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箱庭奇譚  作者: 神井千曲
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6

 藪の中から現れた、“それ”。

『こいつは……』

 人型をした“何か”であった。おそらくは、体高2mほどか。

 確かにそれは、人間の顔をしていた。

 しかしその身体は、明らかにヒトではなかった。

 長く伸びた耳。骨格は頑丈で横幅が広く、まるでゴリラか何かのようだ。ごく一部を除いてその身体を覆う黒い剛毛。そして、その指先には、長く鋭い鉤爪があった。

『……そうか。ヤツが』

 あの船員を襲ったもの。それが、この生物なのであろう。

(噂をすれば影、か)

 ライアンは内心苦笑する。

『気をつけてくださいよ』

 ジェラードがバギーから降りつつ、腕を示す。

 と、硬質のアームガードにいく筋もの傷が刻まれていた。

炭素繊維強化樹脂(CFRP)がこの有様ですぜ。あの爪は、並の強度じゃありません。それに、とてつもないパワー。生身では、危険ですな』

『……そうか』

『とりあえず、自分が食い止めますぜ。その間に、戦闘準備を』

『……分かった』

 そしてジャンプし、人型生物(クリーチャー)の前に立ちふさがる。

「ゴアァ!」

 再びの咆哮。

 そして爪を振りかざしてジェラードに襲い掛かった。

『ムゥ⁉︎ ……フン!』

 それに対して、ジェラードは腕を交差してガード。空中で体勢を崩した隙を逃さず前蹴りを決めた。

『ゴ……ア……』

 人型生物は呻きを挙げたものの、すぐに体勢を整えて着地した。

 そして、

『逃げるか⁉︎』

 身を翻す。

 ライアンはすぐに銃を構えた。

『楊! スタン弾!』

『アイサー!』

 ライアンの言に楊はすぐさま銃を発射。

「ガッ⁉︎」

 そして、命中。

 ライアンと楊による二発のゴム弾を背中に受けた人型生物は、たまらず倒れ伏した。

『よし。上手くいったな。ジェラードも怪我はないか?』

『いえ、自分は大丈夫ですぜ。この程度、何ともありません。それよりも、アレを……』

『ああ』

 ライアンは倒れた人型生物に向き直る。そして楊、ジェラードとともに近ついていった。

『とりあえず……拘束をしておこう』

『ですな』

 取り出したワイヤー入りロープで、人型生物の腕と脚を縛っておく。

 それは、おそらく現生の野生動物ならほぼ全て拘束が可能な強度を持っている。

『ゼレンコ。現状報告をしておいてくれ。コイツの写真も添えてな』

『了解!』

 ゼレンコはカメラで人型生物の姿を写し、そしてバギーに戻るとカッターとの通信回線を開いた。

『それにしても……一体何なんスかね、コイツ。ヒトの顔してるのに、身体はこの有様だし』

 楊は戸惑ったように人型生物を見る。

『ああ、確かにな。もしかしたら、コレは……』

 ライアンが口を開いと直後、

「グ……ガガ」

 人型生物が呻きをあげた。

『! 気づいたのか⁉︎』

「二……ニンゲンドモ……」

『何⁉︎』

 その言葉に、一同は呆然とした。

 そして、

『いかん!』

 ブツリ、と太く強靭なはずのロープが切れた。腕、そして脚もだ。

『クソッ!』

 ジェラードが慌てて抑えるべく駆け寄る。

 が、それより早く人型生物は跳ね起きていた。

 そしてすぐさま突進。バギーへと向かう。

『チッ! ……逃げろ!』

『何だと⁉︎』

『そんなっ⁉︎』

 不意を突かれ、慌てて銃を取り出すマティスとゼレンコ。

 ライアンと楊も銃を構えるが、人型生物の向こうにバギーがあるために発砲をためらう。

 そして、人型生物は大きくジャンプし、バギーのボンネットに飛び乗る。

 直後、人型生物は爪を振るった。

