21
『殺す、か……この男を』
『はい。もし殺していただけるのなら……このコロニーを地球に落とす必要がなくなります。私たちは、どこか宇宙の片隅で、静かに滅びましょう』
『ふむ……』
ライアンは考え込んだ。
(殺す、か……。確かにそうしたい相手ではある、が……俺はその前に、保安官だ)
『とりあえずコイツを逮捕して、正式な裁判を受けさせるというのはどうか。おそらくは死刑相当の判決が出てもおかしくはない。それに……アンタらも、何も滅びる必要はなかろうよ』
『そう、ですか……。しかし我々は……』
苦悩に満ちた思念。
それは……分からなくもない。
しかしライアンはその思いをねじ伏せ、まずは彼自身の仕事をすることにした。
彼はオティアに向き直る。
『な、何だね? さっきまで黙って突っ立っていたと思ったら、いきなり……』
「オティア。アンタを麻薬密造の罪で逮捕する」
『なっ⁉︎ 何のつもりだ! このワシを逮捕するなど……』
「証拠は上がっている! あとは司法の場で主張するんだな!」
ライアンはパワーローダーの左腕を突き出す。と、そこに仕込まれたネットランチャーからネットが射出される。
暴走サイボーグ鎮圧用の強靭なものだ。
それは過たず命中し、オティアを絡め取る。
しかし、
『ぬおおっ⁉︎ ナメるなよ若造! ワシの改造義体ならば。この程度!』
「何⁉︎」
オティアは強引にそれを引きちぎり、投げ捨てた。
単純なパワーでは、ジェラードを上回るのかもしれない。
「逆にキサマを捕らえ、実験素材にしてくれるわ!」
そしてオティアはその義体を変形させる。
箱型のアームから、二対の大型アームが迫り出した。
それには、大型のハンドガンとチェーンソーらしき凶悪な武装が装備されている。
(オイオイ……そうくるかよ。ここで戦うのはマズいな)
ライアンは飛びすさり、扉の外に出る。
「かかってきな、オッサン!」
『おのれ! 逃げるか若造!』
オティアはライアンを追って部屋を出る。
それを、培養脳は静かに眺めていた。
――同刻 廊下
長い廊下をよろめきつつ歩く一つの影があった。
ライアンの副官、クルツである。
「っ……」
歩くたびに脇腹の傷が疼く。
そして、負傷時に流れた血は、その強靭な身体から体力を削り取っていた。
ナノマシンと絆創膏により流血は止まったものの、失った血は戻らない。
血が止まるまでに失った血が多すぎたのだ。
これは、強化剤の副作用だ。
強化された神経と筋肉をバックアップすべく、心臓は血圧を上げて流量を増やす。それにより、酸素の供給量を増やすのだ。
とはいえ小さな傷ならすぐに、あらかじめ体内に注入されていたナノマシンが止血してくれるであろう。しかし、傷ついたのが動脈であった場合、修復までの間に通常より多くの血液が流出してしまうのだ。
無論、副作用を抑えるためのナノマシンも強化剤には添加してはある。が、動脈の損傷となると気休め程度にしかならない。
本来であれば、どこかで安静にしておくべきなのだろう。しかし、クルツは歩みを止めるつもりはなかった。
先刻、シリンダーが並ぶ部屋で見てしまった“それ”。
生命を弄ぶ“誰か”を許すことはできなかった。
――そして、その前方
『待たんか!』
オティアが乱射する光弾が、壁を、床を、天井を穴だらけにしていく。
ライアンもまた、数発の流れ弾をくらい、パワーローダーの装甲に幾らかのダメージを負っていた。
(全く……クレイジーだぜ。が、ここらでよかろう)
ライアンは踵を返すと、銃を抜いた。そして、三連射。
それは過たずに命中し、ハンドガン側の腕を吹き飛ばした。
『貴様⁉︎』
「お遊びはこれまでだぜ』
さらに連射し、数本の脚を破壊。さらにチェーンソー側の腕も破壊した。
「これでもう動けまい。大人しくお縄につくんだな」
『フン……この程度』
