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箱庭奇譚  作者: 神井千曲
15/22

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――FRC-28内

「ロドリック。すまんが……頼みがある」

 ブリーフィングルームに戻るや否や、ライアンが口を開いた。

「おう……何だ?」

 ロドリックはルエンロンの治療を続けつつ、顔を上げる。

「俺はまたコロニー内に乗り込むつもりだ。このコロニーを操る“何者か”と接触し、この艇を解放させるつもりだ。だから……その間のこの艇での指揮を頼みたい。この艇で俺以外で一番高い階級なのは貴官だからな」

「おい……ちょっと待て。あの中に戻るつもりか?」

 ロドリックは驚愕に目を見開いた。

「ああ。後手後手に回ってしまい、この有様だ。全ては俺の判断ミスが原因だ。だから……俺が行く」

「一人で行くつもりか? 幾らなんでも無茶だろう。それに、これは誰も予想しなかった事態だ。正直言って、誰が指揮を執っても同じだったと思うぞ?」

「そう言ってくれるのは有難い。しかし……誰かがやらねばならんのだ。それなら、今動ける人員の中で、適任なのは俺だ」

「……しかし、だなぁ」

「それに、だ」

 そこでライアンは声をひそめた。

「確かめたいこともあるんだ。これは……半ば個人的なことだがな」

「ほう……」

 ロドリックはわずかに興味をそそられた様だ。

「あの人型生物のことさ。もしかしたら……と思ってな。検査の方はどうなっている?」

「おう……スマン。治療の方が忙しくてな。まだ試薬にサンプルを突っ込んだままだよ」

「……そりゃ仕方ないさ。俺たちが行くまでの間に結果が出ていたら教えてくれ」

「ああ。これが片付いたら確認してくる」

「頼んだ。ついでに、“強化剤”の処方も頼んだ」

「“強化剤”って、お前……」

「使わざるを得んだろうな。だが、死ぬよりはマシだ」

「そうかも知れんがな……分かった。が、無茶はするなよ?」

 ロドリックは苦渋の表情を浮かべる。

「ああ。勿論さ。では……準備をしてくる」

 ライアンはブリーフィングルームを後にしようと……

「ちょっと待ってくださいー」

 ロドリックを手伝っていたクルツが声をあげた。

「……どうした? クルツはここで万一の事態に備えてもらいたい」

「万一って、何言ってるんですか。今がその万一じゃないですかー。違います?」

「う……む」

 その反論に、思わず言葉に詰まるライアン。

「だから、自分も連れてってくださいよー」

「しかし……危険だ」

「自分も調査隊のメンバーですよ? 危険を承知でここに来ているんです。今更半人前扱いするつもりじゃないでしょうね⁉︎」

「う……む。スマン」

 詰め寄るクルツに気圧される。

「それに、二人の方が危険を避けられるんじゃないですか? 違います?」

「お……おう」

「それに、さっきから例の人型生物について気にしてたじゃないですかー。もしそれの出自が“アレ”だとしたら……自分も資格はあるはずですよね?」

「う……む。そうではあるが……」

「ライアンの負けだな。連れて行ってやれよ」

 その二人のやり取りに、ロドリックが苦笑を浮かべつつその仲に入る。

「むぅ……仕方ないか」

「じゃあ、決まりですね! それじゃあ、すぐに準備にかかります! あっ、ロドリック一尉! もう一人分“強化剤”を処方しておいてください!」

 言うや否や、クルツはブリーフィングルームを飛び出して行った。

 後には呆然とするライアンが残される。

「……で、どうする?」

 苦笑を噛み殺しつつ、その彼に問うロドリック。

「う……む」

「隊長。僕もいますから。この艇のことは残った者に任せてください」

 言葉に詰まるライアンに、マティスが苦笑しつつ言葉をかけた。

「……そうだな。後は頼んだぜ。ロドリック。すまんが“強化剤”はあいつの分も用意しておいてくれ」

