから何をすればいいのか分からず黙ったままでいた。
先に口を開いたのは彼女の方だった。あの頃もいつも沈黙を破るのは彼女の方だった。
「子供出来てたよ。」
俺は驚きの余り言葉を失った。喜ばしいことなのだろうが、現在のこの状況を鑑みるにとても喜べる状態ではない。
そう言う彼女は少し嬉しそうにも見えた。
そうだよな、お互いもう結婚してても、子供がいてもおかしくない年齢だよな。
俺は、
「それは良かった。おめでとう!」
とだけ言い、それ以上何も言えずに再び黙り込んだ。
これはもう楓ぽんとの関係は終わらせるしかないだろう。子供も出来たということは結婚も秒読みのところまで来ている。
いや待てよ、それは別に俺がやらなくても良いのではないか?俺はさっさと元の世界に戻れば良いだけなのだ。
とりあえずこの場を凌げさえすれば良いのだ。
「さっきから何考えてるの?あまり嬉しそうに見えないけど」
「いや、結婚も考えなきゃなって思ってさ」
と、咄嗟に答えた
彼女はそう、とだけ言い再び沈黙が続く。
なるほど。大事な話とはこの事だったのか。記念日の話ではなかったようだ。
それならあのプレゼントは何なのだ?
確かに記念日ならわざわざ今日会いたいなんて言わないはずだ。記念日は会う前提のはずだ。
となると誰かへの誕生日プレゼントなのだろうか?ただ陽の誕生日はまだまだ先の話だ。
それならば自ずと答えは出る。あのプレゼントは陽に向けてのものではない。楓ぽんに向けてのものだったのだ。
俺としたことが、陽に会うということに引っ張られて楓ぽんのことを考えていなかった。
いや、今はそんな事より目の前のことに集中しよう。これからどうしたものか。何かを考えるにしても、この喜ばしい報告に、この沈黙はあまりに不自然だ。
俺はとりあえずトイレに行くことにした。一応携帯も持っていこう。
さて、どうしたものか。何とかしてこの場をやり過ごそう。
しかし彼女は変わっていないとはいえ、あれから10年近く経っているのだ。あまり下手なことは言っていられない。どうしたものか…。
そうあれこれと考えているとふと、妙案が浮かんだ。
そうだ、もうこの場で放電して元の世界に戻ってしまえばいいのだ。緊張や不安で今日は1回も自家発電をしていないではないか。
そうだ、それが1番良い。ちょうど手元に携帯もある。テキトーに探してとっとと放電して戻ろう。
やはり相当溜まっていたようで、携帯を見ずとも順調である。このままだとすぐに戻れそうだ。
早くこんな世界から離れて、元の平和な世界に戻ってしまおう。手の動きが速まる。もう少し、あと 少し…。
ピンポーン
俺はその音で我に返った。来客だ。タイミングが悪いことこの上ない。いや、陽に出てもらえば大丈夫か。
携帯で陽に代わりに出るよう伝えなければ。そう思い携帯を見ると、なんとそこには10通を越える楓ぽんからの着信が入っていた。
そうだ、この世界の俺は携帯を音のならないように設定しているのだった。
何事だ?何か大変なことでもあったのだろうか?今日は何の予定もなかったはずだが…。
そう考えていると玄関の方から声が聞こえてきた。
「夏さーん?寝てるんですかー?何で電話に出ないんですかー?今日の約束忘れちゃったんですかー?」
と聞き覚えのある声がする。
まずい、これは楓ぽんの声だ。




