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――同刻
レオのブチッジでは、伝えられた船籍番号から所有会社の割り出し作業が行われていた。
「分かりました。所有会社はティラチス商会。貨物船三隻の小さな運送会社です。あの船はそのうちの一隻、ティラチス1の様です」
保安庁のコンピューターによる照合結果をオペレーターが告げた。
「なるほど……。捜索願は?」
「出ていない様です」
「ふむ……」
その答えを聞いたヴォロフは腕を組み、モニターを見つめる。
「これは……やはり何かあるな。保安本部に確認してもらったほうがよさそうだ。問い合わせて見てくれ」
「ラジャ」
オペレーターはすぐさま本部への回線を開いた。
一方のヴォロフは、モニターに浮かぶコロニーの姿を睨み据えていた。
――FRC-28 艇内
ライアンはブリッジを出、調査チームの待機室へと向かった。
調査チームの面々は、緊張した面持ちでライアンを迎える。
いずれも二十ー三十代ほどの、5人の男女だ。各々鍛え上げられた、引き締まった体躯の持ち主である。そしてその中にはひときわ巨体の男もいた。
そして副官のクルツもこの中にいる。
「諸君、これより我々は貨物船に移乗しての捜索活動を行う!」
「イエッサー!」
チーム面々の返答。
ライアンは満足げにうなづく。
そして、
「クルツとマティス、楊、ゼレンコは俺とともに貨物船へ移乗。ジェラードはバックアップを任せた。……異存はないか」
「イエッサー!」
ライアンの言葉にクルツ達は立ち上がり、待機室後方へと向かった。
そして残ったのは巨体の男、ジェラード。
一同が後方の扉を開けると、そこには10体ほどの“鎧”が並んでいた。それらは救助活動用パワードスーツだ。
ライアン達五人はパワードスーツを着込むと、さらにその後方の扉を開け、エアロックへと向かう。
「準備完了だ。移乗を行うので、船を貨物船に近付けてくれ」
『了解!』
ライアンはパワードスーツのヘルメット内にある無線でブリッジに指示する。
そしてカッターは貨物船へと接近していった。
FRC-28から伸びた、先端にハッチがついた長い箱状のもの――移乗用のボーディング・ブリッジだ――が貨物船へと向かっていく。そして、側面のハッチに結合した。
『ボーディング・ブリッジ接続完了』
エンクバットの報告。
それを受け一同は先端のハッチへと向かった。そしてライアンの指示を受け、マティスが貨物船との接続をチェックする。
「与圧正常。接続部に異常ありません」
『よし。移乗!』
『イエッサー!』
ボーディング・ブリッジ側のハッチが開かれ、ライアンとクルツが貨物船側ハッチの前へと移動。そしてライアンの指示で、今通って来たハッチが閉じられる。
そしてライアンは特殊なキーを使用して貨物船側のハッチのロックを解除、慎重に開いた。
「!」
直後、ハッチの間に存在した空気が、貨物船側のハッチの奥へと吸い込まれていく。
つまり、この奥は気圧が低い状態となっているのだ。
『まさかな……』
嫌な予感がした。ライアンは独語すると、貨物船内へと足を踏み入れた。クルツもそれに続く。
ここエアロックとなっていた。空気が希薄であっても不思議ではない場所であるが……。
ライアンは一旦シャトル外面のハッチを閉じ、残った三人に移乗して来る様に指示を出す。
そして全員が揃ったところで、ライアンは慎重に船内に通じるハッチを開いた。
『……やはりか』
ライアンの予感は不幸にも的中した。
この船内の気圧は0.2気圧まで減少してしまっていたのだ。これでは、生存者がいる可能性は極めて低いであろう。
『全員手分けして船内を探せ。俺とクルツは前方を探す。マティス達は後部を頼んだ』
『イエッサ!』
5人は二手に分かれて捜索を開始する。
――貨物船ティラチス1 ブリッジ
ライアンとクルツは内部を手分けして探していた。
『あっ……これ』
クルツが声をあげた。
『どうだ? 何か見つけたか?』
『……こんなものがありました』
