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――FRC-28内
「ロドリック。すまんが……頼みがある」
ブリーフィングルームに戻るや否や、ライアンが口を開いた。
「おう……何だ?」
ロドリックはルエンロンの治療を続けつつ、顔を上げる。
「俺はまたコロニー内に乗り込むつもりだ。このコロニーを操る“何者か”と接触し、この艇を解放させるつもりだ。だから……その間のこの艇での指揮を頼みたい。この艇で俺以外で一番高い階級なのは貴官だからな」
「おい……ちょっと待て。あの中に戻るつもりか?」
ロドリックは驚愕に目を見開いた。
「ああ。後手後手に回ってしまい、この有様だ。全ては俺の判断ミスが原因だ。だから……俺が行く」
「一人で行くつもりか? 幾らなんでも無茶だろう。それに、これは誰も予想しなかった事態だ。正直言って、誰が指揮を執っても同じだったと思うぞ?」
「そう言ってくれるのは有難い。しかし……誰かがやらねばならんのだ。それなら、今動ける人員の中で、適任なのは俺だ」
「……しかし、だなぁ」
「それに、だ」
そこでライアンは声をひそめた。
「確かめたいこともあるんだ。これは……半ば個人的なことだがな」
「ほう……」
ロドリックはわずかに興味をそそられた様だ。
「あの人型生物のことさ。もしかしたら……と思ってな。検査の方はどうなっている?」
「おう……スマン。治療の方が忙しくてな。まだ試薬にサンプルを突っ込んだままだよ」
「……そりゃ仕方ないさ。俺たちが行くまでの間に結果が出ていたら教えてくれ」
「ああ。これが片付いたら確認してくる」
「頼んだ。ついでに、“強化剤”の処方も頼んだ」
「“強化剤”って、お前……」
「使わざるを得んだろうな。だが、死ぬよりはマシだ」
「そうかも知れんがな……分かった。が、無茶はするなよ?」
ロドリックは苦渋の表情を浮かべる。
「ああ。勿論さ。では……準備をしてくる」
ライアンはブリーフィングルームを後にしようと……
「ちょっと待ってくださいー」
ロドリックを手伝っていたクルツが声をあげた。
「……どうした? クルツはここで万一の事態に備えてもらいたい」
「万一って、何言ってるんですか。今がその万一じゃないですかー。違います?」
「う……む」
その反論に、思わず言葉に詰まるライアン。
「だから、自分も連れてってくださいよー」
「しかし……危険だ」
「自分も調査隊のメンバーですよ? 危険を承知でここに来ているんです。今更半人前扱いするつもりじゃないでしょうね⁉︎」
「う……む。スマン」
詰め寄るクルツに気圧される。
「それに、二人の方が危険を避けられるんじゃないですか? 違います?」
「お……おう」
「それに、さっきから例の人型生物について気にしてたじゃないですかー。もしそれの出自が“アレ”だとしたら……自分も資格はあるはずですよね?」
「う……む。そうではあるが……」
「ライアンの負けだな。連れて行ってやれよ」
その二人のやり取りに、ロドリックが苦笑を浮かべつつその仲に入る。
「むぅ……仕方ないか」
「じゃあ、決まりですね! それじゃあ、すぐに準備にかかります! あっ、ロドリック一尉! もう一人分“強化剤”を処方しておいてください!」
言うや否や、クルツはブリーフィングルームを飛び出して行った。
後には呆然とするライアンが残される。
「……で、どうする?」
苦笑を噛み殺しつつ、その彼に問うロドリック。
「う……む」
「隊長。僕もいますから。この艇のことは残った者に任せてください」
言葉に詰まるライアンに、マティスが苦笑しつつ言葉をかけた。
「……そうだな。後は頼んだぜ。ロドリック。すまんが“強化剤”はあいつの分も用意しておいてくれ」
わずかな逡巡の後、ライアンは言葉を絞り出した。
「分かった。では用意しておこう」
「……頼んだ」
そしてライアンは、クルツの後を追って駆け出した。
――格納庫
そこではすでに、クルツが整備員たちに準備の指示を下していた。
その有様に、ライアンは思わず苦笑する。
「あっ、隊長! 隊長の装備はどうします? 自分はファーレスを使うつもりですが」
「ふむ……」
クルツの指差す先。
ライドトルーパー・ファーレスの背部には、医療用カプセルに代わって武装コンテナが接続されていた。
保安庁の装備としては、異例とも言える重武装。対宇宙海賊や対テロなどの際に使用されるものだ。
「オイオイ……随分と本格的だな」
「そりゃあ生きて帰るためですよ! もちろん、隊長と一緒にね!」
「……そうか。そうだな」
ライアンは、先刻と異なる笑みを、口元に浮かべた。
「そんなー、笑わないでくださいよー」
「ハハ……スマンな、ビギー。いつも苦労をかける」
ライアンはクルツの頭をワシャワシャと手荒に撫でた。刈り込んだ髪の心地よい感触。
「ちょっとォー⁉︎ 子供扱いは止めてって、いつも言ってるじゃないっスか、センパイィー!」
「ああ、スマン、スマン」
クルツの抗弁を聞き流すと、ライアンは自分の装備を格納しているハンガーに向かう。
「まったくー。あの人は昔っから……」
背後でクルツが何やらブツブツ言っているが、ライアンは無視をする。
「D装備は使えるか⁉︎」
Destroyer……接近・制圧戦を意図した装備である。これもまた、対宇宙海賊や対テロを意識したものだ。
「はい。先刻、クルツ三尉から『用意しておけ』と指示されておりましたので、現在準備中であります!」
「…………そうか」
「えっと、あの……」
こめかみを押さえるライアンと、戸惑う整備員。そして、したり顔のクルツ。
「……すまんな。準備を続けてくれ」
「アッ……ハイ。了解です! 整備は万全を期すつもりです!」
「……頼んだ」
わずかながらも敗北感を覚えたライアンであった。
――しばしのち
整備班の手により、ライアンとクルツの装備は出撃可能な状態となっていた。
と、ライアンの携帯端末に着信があった。ロドリックからである。
『ライアン、検査結果が出た。それを送っておく』
「すまんな。ありがたい」
その声に、ライアンは返答を返す。
『おう……お前さんの思った通りだよ。まずは確認してくれ』
「そうだったか……。分かった」
礼を言うと、ライアンは携帯端末を操作した。
と、その上の空中に、いくつかの数列や表などが浮かび上がった。
それは、人型生物サンプルの遺伝子データ。
(う……む。やはりか)
ライアンは一通りそれらに目を通すと、心中で独語する。
「どんな結果が出たんです?」
横から顔を出すクルツ。
「おう……案の定、だな」
ライアンは端末を渡してデータを示す。
「……やはりそうだったんですね。彼らも、やはり……」
データに目を通すと、クルツもまた柳眉をひそめた。そして、横たわった人型生物たちに悲しげな視線を向ける。
「ああ……だからこそ、行かねばならない」
「……そうですね」
クルツの沈んだ声。
ライアンはそんな声を、久々に聞いた気がする。
が、今は目の前の懸案を片付けねばなるまい。
「……行くぞ」
「はい」
ライアンは、クルツとともに二重のハッチうち、内側の方をくぐった。そして整備班に依頼して、内側のハッチを閉じさせる。
そして、彼らと船外を隔てるのは、目前にある一枚のハッチのみ。
「ジェラード。ハッチを開けてくれ」
ライアンは携帯端末でハッチ解放を依頼する。
『い……イエッサ! どうか、ご無事で……』
そして、二人の目前で、ゆっくりとハッチが開いていった。




