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箱庭奇譚  作者: 神井千曲
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1

――未来

 地球標準歴2,400年代において慣性制御と超光速機関を手に入れた地球人類は、相争う様に外宇宙へと進出していった。

 他星系の開拓、そして植民。

 人類は、かつてないほどの広大な辺境(フロンティア)を前に。熱狂した。その時代を、第二次ネオ・フロンティアと呼ぶ。

 そして、約1世紀。

 多数の播種船――移住を目的とした恒星間宇宙船――が太陽系外へと飛び去ってもなお、百数十億の人類が地球圏近傍で生活していた。



――太陽ー地球ラグランジュポイントL3

 この地点は、地球を挟み太陽とは反対側に位置する平衡解である。

 外惑星探査及び開発用物資集積拠点の一つとして、かつては幾つものコロニーが存在した場所だ。しかし現在では、外惑星にも自給自足が可能なコロニー群が形成され、また宇宙船の改良が進んだために必要性が薄れ、今は閑散としてしまっている。



 そのポイントに向けて、一隻の宇宙船が航行していた。

 全長300メートル程。青のストイライプが入った白い紡錘形の胴体に、側面後方についた三枚の大型放熱フィン。

 地球連合保安庁所属の巡視船PL-211レオである。

 この船は十時間前程前に救難信号を受信し、この宙域に急行してきたのだ。

「どうだ? 何か見つかったか?」

 レオ船長を務めるアレクセイ・イリイチ・ヴォロフ一佐(一等保安佐)は、恰幅の良い身体を船長席に深く沈めながら、そう問うた。

「いえ……まだ何も」

「ふむ……」

 オペレーターからの回答に、ヴォロフは腕を組み、息を吐く。

「とりあえず、レーダー精度を上げてもう一度確認しておいた方が良いな」

「ラジャ!」

 ヴォロフの声にオペレーターは答えると、レーダーを注視した。

 そして、暫し後、

「小天体を発見。あれは……」

「モニターに出せ」

 船長の指示で大型ディスプレイに映し出されたもの。

 それはあたかも巨大な石の棒であった。



 その物体は、直径約7キロ、長さ35キロ程の円筒形で、片方の先端は太陽に正対していた。太陽側の先端には、直径6キロ程の巨大な“窓”が存在している。

 そしてそれは“窓”を太陽に向けたまま、静かに佇んでいた。

「ほう……」

 ヴォロフが呟く。

「そういえば、この宙域にはまだあれがあったな。確か……」

 この小天体は、スペースコロニー。

 分類としては、かつて人類が地球上にとどまっていた時代に島3号と呼ばれていたシリンダー型の案に近い。この内部には、直径約6km、長さ15kmの独立して回転する円筒形の居住区が存在する。ただしこの内筒には側面の“窓”は無く、全面を居住区画と利用している。光は円筒の中心軸上に設置された人工太陽で賄っているのだ。理由は、宇宙放射線からの遮蔽とデブリからの防護の為だ。そのために、特殊ケイ素系発泡化合物により外周をすっぽり覆っているのだ。

 人工太陽などのインフラを駆動する電力は、周囲に展開された多数の太陽電池パネルで賄っている。また非常用電源として、本体後部に核融合炉が搭載されている。

 前面の窓と内筒の間には、大量の海水が貯められた水槽がある。この水槽の役割は、水中の微生物及びナノマシンにより汚水を処理し、また二酸化炭素を吸収して酸素を作る事である。

 また水槽は内筒の後方にも存在し、内筒と外殻の間を網の目のように張り巡らされたパイプで連絡している。このパイプに海水を循環させることで、太陽に向いた前面と太陽光を浴びることのない後部の熱を交換しているのだ。

 またこのパイプは、コロニー自体の姿勢制御も担っている。水流を制御する事により内筒の回転モーメントを相殺し、またコロニー自体の姿勢をコントロールする事が出来る。つまり、人工衛星などで使われる姿勢制御装置、リアクションホイールの役目も果たすのだ。

 円筒の前後中心軸線上にはドッキングポートがあり、貨物船などの発着を行う事が出来る。前方のものは小型船用のもので、長方形の開口部の奥には直方体の区間がある。そして長辺側二面を発着場として使用出来る構造だ。後部のものは、より大きな円形の開口部と円筒形の空間で構成されている。



