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埠頭内部は、最低限レベルではあるが明かりが灯っていた。
やはり、コロニーの機能は死んでいない様だ。
『気圧正常。特に有毒ガスなどは存在しない様です』
バギーに設置された環境センサーの数値を見、ゼレンコが報告する。
『ふむ……そうだな。ここでは呼吸機は無しでも良さそうだな』
ライアンはヘルメットのバイザーを上げ、空気を一つ吸い込む。
「……よし。大丈夫だ」
他のメンバーも、彼に従いバイザーを上げた。
外気を直接呼吸することは、精神的な解放感にもつながる。そして、スーツ内の酸素の節約にもなるのだ。
とはいえここで、まずやらねばならないことがあった。
「まずは脱出艇の確認だな」
ライアンは楊を伴い、FCR-28の隣のボーディング・ブリッジに向かう。
そこは、脱出艇が接舷している場所。
二重のハッチをくぐり、その中を確認する。
この脱出艇は、全長10mほど。運貨艇としても使用出来る大きさのものだ。何かを運び込み……あるいは持ち出すつもりだったのかもしれない。
ライアンと楊は、手分けしてその中を探す。
が……
『どうだ?』
『誰もいません。荷物にしても、精々あるのは食料ぐらいっすね。それも、もともと備蓄してあったレベルの』
『ふーむ、そっちもか。ということは、少なくとも一人はコロニー内にいることになるな』
『ですよねー。とりあえずそいつを探す必要があるっすね。この中に生存者がいてくれたら、話しは早かったんですけどね』
楊は苦笑し、肩をすくめた。
『全くだな』
ライアンは一つ首を振った。
そして二人はボーディング・ブリッジを渡って埠頭に戻る。
「おつかれ様です。いかがでした?」
二人を迎えたゼレンコの問い。
「ああ。待たせた。残念ながら、特に収穫はないな。もぬけの殻だ」
「やはり、コロニー内を調べねばなりませんね」
「そうだな。では、行こうか」
「イエッサー!」
そして一行は、その先にある隔壁をくぐった。
隔壁の向こうは、回転する内筒との連絡通路。居住区である内筒は、約二分で一回転することで、地球とほぼ同じ重力を作り出している。
当然、回転しない外筒側にあるドッキングポートとの間の通行には支障が起きる。
ゆえに、通路は直径数十メートルの中空円柱状の空間となっているのだ。
人や車両はそこを通過するわけであるが、回転側と固定側の間には、回転ギャップを緩和するための中間回転筒が複数設置されている。これは、回転側よりも遅く回転することで、通過時の横方向のショックを緩和するものだ。
調査隊は、連絡通路を通って内筒へと入った。
そして、その先にある隔壁をくぐれば、そこはコロニー居住区となる。
ライアンは隔壁操作ボタンを操作する。
と、重々しい音を立てて隔壁が開いていく。
「さて、何が出るか、だ」
その先は、コロニーの居住区であるメインシリンダー内。
と、扉の隙間から光が溢れた。
「……! 中は“昼”の状態なのか」
コロニーにおいても、“昼”と“夜”は存在する。
そこに住むものにとって必要なことだからだ。
居住区においては、“昼”は前面の窓の後部にあるシャッターを開いて太陽光を取り込むとともに、内筒中央を貫く軸柱に設置された電灯により照明を行なって内部を照らしている。そして“夜”においては、照明を最低限まで落とすとともに窓のシャッターを閉じるという運用がなされている。
「そういえば……“窓”の奥は真っ暗だったな。シャッターが閉じてあったのか」
通常、シャッターを閉じたまま内部の照明を灯すという運用はされることはない。明らかに異常な事態だ。
「これは……まさか」
そう呟くライアンの目に、居住区内部の光景が映し出された。
「……!」
それは、一面の緑。
「森、だと……」
シリンダー内面を覆い尽くす植物群。
そして、なんらかの動物の咆哮。
「まあ……放棄されて百年近く経てば、こうもなりますかね」
「ああ。しかし……あの“声”は、まさかな」
「もしかしたら、あの乗組員は森の中に潜む猛獣にでもやられたのかもしれませんね。そして船に戻り、脱出しようとした時に力尽きた……。一体どんな猛獣なのか、今のだけでは判別できませんが」
「ふむ……かもしれんな。どんな猛獣かはともかく、要注意だな」
ライアンはマティスの言に肯首した。そして、ジェラードに向き直る。
「その時は、頼むぜ」
「イエッサ! 任せてもらいますぜ」
ジェラードの返答。
「それにしても……どこから調べるべきか」
ライアンはパワードスーツのバイザーを一旦閉じ、さらにその上からアウターバイザーを下ろす。
そして、そこに内蔵された各種センサーを用いて居住区内部を見渡した。
ジェラードは、義眼のセンサーを起動し、ゼレンコはバギーに装備されたセンサーを展開して各々探査を始めた。
