表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポラリスの歌声  作者: 通り雨
6/6

そして、決断


三時に俺らが初めてライブしたライブハウスにきてくれ。これは絶対だから。

 ラインにはそれだけ書かれていた。今からそこまで行くには相当急がなければならない。間に合うかな。ほんとシュンも勝手な奴だ。本当に何かを伝えたい時、あいつからいつもの気の弱さが消えてこんな感じの短い命令口調になるのを俺は知っていた。でも、結局そんなあいつのことが俺は好きなんだ。ふと、俺の顔から笑みがこぼれていたことに町の服屋のショーウインドウに映った姿をみて気づく。

 街並みが俺の後ろを流れていく。仕事に戻るのであろうスーツ姿のオッサン、ベビーカーを押す若いお母さん、手持無沙汰な老人たち。まるで平和な町のテンプレのような風景だ。その中で俺はほかの人にはどういう風に見えているのだろう。俺がドラマーだとして、今すれ違っていった人たちと何の違いがあるのだろうか。多分、何一つない。俺も結局は呆れるくらい普通なのだ。分かっていて、初めからそんなことは分かっていて、でもそれでも特別になりたかったんだ。駅の階段を駆け上がる。改札をすり抜けてちょうどホームに入ってきた電車に滑り込む。ドアが閉まるまでの間隔さえもうもどかしい気がした。

 三時五分前にライブハウスに着いたが、入り口に入るとスタッフに問答無用で客席に通された。何かイレギュラーなことをするのだろうとは思っていたので別段驚きはしなかったが、客席に通されたのは少し不安になった。まさか新しいドラマー見つけたからもう今日でバンド脱退ってことでいい?とかないよな。考えてみると俺が客席に行くということは別のドラマーいなければ演奏できないわけだし。一体どうするつもりなのだろう。急に入り口をくぐるのが怖くなったがここで立ち止まって仕方ない。俺は意を決して扉を開けた。

 ドアの向こうでは、すでに俺以外のメンバーがスタンバイしていた。そしてドラムのところにも誰かいる。おい、ウソだろ、本気でメンバー交代するんじゃ、と凍りついたところでどうもその顔に見覚えがあることに気付く。まさか、そんなはずは。

 「時間ちょうどだ、それじゃ始めるよ。」

 シュンがメンバーに一声かけて俺には問答無用で一曲目を始めた。ついこの前売り出したアルバムのリード曲だ。でも、今の俺にはそれどころじゃない。櫻井さんがドラムを叩いている、だと?しかも素人のレベルじゃない。明らかにやりこんでいた人のそれだ。というか、このリズムの取り方どこかで見たことがあるというか、聞いたことがあるというか、、。

 既に演奏は二曲目に入っていた。ドラムが入れ替わったばかりとは思えないほどの完成度だ。程よいペースで曲が走っている。外から三人の演奏を見るのは初めてだが、さすがメジャーバンドというべきなのだろう。でも、同時にどこか違和感をぬぐいきれなかった。うまく言葉にできない、けれどそうじゃないのだ。カマイタチは。カマイタチというバンドは。

 二曲目が終わる。ここで一度全員が演奏の手を止めた。額の汗がジワリとにじむ。おもむろにマイクを取るシュンの、その次の言葉を俺は待った。

「今日はきてくれてありがとう。正直、今まで散々連絡返してくれなかったから来るかは分からなかった。だから、これは一種の賭けだったんだ。櫻井さんと僕たち三人とのね。」

 俺は黙っていた。ステージの下にいる人間がMCを止める権利はない。そんな俺を見てシュンは続ける。

「櫻井さんがもともとドラムをやっていたことを聞いてね。無理やり頼み込んだんだ。本当はハマちゃん以外にはドラムはお願いしたくなかったけれど、そろそろタイムリミットが迫っていたから。どちらにしても話をつけなくちゃいけないと思ったんだ。」

