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箱庭奇譚  作者: 神井千曲
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――しばしのち FRC-28 ブリッジ

『……聞こえるか? こちらライアン一尉』

「はい、聞こえます!」

 不意の通信に、マティスは慌ててオペレーター席に駆け寄った。

「隊長! 状況は一体どうなってるんですか⁉︎」

『マティスか。とりあえず、話はつけた。このコロニーは地球へ向かうことはない。それに、ボーディング・ブリッジのロックも解除された。もうすぐ港湾部入り口のシャッターが開く』

「……そうですか! 隊長たちはご無事ですか?」

『ああ。俺はな。が……クルツが負傷したので、ここで治療する。皆は先に行っていてくれ』

「え? どういう事です? 隊長たちを置いていくわけには……」

『俺たちは、港にある脱出艇を使うから大丈夫だ。あとで拾ってくれ』

「え? でもそういう訳にも……」

『その時は、頼んだぜ!』

「えっ? た、隊長ー⁉︎」

 通信はそこで切れた。

 それと同時に、ゆっくりとシャッターが開き始めた。



――コロニー内 研究室

「……これでいいのか?」

 ライアンの目前に横たわる、一つのシリンダー。

 その中に、一糸まとわぬ姿のクルツが液体の中に浮遊していた。

 長身で引き締まった筋肉質の肢体。その胸と腹には、痛々しい銃槍がある。

『はい。数日もあれば、組織の再生が可能です。記憶などにも影響がないでしょう』

 培養脳の“声”。

「そうか……よかった。すまないな」

『いえ……あなた方には男女全ての遺伝子データを提供していただきましたし。これくらいのお礼をせねばならないでしょう。おかげで私は普通に死ねる“身体”を手に入れることができます』

「……そうか」

 オティアによって創り上げられた生命体たち。

 彼らは目的にそって遺伝子情報を調整(コーディネート)されている。故に、ヒトの持つ遺伝子はほとんど失われてしまっているのだ。

 無論、ティラチスの連中の遺伝子情報を手に入れるという選択肢もあったのだろうが……流石に連中の“血”を自分たちに入れるというのは抵抗があったようだ。

 ともあれ……コロニーが地球へと向かう理由は無くなった。



――そして 数日後

 コロニーは金星でスイングバイし、大きく軌道を変えた。

 向かう先は、太陽系外。

 このコロニーは、人類未踏の惑星を目指す予定なのだ。そこが彼らの新天地となるだろう。

 そして、コロニー前部から一隻の小さな脱出艇が放出された。

 その中には、1組の男女が乗っていた。

 ライアンとクルツである。

「行ってしまうか……俺たちの“子ら”」

 小さくなるコロニーを見送り、ライアンはつぶやいた。

「この胸に抱くことはできないけれど……元気でいてくれるといいですね」

 ライアンの隣に座るクルツの目は、やや寂しげだ。

 と、その時、

『さようなら。いつか……我々の子らとあなた方の子孫が、どこかで巡り会う日がくることを祈ります』

 コロニーからの最後の通信が、彼らのもとに届いた。



 この事件に関する裁定は、すぐに下された。

 事件発生直後にティラチス商会の本社に警察の捜査班が到着した時には、すでにそこはもぬけの殻になっていた。

 その後の調査で判明したのは、このティラチス商会が、実態のないペーパーカンパニーであったことだ。

 おそらく麻薬密売のために設立されたものであるのだろうが……どういう訳か、その経緯に関する記録は破棄されており、もはや、その実態を解明する手立てはない。



 そしてコロニー管理公社には地球連合政府の監査が入り、やがてその実態が明らかになった。

 この公社の経営陣には、アンティクトンをはじめとする反政府勢力やテロリストの息がかかったものが、少なからず入り込んでいたのだ。そして、ティラチス商会を介してその資金調達を行なっていた、と。

 しかし、それを知るはずの理事ラディックは、事件が発生した当日に何故か非常階段から転落し、死亡してしまっていた。そのために、真相が明らかになることはなかった。

 ともあれ……それらの事実は、連合政府が積極的に広報したにも関わらず、どういう訳かほとんど報道されずに終わった。



 一方、この事件に関わったレオ号の船長ヴォロフは、コロニーの移動を阻止できなかったとしてその任を辞すこととなった。そして、調査隊隊長のライアンやその副官のクルツもまた、その任を解かれ、謹慎処分とされた。

 これに関しては、各々の個人名はともあれ、大々的に報じられた訳ではあるが……



――そして、一ヶ月後

 ライアンとクルツは、赤道上空に設置されたオービタルリングの宇宙港にいた。

 謹慎を解かれ、新たな任務を命じられた二人は、桟橋に向かって歩いていく。

「もう一ヶ月ぐらい休みたかったんですけどねー」

 歩きながら、クルツはライアンの腕を抱く。

 そこに感じる、柔らかい感触。以前は感じることのできなかったモノだ。

「お……おい。もうちょっと離れて、だな」

「な〜に照れてるんですか、センパイー。ボクの女としての新たな魅力をですねー、ガッツリと堪能……あ痛ーっ⁉︎」

「今はよせ」

クルツの脳天にアイアンクローをかますライアン。

「はい……」

「それよりも、だ。船長がいるぞ」

「えっ、あのっ……ああっ、すいませんー!」

 ライアンたちの視線の先。

 埠頭に泊まった一隻の船の前に、一人の男がいた。

 それは、アレクセイ・イリイチ・ヴォロフ一等保安佐。彼らにとっては、かつての……そして新たな任地での上官、そして船長である。

「リチャード・ライアン一尉およびビルギット・クルツ三尉、ただいま着任いたしました!」

 ライアンはその前に立ち止まり、敬礼。クルツも慌ててそれに従う。

 ヴォロフもまた、苦笑を噛み殺しつつ敬礼を返す。

「うむ。二人とも、またよろしく頼むぞ」

 彼らの新たな任地は、未確認星域調査局。保安庁外局にあたる部署だ。未知の宙域(アンノウンスペース)などの探査を行っている。

 彼ら三人は、そこに出向することになったのだ。

 そして埠頭に停泊した船は、調査局所属の調査船、ティーラ号。

 レオ号を一回り大きくしたようなシルエットを持つ船だ。これは、配備されたばかりの新造船である。

 そのスタッフとして彼らが招かれたのだ。



――そして、出航当日

 ティーラ号はゆっくりと埠頭を離れると、先導船のエスコートでに宇宙港を出る。そして、スラスターからプラズマの尾を伸ばして、ゆっくりと加速した。

「……ふむ。見送りか」

 展望ブリッジに立つヴォロフは、窓の外を見、ほおを緩めた。

 そこには、レオ号、そしてスコーピオ号の姿が見える。

「皆も、元気でやってくれるといいですね」

 その後ろに立つライアンも笑みを浮かべる。

 傍のクルツも同様だ。

 そして三人は、伴走する二隻に向かって敬礼した。



 三隻はしばし並走したのち、それぞれ分かれていった。

 レオ号とスコーピオ号は、それぞれの巡回航路へ。そしてティーラ号は、太陽系外縁へ。

 そしてそこから新たな宙域を目指すべく旅立つのだ。

 彼らの先にあるのは、未知のフロンティア。はたしてそこで彼らは、一体何に遭遇するのであろうか……

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