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箱庭奇譚  作者: 神井千曲
13/22

13

――同刻 スペースコロニー キシュキンダー

 その最前部に設置されたドッキングポートに、一隻の巡視艇(カッター)、FRC-28が停泊していた。

 ……いや、拘束されていた、と言った方がいいだろう。

 このコロニー内に潜む“何者か”の手により中枢コンピュータを乗っ取られてしまっていたのだ。

 クルーたちの尽力より何とかその状況は脱したものの、その間に港湾部入り口を閉鎖されてしまい、脱出の機会を逃して閉じ込められてしまったのだ。



――FRC-28 ブリーフィング・ルーム

 そこはあたかも、野戦病院の如き有様であった。

 ライアンと、義体を乗っ取られたジェラードとの戦闘の舞台となった場所。室内は荒らされ、ほとんど片付けられていない。

 その状態の室内に医療器具が運び込まれ、重傷および重体となったクルーの治療が行われていた。

 そんな中、船医のロドリックが彼らの治療に追われていた。そして看護師たちだけでなく、整備士や機関士たちまでもがそれを手伝っている。

「すまんな、ロドリック」

 ブリーフィング・ルームに戻ってきたライアンが声をかける。

「おう……戻ってきたか。二人とも無事で何よりだ。こっちは一通り応急処置は済ませた」

 額の汗をぬぐい、ロドリックが顔を上げる。

 ベッドに寝かされた負傷者たちは止血され、副え木や包帯などでの処置が行われていた。

「だが……これ以上は無理だな。船に戻れば高度な治療を受けさせることができるだろうが」

 ロドリックは隣のベッドに視線を向けた。そこには、昏睡状態の楊が寝かされている。

 現時点では危機的状況にはないものの、やはり船への移送を急ぐべきだろう。

「本船との連絡は取れそうか?」

「いや、駄目でした。あのシャッターによって電磁波はほとんど遮断されてしまうようです。それに、どうもジャミングをかけられているみたいですね」

 ブリッジからマティスが顔を出した。

「そうか……。ところで、傷の具合はどうなんだ?」

「まだ痛みますが……こうなった以上、寝てる訳にはいかんでしょう」

「……すまんな」

 ライアンは意外と元気そうなマティスの様子に安堵しつつも、本船と連絡が取れない状況に暗澹(あんたん)となる。

 FRC-28は外宇宙での単独航行を想定していない艇なので、電磁波以外の通信手段はレーザー通信ぐらいしか搭載されていないのだ。レーザー通信はジャミングには強いものの、物理的な遮蔽物が存在する場合には無力である。

「外からの救援を待つしかないか? いや……」

『とりあえず、緊急用の解除レバーを使ってシャッターを開いてみますか? たしか、港内部のどこかにあったはず』

 ジェラードの声。

「そうだな。埠頭からの離脱は出来そうか?」

『ええ。マティスの助力で、この艇のウィルスはほぼ除去できたと思われます。離脱後、船外アームを使ってシャッターを開き、脱出しましょう』

「ふむ……それしかないか。まずはその場所を確認しよう。ジェラード、確認が終わればすぐに離脱の準備を……!」

ライアンの言葉が終わらぬうちに、横Gが彼らを襲った。

「⁉︎ ……何だ? 何が起きている? いや……それよりも、怪我人の安全確保を!」

 床上に置いてあるだけのベッドや机などの残骸が横滑りを始めていた。

 これでは治療どころか、余計な怪我人が増えることにもなりかねない。

 一同は慌てて床面に設置されたフックにベッドを固定し、机などの残骸を片付ける。



「……これでよし」

 ひととおり安全確保の目処がつき、ライアンは一つ息を吐く。

「で……どうなっているんだ?」

 そしてジェラードに再び問うた。

『どうやらこのコロニーが回頭している模様です』

「回頭⁉︎ まさか、移動でもしようというのか?」

『センサーに反応があります。おそらくコロニー後部のエンジンがアイドリング状態になっている模様です』

「まさか……。いや、考えられないことではなかったか……」

 ライアンの顔に、苦渋の色が浮かぶ。

このコロニーを支配する何者かは、完全にコロニーの全システムを掌握している様だ。当然、あのエンジン部もコントロール可能なのだろう。

「それにしても、一体どこに行こうというのか……」

播種船として改造されたコロニーである。もしかしたら、太陽系から飛び去るつもりなのかもしれない。

(それにしても、何故このタイミングで? あの貨物船から発せられた救難信号は、誰の手によるものなのか?)

 と、そこでライアンはあることに気づいた。

「……そういえば」

 そしてすぐさまブリッジに向かう。

『……どうしました?』

「ジェラード、あの貨物船はどうなっている?」

 この艇や先刻調査した脱出艇は埠頭に接岸し、固定されている。しかし、宙に浮いたままのあの貨物船は……

『あの船は……あそこですね』

 フロントウィンドゥ上にマーカーが表示された。

 その先には、貨物船ティラチス1の姿があった。

 港湾部のどこかに衝突して跳ね返ったらしく、船尾部分が損傷しているのが見て取れる。

 次いで、それまでの移動経路と予想進路が表示される。

『現時点では、衝突の危険性は無いようです』

「……そうか」

 一安心、ではある。

 FRC-28自体は堅牢な船体構造となってはいるものの、より大型の貨物船に衝突されれば大きな損傷を受ける可能性があるからだ。

 しかし、まだ安心はできまい。未だコロニーは回頭中なのだ。あの船の軌道が変わり、この艇へ衝突する可能性もないわけではない。

「とりあえず、今の内に離脱だ。行けるか?」

『アイサー! すぐにかかります!』

 そして、わずかな振動がブリッジに伝わってくる。

『アーム解放……完了。いつでも離脱できます』

 ディスプレイ上に、係留柱(ボラード)から離れていくアームの姿が映し出された。

 それを確認すると、ライアンは操舵席に座る。

「よし。これより離脱にかかる。コントロールを」

『イエッサー! ……ん? これは⁉︎』

 直後、戸惑いの声を上げるジェラード。

「どうした?」

『これを……』

 ディスプレイの映像が切り替わり、船体側面のカメラのものとなる。

 そこに映し出されたもの。それは、ハッチ部分に接続したままのボーディング・ブリッジ。

『ロック機構がまだ働いています。このままでは離脱できません』

「! しまった。やられたか……」

 本来であれば、船舶側のロックが外された場合は連動してボーディング・ブリッジ側のものも外れるようになっている。

 しかし現状は、“何者か”がその機構に干渉し、ロックがかかった状態のままにされてしまったのだろう。

「船内からではどうにもならんか……」

『はい。強引に離脱しますか?』

「ふむ……」

 ライアンは一瞬考え込んだ。

 多少の破損を(いと)わなければ、ここから離脱することは可能だ。しかし……

「いや……今はまだやめておいた方がいいな。ここまで執拗な相手だ。あのシャッターも何か仕掛けられている可能性がある」

『そうかもしれませんが……』

「とはいえ、このまま救援を待ち続ける訳にもいかん。コロニー内に入って、俺たちを敵視する“何者か”と接触するしかあるまい」

『それは……そうかもしれません。でも、もうこの艇には……』

 ジェラードは戸惑いの声をあげた。

 調査チームで無事なのは、ライアンとクルツしかいない。それ以外の面子ではまともな調査など不可能であろう。

 しかし、

「俺が行く。もし二時間以上たっても俺が戻らなければ、離脱を試みてくれ」

 ライアンはコロニー内に潜む“何者か”を見据え、決然と呟いた。

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