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――レオ号ブリッジ
「……なるほどな。これまた厄介な事になったものだ」
調査隊からの報告を受け、ヴォロフは眉間に皺を寄せた。
当初の想定では、あくまでも“訳あり”の船の救難活動であった。流石にここまでの事態は想定してはいなかったのだ。
「ふむ……」
ブリッジに設置されたディスプレイモニター越しにコロニーを眺め、彼は一つ息を吐く。
「応援はどうなっている?」
「はい。スコーピオがカリストとともに数時間後には到着する模様です。あとは、リーブラなどもこちらに向かっている様です」
「そうか……それは心強いな」
ヴォロフは一つうなずく。
スコーピオとリーブラは、大型巡視船。そしてカリストは中型の巡視船である。それらはレオ同様、太陽系管区に所属している。
「スコーピオに通信を繋いでくれ」
PL-213スコーピオは以前この宙域でティラチス3を拿捕した船だ。情報交換をしておくに越したことはない。
そしてしばしのち、通信がつながったことをオペレーターが告げた。
「出してくれ」
「ラジャ」
そして、ヴォロフのブリッジ上に、一人の女性が映し出された。
「やあ、アルグレア一佐。わざわざすまなかった」
ヴォロフは彼女に対して敬礼する。そして彼女も敬礼を返した。
ディアナ・アルグレア。スコーピオの船長を務める人物だ。階級は一等保安佐。そして、ヴォロフの同期でもある。
『いや、私と貴官の仲だ。気にすることはない。それよりも……そちらから送られてきた資料を先刻目を通した。なかなか面倒なことになった様だな。あの時は予想もしていなかったが……』
「うむ……思いの外な。薬物がらみのことまでは想定してはいたがな……」
『全くだ。まさか、あのコロニーが薬物製造工場になっていたとはな。一度、コロニー管理公社の連中を問い詰めねばならんか』
「ああ。もしかしたら、だが……」
『……そうだな』
放棄されたコロニーの管理も、コロニー管理公社の領分である。
そのコロニー管理公社は半官半民の企業体だ。それだけに、妙な連中が入り込む余地もある。しかもこの公社自体が様々な勢力との妥協の産物であるので、尚更だ。
『全く……キナ臭い話になったものだな。何やら妙な怪物までいたという話じゃないか。もしかしたら……我々はパンドラの箱を開けてしまったのかもしれんな』
「……そうだな」
アルグレアの言に、思わずヴォロフは嘆息した。
――コロニー内
調査チームが乗ってきたエレベーターが作動している。
おそらくクルツが救援にやって来てくれたのだろう。
ライアンはそちらに目をやり……
『おいおい……』
そこに乗っていた“もの”を見て、思わず苦笑を浮かべていた。
――しばしのち
やって来たのは、全高5mほどの、人型にも似た形態の機体だ。警護や救難活動に使われる、ライドトルーパーと呼ばれる機動兵器である。
ファーレスと呼ばれるタイプの機体。
コックピットのある箱型の胴体とセンサー類が集中した頭部。そして作業用の一対のマニュピレーターと、走行用ローラーのついた四基の脚を備える。胴体背面に装備されたコンテナは、医療用カプセルか。
この時代、ワークローダー――作業用重機の総称とされる――などを使用した犯罪やテロも少なくない。その様な事態に対処するために、警察や保安庁はライドトルーパーなどの機動兵器も装備しているのだ。
そしてそれは、バギーの横で止まると脚部を前後に開いて降着姿勢をとった。
『遅くなりましたー』
胸部上面が頭部とともに跳ね挙げられ、クルツが顔を出す。
『すまんな。にしても……そいつで来たのか』
苦笑交じりでライアンが労う。
ライドトルーパーなどの機動兵器類を使う機会はあまりない。テロリストとの対峙や不審船の拿捕など、特に危険が予想される事態だけである。
『仕方ないじゃないですかー、緊急時ですし。それに、あの藪の中にまだアレが潜んでるかもしれないじゃないですか』
