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――地球近傍軌道上
一基のスペースコロニーが、惑星公転方向に向かって宙を疾っていた。
それは、太陽ー地球ラグランジュポイントL3に設置されていたスペースコロニーの一つ、キシュキンダー。
このコロニーは、播種船として改造をされていた。そして、この中に潜む“何者か”の手により起動し、いずこかへ向かって動き出したのだ。
そしてそれに追いすがる影が、二つ。
地球連合保安庁所属の巡視船2隻。レオ号と、そして応援に駆けつけた僚船のスコーピオ号だ。
――スコーピオ号 ブリッジ
「コロニーが動き出してしまったか。これまた……厄介な事態になってしまったな」
ディスプレイ上に表示されたコロニーの姿を眺め、スコーピオの船長アルグレアは嘆息した。
『うむ……。我々だけではどうしようもなかった。正直言って、予想だにしていなかった事態だ。こうなれば、軍の助力を仰がねばならなくなってしまったか。あのコロニーがどこへ向かうつもりなのかは判らんが、場合によっては、な』
通信越しとはいえ、レオ号船長のヴォロフの声に焦燥がにじむ。
長い付き合いではあるが、ここまで気落ちした声は聞いたことがなかった。
「うむ……」
あのコロニーが、外宇宙を目指すのならともかく、もし地球に向かえばどうなるか。
調査チームの報告にある、人型生物が残した言葉からして、“人間”への復讐心を持った存在があのコロニーにいるのは確かだ。その復讐の手段が、あのコロニーを地球へと落とすというものであれば……
このタイプのコロニーは、かつて提案されていた“島3号型コロニーよりも外壁が厚く、さらには質量がはるかに大きい。しかも、未だ加速中である。
これが地球に衝突すれば、どれほどの被害が発生するのか。
下手をすれば、恐竜を絶滅させたとされる、ユカタン半島に落ちた隕石を上回る被害が出る可能性もあるだろう。
もし目的がそれならば、あらゆる手段を使って阻止しなければならない。
かつて人類が太陽系にとどまっていた時代に、幾度かテロリストによって実行されかけたことはある。しかしそれらは初期段階で未然に防がれ、幸いにも実際にコロニーが地球に落下したことはない。
しかし、ここまで事態が動き出してしまった状態では、物理的にコロニーを破壊する以外に阻止する手段はない。
とはいえ、地球近傍に展開された軍の戦力であればコロニーを破壊することも不可能ではあるまい。
しかし……
「……まだ、調査隊とは連絡が取れていないのか?」
思索を断ち切ると、ヴォロフの心中を察し、アルグレアが問う。
『ああ、まだだ。コロニー外壁越しな上に、どうやらジャミングまでかけられている様だしな』
「そうか……。現状、人質を取られたも同然か」
『うむ……』
モニター上に映し出されたヴォロフの眉間に深い皺が刻まれた。
『若い者たちを見捨てる訳にはいかん。しかし、打つ手がない』
「……そうだな。だが今は、機を待とう。下手に刺激しては逆効果だ」
『確かにな。彼らの無事を祈るしかないか』
「……ああ。そうだな」
アルグレアは大きく息を吐くと、ディスプレイに映し出されたスペースコロニーに視線を向けた。(今にして思えば……あの船を拿捕したときに、もっと周囲を警戒しておくべきだったか)
彼女はほぞを噛む思いであった。
12日前のことだ。彼女が指揮する巡視船スコーピオは、太陽ー地球ラグランジュポイントL3付近を航行していた。
その宙域は、本来の航行ルートからは離れた場所であった。
にも関わらずスコーピオ号がその宙域を通る事となったのは、僚船リーブラが任務中に損傷を受けて急遽ドッグ入りしたためである。それにより、急遽哨戒ルートが大幅に変更になり、元々のルートを大幅に外れてこの宙域を通る羽目になったのだ。
そしてその途中、一隻の貨物船を発見した。
それは一見、何の変哲もない、よくあるタイプの貨物船。しかし……その動きには何か違和感があった。
妙に航行速度が遅かったのだ。しかも、その航路はスコーピオの前方を横切ると推定された。
その意図を測りかねたアルグレアは、その貨物船に船籍および目的地を尋ねる事にした。
しかし、返答はない。それどころかビーム砲をこちらに向け、威嚇するようなそぶりさえ見せたのだった。
そのため彼女はこの船が密輸や密航に関わっていると判断し、拿捕を命じた。
すぐさま貨物船は反転し、全速力で逃走にかかる。
そして、追跡を続けること数時間。
ビームを乱射しつつ全速力で逃走を続けていた貨物船が、突然諦めたかのように減速したのだ。
(……一体何の意図が?)
アルグレアは違和感を覚えたものの、まずは船の拿捕を優先することにした。
しかし、どういう訳か貨物船は加速と減速、そして蛇行を繰り返し、ここにきて往生際の悪さを見せる。
そしてそこから更に小一時間ののち、スコーピオはようやく貨物船を拿捕することができたのだった。
連行された貨物船のクルーは航行中にも関わらず酒や薬物を摂取していたらしく、全員酩酊状態であったのだ。
この時代、AIにより船の航行はほぼ自動化されてはいるが、それでも最低一人はシラフの状態でいることが義務付けられている。突発的な事態に対処するためである。
無論、ヒトと変わらぬレベルの超AIも存在してはいるが……そのレベルになると、ある程度権利――人権ならぬAI権というべきか――を保証しなくてはならないため、結果としてヒトを雇うのとコストはほとんど変わらなくなってしまうため、あまり普及してはいない。
ちなみににこれは、地球連合勢力圏内においては、であるが。
その後、クルー達はあっさりと事情聴取に応じ、運んでいた薬物の隠し場所まで自供した。
(あの時は、てっきり飲酒や薬物摂取もあってあんな行動に出たとばかり思っていたのだがな……。今思えば、あのコロニーから我々の目をそらすための行為だろう。連中の思う壺であった訳か)
アルグレアもまた、苦渋の念を抱いていた。




