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――FRC-28 船内
回収された調査隊一行は、すぐさまマティスを医務室へと搬送した。
船医のロドリックはすぐさまその診察にかかる。
ライアンは調査隊メンバーを待機室に戻らせると、無線でブリッジにコロニーから離脱するための準備を指示した。
応援の到着を待って再調査を行うことになったためだ。
この船の人員、装備のみでは十分な調査ができないとの判断である。
正直、ライアンとしては不満を感じなくもないが、けが人が出ている現状ではそうせざるを得ない。
そして、その指示を受けたカッターのブリッジでは、エンクバットとルエンロンは慌ただしく動いていた。
「ハッチ閉鎖確認。ハッチ外エアー回収開始」
「機関出力正常。アイドリング異常なし」
二人はテキパキとコンソールを操作し、準備を進めていた。
――そして、しばしのち 診察室
処置を終えたロドリックが、ライアンの元にやってきた。
「……どうだ?」
「ああ……傷自体はそれほど深くはないな。パワードスーツの装甲のおかげだろう。少々出血が多かった様であるから、しばらく安静は必要だな」
カルテを記入しつつ、ロドリックはライアンにマティスの容体を説明する。
「そうか。それは何より」
「それにしても……人型の怪物、か。にわかには信じがたいものがあるな」
「ああ。間近で見た俺たちも、な。ところで……これの解析を依頼したい」
ライアンは小さな袋をロドリックに差し出す。
「ン? こいつは一体?」
「その怪物の体毛と血液のサンプルだ。船長の許可は取ってある。分析を頼みたい」
「! ……そうか! わかった。すぐに分析にかかろう」
「頼んだ」
そうしてライアンは医務室を後にした。
(後は……ジェラードだな)
心中で呟く。
戻り道での状態が気になり、『休んでおけ』と言ってはおいたのだ。
しかし、何かが引っかかっていた。
そうして、彼のいるであろう待機室へと向かう。そこには仮眠室があるのだ。
――待機室
調査隊の面々が、ライアンを迎えた。
「マティスはどうなんです?」
「ああ。命に別状はない。しばらく安静にしなければならないがな」
「よかった……」
その言に、胸をなでおろすゼレンコ。
自分をかばってくれたマティスの容体がずっと気がかりだったのだろう。
他の面々も安堵したようだ。
「何にせよ……これで一安心っすね。まだまだ問題は山積みだけれど……」
楊が肩をすくめた。
「そうだな。ところで……」
ライアンは一同を見回す。
一人だけ欠けているのだ。
「……ジェラードはどうした? 仮眠室か?」
「えっと……さっき倉庫に行くとか言ってましたよ。傷がついた腕のアーマーを交換するとか言って。そんなに急ぐことはないと思うんですけどねぇ」
「そうか……」
クルツの言。
ライアンは不吉な予感に襲われた。
「……どうしたんです?」
「いや……帰り道でのジェラードの様子が少々気にかかってな」
「そう言えば少々ぼんやりとしてた感はあったっすね。さっき、ここから出て行くときも……」
「そうか。……すまんが、ジェラードを探してくれ。少々嫌な予感がする」
「えっ……い、イエッサー!」
一同の顔に、当惑の色が浮かんだ。
だがすぐに、緊迫した表情で待機室を飛び出して行く。
そしてライアンもその後を追った。
――ブリッジ
ルエンロンとエンクバットによる離脱準備は順調に進められていた。
「エアー回収完了。気密扉に異常なし。ボーディング・ブリッジとのロック解放」
そして、ディスプレイ上にロックが解除されたことを告げる表示が浮かび上がる。
「……解放完了。これより遠隔操作にて、ボーディング・ブリッジ分離を行う」
ルエンロンが操作パネルに手を伸ばした直後、
「ン?」
何やらブリッジに接するブリーフィングルームに人の気配がした。
「隊長か? マティス一曹は大丈夫だったのかな?」
そう呟きつつ、エンクバットが背後を振り返った。
と、その時。一つの影が無言でブリッジに滑り込んできた……。
――数分後 通路
「そっちはどうだ?」
「いえ……見つかりません」
ライアンは、クルツとともに船体後部を探していた。
