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箱庭奇譚  作者: 神井千曲
16/22

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――地球ー月ラグランジュポイントL2

 地球から見て月の裏側に位置するその宙域には、コロニー移動開始の報を受けて、地球連合軍第一艦隊の艦船が集合しつつあった。

 その中心に位置するのは、第一艦隊旗艦 指揮巡航艦カンチェンジュンガ。

「統合幕僚本部からは全く情報が入ってこないではないか! 一体どうなっているんだ⁉︎」

 カンチェンジェンガ内に設置された艦隊司令部では、第一艦隊司令ライラ・アカレが声を荒げていた。

 その視線の先。大型ディスプレイには、各ラグランジュポイントに設置されている恒点観測機からもたらされるコロニーのデータが逐次表示されていた。それは、刻一刻とコロニーが地球に接近してくるのを示していた。

「こちらからも何度も問い合わせてはいるんですが……帰ってくるのは『待機せよ』という指示だけですね……」

 応じたのは、副官のユーリ・カツラギである。

「う……む。連中は何を考えているのか。最悪、地球にコロニーが落ちる可能性があるというのにな。すぐにでも動かねば、手遅れにもなりかねん! まさか……いや」

 アカレは己の中に浮かんだ疑念を、頭を振ってかき消した。

 上層部に対して疑念を抱く、ということは、根っからの軍人を自認する彼の信条とは相反することであった。しかし、ここまで不自然な有様はそれをも揺るがしかねないものである。

「何やら議会からの横槍も入っている模様で……」

「またか! あの政治屋どもめ……政局ばかりに夢中になりおって! 命をかけるのは現場にいる我らなのだぞ! かつて、あの連中が現場に介入したために事態が好転した事など、今まで一切なかっただろうに。こちらは要塞艦まで用意して、万全の体制を整えているのだ。今更小細工したところで、悪いようにしかなるまい」

 アカレは怒りのこもった視線をモニターに投げかけた。

 そこには、小惑星らしきものが映し出されていた。

 それは、要塞艦バルティカ。直径百数十キロにも及ぶ、大型艦だ。球状の艦体を硅素系化合物の発泡剤が覆い、その更に外周に岩石が貼り付けてあるために、あたかも小惑星のようにも見える。

 最悪の場合、この艦で直接体当たりをかけてコロニーを止める計画であるのだ。多少の損傷は免れないだろうが、地球への落下を避けるためにはやむを得まいという判断であるの。

「司令。保安庁地球管区本部長より通信が入っています」

 オペレーターの言。

「うむ。繋いでくれ」

「イエッサー」

 そして、ディスプレイの一つに映し出されたのは、地球管区本部長のユンガーだ。

『久しぶりだな、中将。元気そうで、何よりだ』

 敬礼を交わしたのち、やや憔悴の色が伺える顔で、ユンガーが口を開いた。

「うむ……。よもや、こういう事態が起きるとは予想していなかった。一体、どうなっているのだ?」

『ああ。現在警察と連携して捜査中だが……あのコロニーを操る“何者か”の正体は未だに掴めんのだ』

「ふむ? ティラチス商会とやらの関係者という訳ではないのか?」

『商会の経営陣は既にどこかに姿をくらました後だった。残された社員からではロクな情報は得られていない。スコーピオやタイタンに拿捕された連中の供述は、『上の指示に従っただけ』としか』

「ふむ……あんな外道な薬物を運んでおいて、か」

『ああ。後は黙秘だよ。とにかく捜査の進展を待つしかないのが現状だ』

「そうか……」

『この案件は、我々の手で解決せねばならぬものだった。が……こうなった以上、貴官らの手に委ねざるを得ん。申し訳ないが……万一の際の地球防衛はよろしく頼む』

「あい分かった。その際は、全力を尽くそう」

『申し訳ない。それでは……頼んだ』

 ユンガーの敬礼。そしてアカレもまた敬礼を返す。

 そうして通信は切れた。

 アカレは一つ大きく息を吐くと、ディスプレイ上のコロニーを睨み据えた。



――同じ頃。地球ー月ラグランジュポイントL1

 集結中の第一艦隊とはちょうど月を挟んで反対側に存在する平衡解。そこに位置するステーション内には、地球連合領域内のコロニーを管轄を一任されたするコロニー管理公社の本社が存在する。

 理事たちに与えられる執務室の一つ。

 重厚な机の前で一人の初老の男が焦燥に駆られた顔で携帯端末を操作していた。

「むぅ……一体どうなっておるのだ。あんな事になるなどとは聞いておらんぞ」

 額の汗を拭う。

 と、そこにノックの音。

 男はびくりと肩を震わせた。

「何だ? 入るがいい」

 必死に平静を装い、答える。

「失礼します」

 そして入って来たのは若い男。

 その顔を見た初老の男の顔に、明らかに動揺の色が走る。

 監査役室付のジョルジという男であったからだ。

 監査役……つまり、組織のコンプライアンス体制の実施・運営を監視する役職だ。

 そして、初老の男には、少なからず思い当たる節がある。

「ラディック理事、経営委員会からの出頭要請が出ています」

 そしてジョルジは、不気味なほど落ち着いた声でそう告げた。

「出頭要請だと⁉︎ わ、私は何も知らんぞ! 一体何の名目でなのだ⁉︎」

「何でも、キシュキンダーの管理に関することだそうで……」

「う……む」

 ラディックと呼ばれた初老の男の顔は赤くなり……そして蒼くなった。

「臨時委員会は後15分ほどで開催される予定です。すぐに委員会室へとお越しください」

「……」

 ラディックはそれに答える事はなく、ただ蒼白な顔で宙をにらんでいた。

「……ラディック理事? よろしいですか? もし出席されなければ、理事としての権限を……」

「そんな事、分かっておるわ!」

 そしてラディックは叫ぶや否や立ち上がり、若い男を押しのけて廊下に飛び出した。

「ラディック理事の身柄を確保!」

 すぐさまジョルジは携帯端末で警備班に呼びかける。

 ラディックは理事室を出てすぐのところで、待機していた警備班に取り押さえられた。

「何をする⁉︎離さんか!私は理事だ!」

「申し開きは委員会の場でお願いします」

「……ッ!」

 ジョルジの声に、ラディックは一瞬彼を睨み……そしてうなだれた。

 そして、彼らは廊下を去っていく。

 と、その時……

「ン?……何か、煙が」

 警備班の一人が、声を上げた。

 廊下にどこからともなく白煙が漂い始めたのだ。

「何だ? どうなっている⁉︎ とにかく早く理事を……」

 ジョルジが口を開いたその直後、

「!」

 けたたましく警報が鳴り響く。

「火災だと⁉︎ こんな時に……」

 瞬く間に周囲は白煙が満ち、視界が失われていく。

「……いかん! 理事を逃がすな!」

 ジョルジの声。しかしその時既に、ラディックは警備員の手を振り切り走り出していた。

「どこだ⁉︎」

「足音は、向こうだ! 急げ!」

 背後からの声。

 老体にムチ打ち、必死に走る。

 しかし、逃げたところでどうにかなるわけでもない。

 だが、走り続ける。

 己に残る、わずかなプライドを守るために。

「……!」

 と、前方の靄の中に、揺らぐ人影が見える。

(……回り込まれたか!)

 半ば諦めたように、心中でつぶやく。

 しかし、

「理事、こちらです!」

 聞き覚えのない、若い女の声。

「……ありがたい!」

 ラディックは九死に一生を得たとばかりにその声に従う。

 ジョルジと警備員たちがその場所にやって来たのは、その直後のことであった。

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