 ステージ上の全員が俺の方を向く。俺のために用意されたこの場、何を次に言われるかはもう分かっていた。

 「僕は”あの曲”を歌うよ。どんなことを言ったって、あれは僕らのデビュー作なんだ。過去の栄光に縋るなっていう人もいるかもしれないけれどこのまま過去に目をそらし続ける方がよっぽど不自然だよ。未来に目を向けるためなら、過去をまず清算することが必要だと僕は思うんだ。そうじゃないか?」

 俺は肩をすくめた。随分と立派なこといってくれるじゃないか。

「だから、僕たちは今からそれを演奏する。ただ、ライブでするより先にハマちゃんに聞いてほしかったんだ。だからそこで聞いておいて欲しい。」

「それは意味がない。」

考えるより先に言葉に出ていた。それだけは嫌だ。シュンは不思議そうな顔をする。

「だって、まだお互い完全に納得しているわけではないんだし、別の立場でやった方が」

「そうじゃねぇ。いくら曲は同じとはいえ、演奏する人が違うなら、それは全く別物だ。俺はそんなのを聞くのは嫌なんだ。それなら、俺も演奏したい。」

 俺の顔を顔色を変えずにシュンは眺めていた。光の加減でいまいち正確な表情が分からない。

 「だから、頼む。勝手なことは重々承知だけど俺をステージに上げてくれ。」

 俺は頭を下げる。だが、シュンはそれには頷かなかった。ただ、黙ってこちらを見ているだけだ。

 「なあ、シュン。」

 後ろからハヤトが声をかけた。

 「やっぱりさ、俺もその方がいいと思うんだ。確かに気持ちは分かるよ。シュンはハマちゃんに勝手な期待をかけられて、つらかっただろうし、ハマちゃんがそこら辺限りなく鈍いことは認めざるを得ない。でも、元々このバンドだってハマちゃんがいたからこのメンバーで結成して、今までやってこれたんだと俺はおもうよ。そりゃ今から演奏するこの曲だって俺が作詞したけど、単にそれだけじゃなくてこの曲はシュンとハマちゃんへの二人へのメッセージソングでもあるんだ。羨ましかったんだよ、高校時代から変わらず音楽を続けてきた二人が。だから、俺はこれからもその続きを見たい。」

 ハッとしてハヤトの方をシュンがふりかえる。カツキもうつむきながらうなずいた。

 「僕だって四人一緒の方がいいよ。」

 シュンは答えが出せないのだろう、頭をかきまぜた。せっかくセットした髪がぐしゃぐしゃになっている。

 「なら、それなら、僕の気持ちはどうなるっているんだよ。この僕のやるせない気持ちはどこにぶつければいいんだよっ。」

 俺には何も言えない。できるのはただ頭を下げることだけだった。

 「全く、これ以上茶番をやるなら私は付き合わないよ。」

 突然、ドラムの方から声がしたと思ったら櫻井さんだった。

「別に世の中全部のことが綺麗に収まることなんてないだろう?全てを許す必要もない。それがどうしても気に入らないなら辞めてしまえばいい。でも、そんなたった一つのすれ違いで今までの積み重ねをゼロにするのはナンセンスだと思うけどね。いずれにしても、早く決めてもらいたい。私は腰痛持ちでね。長時間座るのはあまり好かないんだよ。」

 シュンがその姿を見て意を決したようにこちらを見た。その刹那俺たちはお互いを許したのではなく、理解した。お互いの痛みを、それぞれがつけた傷を。そして、シュンがこちらに向かって手を差し伸べた。俺はその手をとり、ステージに上がった。

 ドラムのスタンバイをする。大丈夫、どんなにステージ上で演奏していなくたって他の場所で練習は続けてきたし、この曲に関しては体が覚えている。忘れるはずもない、この曲は初めて聞いた時から特別だったから。この曲を歌うシュンだけはいつも俺にとって変わらない位置にいると、そう信じていたから。