『……そうだな。それよりも、マティスを乗せねばならんな』
『はーい』
クルツの操作で、カプセルのハッチが開く。
『……立てるか?』
「ええ」
ライアンはマティスに肩を貸し、カプセルまで連れて行く。
そして彼をカプセル内に寝かせた。
そして高酸素呼吸器を口に当ててやると、ハッチを占める。
『じゃあ、頼んだぞ』
『分かりましたー』
答えると、クルツは再びコックピットハッチを閉めた。
『では……戻ろう。バギーは頼んだぞ、ジェラード』
『イエッサー!』
ジェラードは懐中から一本のケーブルを取り出した。その片方は運転席側のコネクタに、そしてもう片方は自分の後頭部にあるジャックに刺した。
これにより、脳波でバギーをコントロールできるのだ。
接続を確認すると、彼は再び後部座席に乗り込んだ。
小型のバギーの運転席は、彼には狭すぎるからだ。
そして調査隊は、元来た道を埠頭に向けて戻り始めた。
ファーレスを先頭に、中央にバギー。その左右にライアンと楊のバイク。そしてその上空には、ドローン。
その近くの藪の中には、彼らの姿を見つめるいくつかの眼光があった……
――居住区側中央通路
『マティスは大丈夫か?』
一行がエレベーターを降りたところで、ライアンがクルツに問う。
『はい。血圧、心拍数ともに正常。特に異常はない模様です』
『……そうか』
ライアンは安堵の息を吐く。
が、その直後、
「隔壁シャッターが開きません!」
と、先行したゼレンコの声。
「どうした⁉︎」
「何度コマンドを打ち込んでも、開かないんです。緊急時用のものダメでした」
「そんな、馬鹿な……」
緊急時用の解除コードは、容易に変更できない様になっているはずだ。
「機械的な故障か? ならば、他を当たってみるか」
隔壁シャッターはここを含めて三か所存在している。もし機械的な問題であるならば、他のものは大丈夫のはずだ。
しかし……
「ここもダメでした」
ゼレンコが蒼白な顔で報告する。
三か所の隔壁に加えてその間にある緊急用通路もロックされていたのだ。
これでは、コロニー内に閉じ込められてしまう。
「ふむ……」
ライアンは憂慮した。
今手元にある装備であれば、それらを破壊して通ることも容易い。
だが、こうした隔壁類を破壊する行為は、特別な場合を除いて固く禁じられている。
コロニー住民の命に関わるからである。
しかし、ここは放棄コロニー。さて、どうすべきか……
「自分がやってみます」
と、ジェラードが進み出た。
「……そうか。任せた」
「イエッサー!」
彼は隔壁シャッターの脇にあるコンソールを開くと、そこに自分の後頭部からつながるケーブルを差し込む。
直接管理コンピュータにアクセスし、この扉を開放するのだ。
――そして、しばしのち
「……空きました!」
ジェラードの声。
そしてゆっくりと隔壁シャッターが開いて行く。
「少々厄介でしたが、なんとか上手くいきました」
「よくやってくれた!」
ライアンが一つ肩をたたく。
そして、他のメンバーに振り返った。
「さて、戻ろう」
「イエッサー」
こうして彼らは無事隔壁をくぐり抜けることができた。
連絡通路と港湾部を隔てる隔壁シャッターは、難なく開く。
そして、港湾部に調査隊は帰還した。
「やれやれ、一時はどうなるかと思ったがな。……ン? どうした?」
ライアンは苦笑を浮かべつつ調査隊のメンバーを振り返り……どことなくぼんやりしているジェラードに声をかけた。
「え? ……いや、すいません。特に、どうって訳ではないんですが……」
ジェラードは、一瞬当惑した様な表情を浮かべた。
「久々の仕事で鈍ってるんじゃないか?」
「オイオイ、止めてくれや」
茶化す楊と、苦笑するジェラード。
(とりあえず、無事戻ることはできた。今は、それでいい)
かすかな不安。
しかしそれを心の底に沈め、ライアンはFRC-28に向かった。
*人物・用語など
ディアナ・アルグレア
スコーピオ船長。階級は一佐。ヴォロフの同期。