「まだこんなモノが残っていたとは……。一体、どれほど前の代物ですかね?」

 モニターを眺め、若い舵手をが呟く。

「ああ、あれはこのポイントで初期に建造されたコロニーの一つ、キシュキンダーだ。解体される予定もあったが、色々問題が起きた為にそのまま放置されたらしい」

 ヴォロフは記憶を呼び覚まし、答える。

 重力制御技術の確立により、シリンダー型などの遠心力を使ったスペースコロニーは時代遅れとなった。それらは順次解体され、新型のコロニーや播種船の材料となった。また、ほぼそのままの形で播種船に改造され、虚空の彼方へと旅立っていったものもある。

 なお、『重力制御による人工重力は人体に悪影響を及ぼす』と主張する一部の人々は、今だに遠心力型のコロニーに暮らしている……。

「何かあったんですか?」

「よくある事だが……解体費用の問題などだな。当時の連邦政府は外宇宙探査に重点を置いていた為に、この手の事業にはあまり予算が回ってこなかったらしい。ま、放置しても現状、地球や他の惑星に影響がある訳ではないからな。その後、どこかの会社が買い取ったりしたが、そこも潰れて転売、その後幾つかの会社や個人の間を転売されている間に権利関係が分からなくなったという話だ」

 廃墟の誕生理由としては、よくある事だ。ただ、この物件の規模は桁外れに大きい。

 とはいえ……外宇宙への資本投下も結構だが、そろそろこちらにも予算を回してもらえんものかな、とヴォロフは心中でぼやく。こうしたモノが、まだまだ太陽系内には多すぎるのだ。

「それよりも……信号の発信元は特定出来たか?」

「いえ……まだです。あのコロニー以外には、コロニー付属の太陽電池パネルと幾つかの観測用無人基地ぐらいしか、大きな浮遊物はありません。あとは、数十センチほどまでの大きさのデブリばかりです」

 オペレーターは、モニターにレーダーの調査結果を呼び出し、示した。

「まさか、とは思うが……あのコロニーを調べた方がいいかもしれんな。アレがまだこの宙域に留まっているということは、まだ内部のシステムが“生きて”いると言うことだしな」

 このラグランジュポイントL3は、本来はやや不安定な軌道。ここにとどまり続けるには、何らかの手段で軌道を修正し続ける必要がある。

 その手段としては、太陽光発電パネルを太陽風を受ける帆の代わりとし、その角度を変化させることにより、軌道調整を行うというものがある。このコロニーは、現時点でもそれを行い続けているのであろう。

 ヴォロフは一つ頷く。

 そして、

「ライアン一尉を呼べ」

 調査隊の出動を命じることにした。



――しばしのち

 ブリッジに、二人の青年が現れる。

 一人は、190cmほどの長身と、鍛え上げられた体躯を持った男。

 調査隊隊長に任命されたリチャード=ライアンである。

 年齢は29。階級は一等保安尉(大尉相当)となっている。

 黒褐色の髪に、日焼けした肌。精悍な顔つきの男である。

 そしてもう一人は、ライアンよりもやや低いとはいえ、180cm代の長駆。

 こちらも細身ではあるが引き締まった身体付きだ。

 ビルギット・クルツ。

 階級は三尉で、ライアンの副官を務める。

 短く刈り込んだ茶金色の髪。白皙の肌と、中性的な顔立ちの持ち主だ。

 ヴォロフと彼らは敬礼を交わす。

「ご苦労。貴官たちには、あのコロニーの調査を行なってもらいたい。あの中に、救難信号を発した船が避難している可能性があるからな」

「了解しました。すぐに準備にかかります」

「うむ。くれぐれも、気をつけてくれ」

「イエッサ!」

 そして彼らの返答に、ヴォロフは満足げにうなずいた。

 優秀な連中だ。特に何事もなく、この案件は終わるだろう。

 この時、彼はそう考えていた。

*人物・用語など

地球連合

 物語の時点のおいては、人類最大の恒星間国家。主星は地球。

保安庁

 地球連合の主権が及ぶ宙域での、警備や救難活動などを行う組織。現代における沿岸警備隊に当たる。

アレクセイ・イリイチ・ヴォロフ

 一等保安佐で、巡視船バフィン船長。

リチャード・ライアン

 一等保安尉。調査隊のリーダーに任命される。

ビルギット・クルツ

 ライアンの副官。調査隊メンバー。

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