『キャアーッ!』

『ぐうっ!』

 ゼレンコの悲鳴と、マティスの呻き。

『この野郎ッ!』

 楊が発砲。

 人型生物の肩から血が飛び散る。

 だが人型生物は振り返ることなくジャンプし、バギーを飛び越えた。そして、そのまま向こうの藪へと去っていった。

『マティス! ゼレンコ! 二人とも大丈夫か⁉︎』

 ライアンはすぐさまバギーに駆け寄った。

『私は大丈夫です。でも、マティスが私をかばって……』

『!』

 運転席で倒れ伏すマティス。その肩アーマーには深々と傷が刻まれいる。そして流れる鮮血。

『これは……すぐに治療を! 楊、ジェラード、周囲の警戒を頼む!』

『ラジャ!』

『イエッサー!』

『……よし』

 ライアンは肯首すると、すぐにマティスのヘルメットを脱がせ、パワードスーツの装甲の一部を外した。そしてその下に着ていた0Gスーツの上衣をはだける。

 傷を負った部位は、幸い太い血管には達してはいないようだ。

 とはいえ、浅黒い肌ではあるが目に見えて血の色は悪い。呼吸もかなり荒くなっている。

 その間にゼレンコは、バギー内の医療キットを取り出し、治療の準備にかかる。

 ゼレンコはキット内にあったガーゼで傷口を拭くと、手際良く止血テープを貼り付けた。

 このテープにはゲル状の止血剤が塗布されている。この中にあるナノマシンが傷口に浸透し、修復を早めてくれる効果があるものだ。

 そして保護用テープさらに上から貼り付けた。

 これで応急処置は終了である。

「うっ……」

 マティスの口から、かすかな呻きが漏れる。

『大丈夫か?』

「痛てて……。やられてしまいました」

 マティスは痛みに顔をしかめつつ答える。

『すまんな。ヤツの拘束が甘かった』

「いえ……。それよりも、ヤツは?」

『逃してしまったよ』

 ライアンは肩を落とした。

 が、すぐにゼレンコに向き直る。

『おっと、それよりも……カッターに連絡を入れてくれ。一旦捜索は中止だ。それに、マティスをできる限り速やかに回収し、治療ができるようにな』

『了解!』

「……すいません』

『気にするな。どのみち、あんなヤツが相手だ。このまま捜索を続けるわけにはいかないだろう。それよりも……横になっていろ。それと……もし体調が悪くなるようだったら、すぐに誰かを呼べ』

「はい……」

 ライアンはマティスを抱えて後席へと移し、バギーを降りた。



『容態はどうなんスか?』

『命に関わる傷ではなさそうだ。だが、油断はできん』

 楊の問いに、ライアンは答えた。

『そうですか……。にしても、とてつもないパワーですな。自分とやりあった時にはまだ100パーセントの力じゃなかったって事か……』

 ジェラードが肩をすくめた。

 最初に受けた一撃は、もしかして本気ではなかったのであろうか?

 もしかしたら、ジェラードがサイボーグだと分からなかったのかもしれない。

 そして、二度目で手強い相手だと悟って退却した、と。

 ゼレンコを狙ったのは行き掛けの駄賃かもしれない。

『ともあれ……まさかアレが人語を話すとはな』

『ええ、俺も驚きましたぜ。しかも人間に対して恨みを持ってる様ですな……』

『ああ、そうだな……』

(ある意味、俺たちも……)

 思案しつつ、歩き出す。そして、先刻まで人型生物が拘束されていた場所にやって来た。

 そこにあるのは、二本のロープの切れ端。

 ライアンはそれを拾い、観察する。

『……あった』

 あの生物の体毛だ。

『こいつと、バギーに残った血を持って帰って分析してもらおう。簡易的な検査なら、ロドリックがいればあの艇でも出来るはずだ』

 そして彼は、あの生物が去った方を見つめた。

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