そして、しばしのち、
「隊長、あれを」
『ほう……』
ゼレンコはとある場所を指差した。
それは数キロ先の地点。一見ただの茂みに見えるようにカムフラージュされていたが、何らかの建物であるらしかった。そして、熱源反応も。
「とりあえずはあの建物を調査してみよう。それと、カッターに現状報告を」
「了解!」
ライアンの言に、ゼレンコが答えた。
「さて……行くか」
報告を終えたライアンたち一行は、目的地にアクセスするのに一番近い開放型エレベーターに乗り込んだ。車両も運搬出来る、大型のものだ。
そうしたエレベーターは、大小合わせて相当数が居住区内に存在する。
太陽側およびその反対側には、開放型の大型エレベーターが120°毎に各3基。そして、人や小型車両用の小型機がその間に各三基設置されている。そして、居住区を貫くセンターシャフトには3kmごとにセンターハブが設置されており、そこから6基の小型エレベーターが放射状に伸びているのだ。
旧式のスペースコロニーにおいては、擬似重力の変動が発生するという理由により円周方向への高速移動手段は設定されてはいなかった。
ゆえに、円筒形となるコロニー内面では、反対側へ回る為には円周方向へ移動するよりも一旦センターシャフトまで上がった方が早く着くのだ。
そして一行は、エレベーターを使い“地表”へと降下して行く。
円筒の“外側”へと向かうにつれ、次第に重力が強くなってくるのがわかる。周回速度が早くなるためだ。
そして地表近くではほぼ1Gに達する。
ここまでくれば、磁力により車体を床面に吸引する必要もない。
一行はエレベーターを降りると、慎重に周囲を探る。
「熱源反応は……特になしですね」
バギー上のセンサーで周囲を探るゼレンコ。
「そうか。では……例の場所に向かおう」
「イエッサー!」
ライアン達は、慎重にコロニー内を進み始めた。
バイクおよびバギーに搭載されたナビに従い、一行は進んで行く。
植物達は半ば朽ちた建物を覆い、道にまではみ出している。しかし、調査用のバイクやバギーはそれを物ともせずに進んでいった。
その途中、
「……!」
(何だ?)
ライアンは一瞬戸惑ったように周囲を見回した。
「どうしたっすか?」
と、楊が問う。
「何か……妙な感覚があったんだがな」
「なるほど……俺は特に感じないっすね」
と、楊。
「センサー類にも、特に反応ありません。
ゼレンコの言。
「……そうか。気のせいかもしれんな」
ライアンは一つ頭を振った。
そして彼らは再び進む事にした。
しかし……嫌な予感はライアンの頭の中にこびりついたままであった。
と、しばし進んだところで情景が変わる。
建物が片付けられ、まるで何かの畑の様になっている。
少なくとも、ごく最近まで手入れされていたと思われる状態だ。そうでなければ、ここも草木に埋もれていただろう。
「一体誰が? それにしても……これはなんだろうな」
ライアンは手近な作物を一つ摘むと、ゼレンコに手渡した。
「了解。すぐに調べてみます」
彼女はカッター経由でレオ号のデータベースに照合し……
「ありました! ケシの類ですね。それも……遺伝子改造を受けたもの。より強力なドラッグ成分を含有しています」
「なるほどな。やはり……」
ケシから抽出されるドラッグが、アヘンだ。そしてこの植物からはもっと強力な薬物が精製される。
ティラチス商会、あるいはその背後にいる者たちは、廃棄コロニーを使って薬物の生産を行っていたのだろう。
だからこそ、“窓”を閉じたまま照明を点灯させていたのだ。
この手の薬物は、いまだに人々の間に蔓延している。そしてテロリストの資金源となっているのだ。
特に、アンティクトン系の組織に顕著であった。
もしかしたら、ここはその残党のアジトであったのかもしれない。そしてティラチス商会はそのフロント企業である可能性もある。
「しかし……そんな場所になぜ猛獣がいたんでしょうね?」
「ふ〜む。もしかしたら番犬がわりか? にしては、自分たちが襲われていたら世話がな……ン?」
バギーのコンソールからの警告音。
すぐにゼレンコがモニターを確認する。
「これは……接近するものがあります!」
「そうか……。総員、警戒体制!」
「イエッサ!」
ライアンの声に、全員バイザーを下ろした。
そして、各々武器を手にする。
各人が周囲を警戒する間に、ゼレンコはバギー上空を飛ぶドローンからの映像を呼び出した。
『……これは』
写っていたものは、何やら黒い“何か”が藪の中を移動してくる光景。
『後ろ……来ます! ジェラード!』
『オウ!』
バギー後席で周囲を警戒していたジェラードが振り向きざま、拳を振るった。
“何か”を捉えた打撃音。そして、
「ガァッ!」
怒りの咆哮。
『……!』
“それ”は、空中で身体を翻し、ライアン達の目前に着地する。
そしてその怒りに満ちた目が、ライアン一行をにらみすえた。