 わずかな逡巡の後、ライアンは言葉を絞り出した。

「分かった。では用意しておこう」

「……頼んだ」

 そしてライアンは、クルツの後を追って駆け出した。



――格納庫

 そこではすでに、クルツが整備員たちに準備の指示を下していた。

 その有様に、ライアンは思わず苦笑する。

「あっ、隊長! 隊長の装備はどうします? 自分はファーレス(アレ)を使うつもりですが」

「ふむ……」

 クルツの指差す先。

 ライドトルーパー・ファーレスの背部には、医療用カプセルに代わって武装コンテナが接続されていた。

 保安庁の装備としては、異例とも言える重武装。対宇宙海賊や対テロなどの際に使用されるものだ。

「オイオイ……随分と本格的だな」

「そりゃあ生きて帰るためですよ! もちろん、隊長と一緒にね!」

「……そうか。そうだな」

 ライアンは、先刻と異なる笑みを、口元に浮かべた。

「そんなー、笑わないでくださいよー」

「ハハ……スマンな、ビギー。いつも苦労をかける」

 ライアンはクルツの頭をワシャワシャと手荒に撫でた。刈り込んだ髪の心地よい感触。

「ちょっとォー⁉︎ 子供扱いは止めてって、いつも言ってるじゃないっスか、センパイィー!」

「ああ、スマン、スマン」

 クルツの抗弁を聞き流すと、ライアンは自分の装備を格納しているハンガーに向かう。

「まったくー。あの人は昔っから……」

 背後でクルツが何やらブツブツ言っているが、ライアンは無視をする。

「D装備は使えるか⁉︎」

 Destroyer(破壊者)……接近・制圧戦を意図した装備である。これもまた、対宇宙海賊や対テロを意識したものだ。


「はい。先刻、クルツ三尉から『用意しておけ』と指示されておりましたので、現在準備中であります!」

「…………そうか」

「えっと、あの……」

 こめかみを押さえるライアンと、戸惑う整備員。そして、したり(ドヤ)顔のクルツ。

「……すまんな。準備を続けてくれ」

「アッ……ハイ。了解です! 整備は万全を期すつもりです!」

「……頼んだ」

 わずかながらも敗北感を覚えたライアンであった。



――しばしのち

 整備班の手により、ライアンとクルツの装備は出撃可能な状態となっていた。

 と、ライアンの携帯端末に着信があった。ロドリックからである。

『ライアン、検査結果が出た。それを送っておく』

「すまんな。ありがたい」

 その声に、ライアンは返答を返す。

『おう……お前さんの思った通りだよ。まずは確認してくれ』

「そうだったか……。分かった」

 礼を言うと、ライアンは携帯端末を操作した。

 と、その上の空中に、いくつかの数列や表などが浮かび上がった。

 それは、人型生物サンプルの遺伝子データ。

(う……む。やはりか)

 ライアンは一通りそれらに目を通すと、心中で独語する。

「どんな結果が出たんです?」

 横から顔を出すクルツ。

「おう……案の定、だな」

 ライアンは端末を渡してデータを示す。

「……やはりそうだったんですね。彼らも、やはり……」

 データに目を通すと、クルツもまた柳眉をひそめた。そして、横たわった人型生物たちに悲しげな視線を向ける。

「ああ……だからこそ、行かねばならない」

「……そうですね」

 クルツの沈んだ声。

 ライアンはそんな声を、久々に聞いた気がする。

 が、今は目の前の懸案を片付けねばなるまい。

「……行くぞ」

「はい」

 ライアンは、クルツとともに二重のハッチうち、内側の方をくぐった。そして整備班に依頼して、内側のハッチを閉じさせる。

 そして、彼らと船外を隔てるのは、目前にある一枚のハッチのみ。

「ジェラード。ハッチを開けてくれ」

 ライアンは携帯端末でハッチ解放を依頼する。

『い……イエッサ! どうか、ご無事で……』

 そして、二人の目前で、ゆっくりとハッチが開いていった。

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