だが、地に落ちた箱型の胴体の上で、オティアの顔はせせら笑う。
と、今度は箱型の胴体の下面より無限軌道が現れる。そしてその背中からは一対のキャノン砲がせり上がって来た。
『こんな事もあろうかと! ワシはこの義体を兵器の塊としたのだ!』
「……往生際の悪いジジイだぜ」
ライアンはそう吐き捨てた。
『馬鹿にするな! ワシの生命などどうでも良いわ! “生命”の神秘! それに迫ることがワシの使命……どわぉっ⁉︎』
「!」
直後、その頭部が爆発した。
「……何が生命の神秘だ!」
怒気を孕んだ声。
「ビギー……」
グレネードランチャーを構えたクルツの姿があった。
「こんなヤツがいるから、ボクたちは……」
肩を震わせ、オティアであったものを睨み据える。
「……気持ちはわかる。しかし、な……」
「でもっ! リックも……すいません」
クルツは激情に満ちた視線をライアンに向け……そして逸らした。
「いや、いいさ……この立場がなければ、俺もそうした」
ライアンはクルツに歩み寄り、肩を抱く。
「はい……」
かすかに鼻をすする音がした。
「おっと、スマン」
ライアンは慌ててクルツから離れ……そして、オティアであったモノに向かう。
「とりあえず、回収できるデータがあればいいんだがな」
オティアの義体は硝煙をあげつつも、それなりに原型ほ保っているようであった。
その頭部は半ば吹き飛ばされ、醜い金属骨格がむき出しとなっていた。頭頂部には大きく穴が開き、空洞が顔を覗かせていた。
(う……む? ここも義体化を? この状態を見るに、脳核はここにあったのではないのか? ……だとすれば、まだコイツは!)
直後、その眼がギロリと動きた。
「!」
反射的に飛びのくライアン。
しかし、その両眼から発射されたレーザーは、その右肩と左脚を撃ち抜いていた。
「ぐっ……おぉ」
彼は着地した際の左脚の痛みに、思わずくずおれる。
その彼の目前で、ゆっくりとオティアが身体を起こしていく。
『キ・サ・マ……』
狂気に満ちた目で、オティアはライアンを睨む。
ライアンはライフルを構えようとし……
『ナメるなぁ!』
狂気に満ちた顔でオティアは叫んだ。同時にその腹部が開いて、銃口らしきモノが現れる。
「しまっ……」
回避は……間に合いそうもない。
が、その時、
「リック!」
クルツの声が耳朶を打つ。
その直後、“何か”が彼を突き飛ばした。
「何⁉︎」
『何だと⁉︎』
「あぐっ!」
くぐもった声。
呆然とするライアンの眼前に、立ちふさがるクルツ。
そしてその長身が、ゆっくりと倒れていく。
胸部から溢れる血。
「ビギー!」
ライアンは慌ててそれを、抱きとめた。
「ハハ……リック。ちょっとはボク、役に立てたかな?」
そしてクルツはライアンの顔を見上げ……かすかに微笑むと、目を閉じだ。
「ビギー! おい、死ぬな!」
『カハハ……その小僧のおかげで命拾いしたな。だが……おしまいだ。一緒に死ぬがい』
「黙れ」
そしてライアンの銃が、オティアの胸部を撃ち抜いていた。
オティアの義体は糸の切れた人形のように動かなくなる。
脳と動力部を破壊されたのだ。もう動くことは、ない。
「ビギー……」
ライアンは自らが纏うパワーローダーを除装すると、己の腕でそっとクルツのヘルメットを外した。
刈り込んだ茶金色の髪が露わになった。そして、中性的な整った顔も。
ライアンはその頭を優しく撫でる。
「……スマン。俺が不甲斐ないせいで」
『……ライアン』
と、また脳内に響く声。
『彼は……いや、彼女は』
「ああ……ビギーは、よく間違えられるが女だよ。子供の頃に生殖腺の機能を人為的に止められてしまっているがために、第二次性徴がなく中性的な容姿となっているがな。そのせいで、子孫を残すこともできず……」
『そう……ですか。提案があります』
「……どういう事だ?」
『それは……』