 「それじゃあ、次の曲に行きます。ずいぶん久しぶりの曲なので歌詞とばないといいですね。」

 シュンが一人しか客のいない客席に向かって律儀にMCをしている。

 「それでは聞いてください。”北極星”」

 いつもの四つ打ちから入る。他の音が加わってくる。やっぱり俺はこの瞬間が一番好きだ。


 ステージ後、俺たちは楽屋でぐったりしていた。あんなに重い演奏ははじめてだ。同時に、なんだか昔のただひたすらに楽しく演奏していたころが思い出されて、終わった瞬間にみんな笑ってしまった。あの頃と違うのは、多分無茶しても何とかなるような体力があるかないかだろう。なんか30に近づくと急に歳をとったように思う。

 俺は涼しい風に当たるために外に出た。もう大分日は傾いている。夕方になるのも秒読みだろう。伸びをしていると櫻井さんがやってきた。いつも通り、顔色一つ変えない。

 「感傷に浸っているだろうところ悪いが明日から追い込みかけるからな、覚悟しておいてくれ。」

 かしこまりました。仕事にもどります、ハイ。

 「全く、本当は社会人ではありえないぞ、こんな無断欠勤。本来とっとと首だよ。深く反省してくれ。」

 「分かりましたよ、今回は深く迷惑をかけました。」

 「ふっ、珍しく素直じゃないか。まぁ、私も今日は帰るとしよう、明日のことはまた連絡するよ。」

 そういって櫻井さんは歩き出した。その背中へ声をかける。

 「あの、一つ質問いいですか?」

 「なんだ?」

 「もしかして、櫻井さんってNice Worldの」

 「人違いだろう?人は誰かに自分の見たいものを往々にして投影するものさ。」

 櫻井さんは僕に最後まで質問をさせないで、こちらをみないまま立ち止まった。

 「まっ、君たちがこれからも四人で続けられることを僕も祈っているよ。間違えても僕と同じ道を歩まないように、ね。」

 そういって彼は手をひらひらと振って再び歩き出した。背中からはその表情は分からない。呆然と立ち尽くしていると、後ろから肩をつつかれた。振り返ると、そこにはカツキがいた。

 「あのさ、言い忘れていたことが二つほどあるんだよねぇ。」

 「なんだよ。」

 「一つ目はさ、僕が隠していて謝らなきゃいけないこと。今、言っていい?」

 「ああ、好きにしてくれ。」

 カツキの隠しごとってなんだろう?というか、全くの純粋にみえるカツキにさえ隠しておきたいことがあったのか。まぁ、あの一件があったんだから何も不思議ではないのだけれど。

 「実はさ、バンドサークルに水谷さんっていたじゃない?あの子から君宛のバレンタインのチョコを預かったのに、渡さなかったんだよね。」

 「はぁ!?」 

 なんだそれ、男として問題だろう、それは。 

 「ごめんって、結構強引に頼まれてさぁ、自分で渡せって言ったんだけど断りきれなくて。しかも、その日はハマちゃん、面倒事に巻き込まれたくないし、見たくもないとか言って部室に来なかった挙句、翌日から一週間くらい風邪ひいて寝込んでたじゃない。そんで、渡すタイミング逃しちゃっててさ。」

 なんか引っかかること言ってた気がしたのはそのせいか。

 「ほんとごめん、悪気はなかったんだって。で、大学卒業してから水谷さんに告白して玉砕したなんて言うからなお更言うの気まずくて。いや、まじでごめんって。」

 あまりに頭を下げまくるので俺は思わず苦笑してしまった。

 「もう時効だよ。それで?もう一つは?」

 「え?許してくれるの?」

 目がキラキラしている。あ~あ、本当こんな女の子ばかりなら世界は平和なんじゃないか?カツキは男だけれど。

 「だから、許すって、それよりもう一つの話だよ。」

 「あ、そうそう、それなんだけどさ。前に櫻井さんって状況がヤバいバンドのところに来るって言ってたじゃん?でも、あれには続きがあって。」

 そこで切って、カツキは遠い目をした。

 「櫻井さんが担当したバンドは今のところ百パー上手くいってるんだってさ。」

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