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箱庭奇譚  作者: 神井千曲
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4

――貨物船内

 ライアン達調査チームは、さらなる調査を続けていた。

『乗員らしき者を発見!』

 ライアンの元に通信が入る。後部貨物室付近の調査に向かった楊からのものだ。

『どんな状態だ?』

『心肺停止状態っすね。身体には、その……』

 途中で楊は言い淀んだ。

『どうした?』

『何か……猛獣と思しきものに襲われた様な傷跡があるんスよ』

『猛獣、だと? 分かった。すぐ行く』



 ライアンは乗員が発見された通路へと向かった。

 楊たち三人と、力なく浮遊する一つの影。

『こいつは……』

 乗組員と思しき者が着ている宇宙服の胸部には、巨大な爪か何かで引き裂かれた様な損傷があった。そして、おびただしい血の跡も。

『確かに猛獣の爪でやられた様に見えるな。そいつはこの船に積まれていたものかもしれん。ともあれ ……遭難者をカッターに搬送してくれ』

『了解』

 ゼレンコが乗員を抱えてカッターへと向かった。

 すぐにライアンはカッターのブリッジに通信をつなぐ。

『乗組員を発見。心肺停止状態だ。レオに連絡を頼む。それと、ロドリックに診断の準備をする様に伝えてくれ』

『ラジャー』

 エンクバットの返答。

 そしてライアンはマティスに向き直る。

『この船の現状では、猛獣を安全に輸送するのは困難だろう。何らかの事情で猛獣が脱走した可能性があるな。だとしても、おそらく生きてはいないだろうが』

『ええ。この気圧では……』

 少なくとも、巨大な爪を持つようなサイズの生き物が生き延びる環境ではないだろう。

(……通常の生物ならば、だ)

 嫌な予感を抱えつつ、ライアン達は、再び船内の捜索を開始した。



 しばしのち、ライアンの元に船医であるロドリックからの通信が入る。

『先刻の乗組員のことだが……』

『……どうだ?』

『その死亡が確認された。乗組員は男性でおそらくは四十代前半。死後十二時間ほどと推定される。死因は裂傷による出血多量だ。しかし……』

『どうした?』

『その傷を与えた相手は、おそらく十センチ以上の長い鉤爪を、少なくとも三本は持っていると思われる』

『最低でも十センチ、だと……』

 確かに深い傷跡ではあったが……そんなモノがこの船に潜んでいたとでもいうのか?

 大型ネコ科の猛獣でも積んでいたのか?

 あるいはヒクイドリの様な大型鳥類。

 あるいはアルマジロやナマケモノか……。その辺は可能性が低いが。

 が、いずれにせよ、脅威となるのは生きている間だけだ。

 ライアンは、そう納得することにした。

 そして、何気なくブリッジの窓から外を見た。

『……ん?』

 と、ドッキングポートの端に、小さな影が見えた気がした。

 すぐさまライアンは、カッターのブリッジに通信をつなげる。

『右下方の壁面を照らしてくれ。何かある様だ』

『ラジャ!』

 カッターのサーチライトが灯された。

 と、半ば残骸となった係留用設備に紛れて一隻の小型艇船の姿が浮かび上がった。

『あれは……』

『小型の脱出艇ですねー。この船のものかな? でも……』

 隣に来たクルツが首を傾げた。

『確認してみるか。マティス、楊。この船の脱出艇を確認してくれ』

『イエッサ!』

『アイサー!』

 ライアンはマティスたちに指示を下す。

『クルツ、この船の脱出艇の配置図はどこかにあったはずだか……』

『えっと……ありました!』

 その指差す先。壁面には脱出経路などが記されたボードが掲げられていた。

『よし。そうだな……』

 二人もまた、確認に向かった。



『貨物室近辺の脱出艇は、すべて揃っていたっすね』

 ブリッジにやってきた楊の回答。

『こちらもだな』

 と、ライアン。

『つまり……この船以外の者がコロニー内にいるかもしれん、ということか』

 そしてすぐにライアンはカッターに通信をつなぐ。

『……以上のことを、本船に連絡を入れてくれ』

『ラジャ』



――レオ号 ブリッジ

「……ということだそうです」

「ふ〜む……」

 オペレーターの報告に、ヴォロフは思わず腕を組んだ。

「もしかしたら新たな脱出艇は、スコーピオを威嚇して拿捕された船の物かもしれんな。これは……やはり単なる事故ではないな」

(しかも……よりによってこの宙域で、となればな)