しかし、一向にジェラードの姿は見えない。
どこへ行ってしまったのか? 焦りはつのる。
「そうか。無線での呼びかけにも応じない。何があったのか……」
ライアンは手中の携帯端末に目を落とした。
と、その時、
『こちらブリッジ!』
エンクバットの、緊迫した声が端末から聞こえてきた。
「何⁉︎ どうした⁉︎」
すぐにライアンが問う。
『ジェラード一曹が、急に……ぐあーッ』
悲鳴。そして破壊音。
そして船内にアラートコールが鳴り響いた。
「何だと?」
(バカな……何のつもりだ? ジェラードとティラチス商会に繋がりがあったのか? それとも……)
しかしライアンはその考えを振り払う。
(いや……今は)
「とにかく急ぐぞ、クルツ!」
「は……はい!」
二人はブリッジに向かって走り出した。
そして二人がブリッジに近づくにつれ、何やら叫び声らしきものが聞こえてくる。
「これは……一体何が起きているんだ⁉︎」
そして、ブリーフィング・ルーム。非時はその音が大きくなった。
すぐさまライアンは扉を開け、中に飛び込む。
「!」
破壊し尽くされた室内。倒れ臥すクルーと、その中央に仁王立ちするジェラード。
その身体は、返り血にまみれていた。
と、ドアの脇に倒れていたクルーが身を起こした。
「う……ぐっ、気をつけてください、隊長。とんでもないパワーっす。アイツ、リミッターが外れてやがる……」
「……楊!」
ライアンはその姿を見て絶句した。
左腕が引き千切られ、右脚があらぬ方に曲がっている。
選り抜きの保安官である彼が、ここまで一方的にやられることは、まずあり得ないことであるからだ。
「喋るな!」
「あ……後はお願いします」
そう言うと、楊は崩折れた。
そして顔を上げると、その向こうでは残骸の中にゼレンコが倒れていた。
右腕が折られ、その背には椅子の脚の残骸らしきものが突き立っている。
さらにブリッジへと通じる扉のそばには、エッンクバットやルエンロンが血まみれで倒れていた。
「……クルツ。彼らを頼んだ」
「は……はい!」
言い置き、ライアンはジェラードに向き直る。
「ジェラード。お前は一体……」
その顔を身、絶句した。
その目は、助けを求めていたのだ。
(……一体どういうことだ?)
しかしその直後、ジェラードは咆哮とともにライアンに殴りかかった。
恐るべきスピードの拳の連打。空気を切る音が聞こえた。
「リック!」
クルツの悲鳴。
「俺は良い! 皆を早く!」
それを全て回避しつつ、叫び返す。
すぐさま繰り出される大振りの拳はバックジャンプで回避した。
さらにもう一度ジャンプ。すぐさま壁を蹴り方向転換した。
そして、
「シッ!」
歯の間から、鋭い音が漏れる。
同時にライアンの右脚が伸び、ジェラードの肩を痛打した。
「……チッ!」
思わず舌打ち。
首を狙ったはずが、わずかに打点がずれた。
だが、すぐに次の行動に移る。
着地。同時に横に転がりサッカーボールキックを回避。
すぐさま水面蹴りで残った脚を刈り払う。
たまらずジェラードはもんどり打って倒れた。
しかし、追撃の間も無くジェラードは立ち直っていた。
(流石はサイボーグか……)
内心苦笑するライアン。
(だが……まだ手はある)
さりげなく周囲を伺う。
楊が廊下に運び出され、クルツがゼレンコを運んでいるところだ。
そして、破壊された残骸などの位置もチェク。
(……よし)
「行くぞ!」
あえて声をあげ。鋭い踏み込み。
ジェラードはすぐさま応戦の構えを見せた。
が、ライアンの身体が止まる。
と、同時にその足元の板が蹴り上げられた。
それは、ジェラードの顔面に向かって飛んで行く。
しかし、すぐさまそれは払いのけられた。
が、その直後、
「⁉︎」
腕に絡みつく何か。
そして、
「ガァァッ!」
電撃が走った。
暴徒鎮圧用のスタンワイヤである。高圧電流を流し、相手の動きを止めるものだ。
しかし、ジェラードはサイボーグだ。そうしたものへの対策は取られてはいる。
故に、硬直は一瞬。
だが、ライアンにとっては十分な隙であった。
すぐさま背後に回り込む。そして、
「ッ!」
裂帛の気合とともにその延髄に掌を叩き込んだ。
「ー!」
ジェラードの、声にならぬ絶叫。
そして一瞬ののち、その身体は倒れ伏した。