クルツがライアンに差し出したのは一機の携帯端末だ。
『そうか……解析できるか?』
『はい、ちょっと待ってください』
ライアンの指示に従い、解除コードを打ち込む。
これは、あらかじめ遭難などの万一の事態に備えて設定してあるものだ。
そしてしばしのち、いくつかのテキストファイルの存在が確認できた。
航行中は航宙日誌を継続的に記録し続けることが法令で義務づけられているが、これらのファイルはいわゆるラフ・ログといわれる航宙日誌の下書きだ。
貨物船の動力は停止してしまっている為に、すぐにはサーバー上の日誌本体を呼び出す事は出来ない。しかしこれがあれば、大まかな出来事を知ることは可能だ。
『ふむ……』
ライアンはテキストファイルを開いた。
『火星のダイモス宇宙港を25日前に出航か。そして最後の日付は20日前。その時点までは、特に何事もなく目的地に向かって航行している事になっている。あくまでこの日記上では、だがな』
『だとしたら、妙ですよねー。今の時期だと、ここは航路から大きく外れてますし……。何でこんな場所に来たんでしょうね?』
クルツが首を傾げた。現在火星は、地球に比較的近い位置にある。わざわざ地球と反対側にあるこの場所まで来る必要はないはずだ。
『そうだな。もしかしたら、だが……。積荷か或いは乗員が、何らかの問題を抱えていた可能性が有るかもしれんな』
『だとしたら、マティス達の方で何か見つかるかもしれませんね』
『ああ。後は、誰が救難信号を出したか、だ』
そこでライアンはFRC−28に無線を繋ぐ。
『救難信号の発信元の確認は取れたか?』
『はい。照合の結果、その貨物船が発信元であることが確認出来ました』
エンクバットからの回答。
『ふむ……タイマーか、それとも自動送信か。とりあえず、クルーの行方は……』
そこに、マティスからの通信が入る。
『現在貨物倉庫を捜索中。積荷は鉱石などですが……どうやら幾つか偽装された荷物があった様です』
『偽装、だと?』
『ええ。幾つかコンテナを調査したんですが、コンテナ内の物資の中には、何か別のものが入っていたと思しき跡もありました』
『密輸、あるいは密航か』
もしかしたら火星からの航路で密輸中の商品を狙った何者かに襲撃を受け、このコロニーに逃げ込んだのかもしれない。あるいは、船員により発見された密航者との間で戦いが起きたか。無論、単なる偶発的な事故の可能性もあるが……。
『そうだな。とりあえず、一旦報告だ』
ライアンはFRC-28経由で巡視船レオとの回線を開いた。
――レオ号 ブリッジ
「ふ〜む。だとすれば、20日程前にこの宙域で何かがあったかもしれんな」
ライアンからの報告を聞いたヴォロフは腕を組み、コロニーを見つめた。
「この宙域での不審な船を見かけなかったか、保安本部のデータベースで確認してみてくれ」
「ラジャ!」
オペレーターはすぐにデータの照会を行う。
「これか……ありました! 少し時期はずれますが、12日前にこのあたりで一隻の貨物船が検挙されています。これは同商会のティラチス3。どうやらスコーピオを威嚇しようとしたとか」
「ふむ……」
スコーピオとはレオの僚船である。それを威嚇したということは、おそらくやましい事があるのだろう。
「それと気になる事がもう一つ。10日前、火星のダイモス宇宙港から強引に出航しようとした、やはり同商会の貨物船ティラチス2がトーラスによって検挙されています」
トーラスもまた、巡視船だ。
「ほう……なるほどな。両者ともに僚船の遭難を知って助けようとしたのかもしれん。しかし、何故我らに救援を依頼しないのか」
「やはり積荷が訳ありという事でしょうか?」
「おそらくはな。違法薬物か……それとも、テロリストの密航幇助か。思いの外、厄介な事態かもしれんな、これは……」
ヴォロフの眉間に深いしわが刻まれた。
*人物・用語など
ベルンハルト・マティス
調査隊メンバー。
楊智雄
調査隊メンバー。
マリーヤ・ゼレンコ
調査隊メンバー。
ウェイン・ジェラード
調査隊メンバー。待機要員。