 と、心中で付け加えた。



 この宙域……

 ここには100年程前、かつてアンティクトンなるコロニー国家が存在した。

 国家の名であるアンティクトンは、古代ギリシャ語で「反地球」を意味する言葉である。

 当初、その名はコロニー群の所在地に由来したものでしかなかった。

 このコロニー群は、初期においてはそれなりに繁栄していたものの、やがては治安が悪化し様々な犯罪者や非合法組織の流入を招いた。そして、いつしか本当に反地球組織の急先鋒となっていたのだった。

 そして幾度もの戦乱の末にL3コロニー群は崩壊し、アンティクトンを拠点としていた反地球組織は播種船とともに太陽系を去った。その行く先は、知られていない。

 そして現在も、いずこかの星系で暗躍しているとの噂も絶えない訳だが……。

「……コロニー内部を徹底的に捜査した方が良いかもしれんか。応援を呼んで正解だったな。だが……問題はいつ到着するか、だ」

 ヴォロフは独語した。



 一通りの調査を終えたライアン達は、一旦FRC-28内に引き上げた。

 そしてヴォロフの指示により、今度はコロニー内部の調査を行う事になったのだ。

 カッターは貨物船から離脱すると、今度はコロニーのドッキングポートへと向かう。

 そして、脱出艇近くにあるボーディングブリッジに接近した。



 まずはレーザー通信回線を開き、港湾施設側の電子回路が“生きて”いるかを確認する。

「……どうだ?」

「確認中です……おっ、反応ありました」

 エンクバットの言。

 どうやらこちら側からも操作可能であるらしい。

「そうか……ならば、接舷準備を」

「ラジャ!」

 エンクバットはすぐに操作コマンドを送る。

 同時に、ライアンは再び待機室へと向かった。



――舷側ハッチ

 ライアンたち捜索隊の面々は、再び調査に赴く準備を整え、待機していた。

 この場所は、先刻貨物船に移乗した場所とは異なる。

 より大きな、貨物の移送も可能なサイズのハッチがある場所だ。

 そしてしばしのち、カッターから伸びた前後二本のアームがそれぞれ係留柱(ボラード)をつかみ、船体を固定した。

 そして、桟橋にあるボーディング・ブリッジが動き出す。

 ハッチのそばにある選外モニターには、ゆっくりと接近してくるコロニーのボーディング・ブリッジが見えた。

 そしてそれは、FRC-28の舷側ハッチに接合する。

『ロックします』

 エンクバットの声。そして、空気が流れ込む音。

 しばしのち、モニター脇のライトが赤から青に変わった。

 ハッチ内外の気圧が釣り合ったのだ。

『準備はいいか』

『イエッサー!』

 ライアンの声に、調査チーム一同は答えた。

 今回のチームは、クルツが待機に回り、ジェラードが加わる。

『久々の出番だぜ』

 ジェラードがその2mを越す巨体をゆすり、嬉しそうに笑った。

 彼は全身を改造したサイボーグ。それがゆえに、通常の臨検などではあまり出番がないのだ。

 一方、クルツはやや不満顔ではある。

『では行くぞ』

『イエッサ!』

 ハッチが開くと、調査チームが乗ったバイクおよびバギーがそれをくぐって行く。

 ライアンと楊がそれぞれバイクに乗り、マティスとゼレンコ、ジェラードがバギーに分乗している。

 それらの車両の駆動は通常の車輪で行う。

 この艇内では0.5Gほどの人工重力が存在するので移動には問題がない。

 しかし、この先は無重力の区画だ。

 これらの車両は、無重力状態では磁力を使って床面をグリップすることができる様になっているのだ。それ以外にも、圧縮ガスを噴射しての移動なども可能だ。

『では、お気をつけてー』

 見送るクルツの声。

 それを背に、彼らはボーディングブリッジを抜けると、埠頭内部にたどり着いた。

*人物・用語など

レフィク・ロドリック

 調査隊メンバー。レオ号船医。一尉相当。

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