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ポラリスの歌声  作者: 通り雨
3/6

ライブの日 2

自分たちの出演が終わった後で、機材を撤収するスタッフたちを待っている間、俺はメンバーたちから離れて会場の端で日が暮れゆく街をボケーっと眺めていた。結局、ステージでのパフォーマンス自体は可もなく不可もないという感じだった。わざわざテレビで生放送している野外ライブを見にきている観客たちなので、そこそこ世間一般に浸透している俺らを知らないわけではない。だから、俺らが登場しても場がしらけるということはさすがになかった。ただ、永井さんたちのように会場全体を包む熱狂の渦みたいなものを作ることはできるはずもなく、それなりに場を保たせただけいう感じだ。そんな微妙な雰囲気の中、俺はどうにも演奏に集中できないままでいた。シュンに殴られた時の感触が、シュンの言葉の残響が、どうしても俺から消えてくれなかった。あれだけの感情が表に出てくるまほどまでに、アイツは追い詰められていたのだろうか。そうだとして、それをなぜ俺に今になるまで相談してくれなかったのだろう。

 考えても考えても答えは出ないまま、目の前の風景は刻一刻と変わっていく。茜色になっていた空は既に夜へと向かっていて、群青色になろうとしている。俺の視線の先にある街ではきっとくたびれたサラリーマンたちが家路を急いでいるのだろう。帰る先には家族が待っているのだろう。ドラマーとして生きていくことを決めた頃、俺にはそんな「普通の」社会人にはなれる気がしなかったし、今も全くない。やっぱりドラム叩いているしかねえよなあ、俺は。

 ふと会場の方を振り返ると、こちらに歩いてくるすらっとした人影を認めた。

 「こんなところにいたんですね、探したよ。」

 櫻井さんは相変わらず表情を崩さないまま話しかけてくる。

 「ちょっと休んでいただけですよ、シュンたちは?」

 「先に帰ったよ。あなたがいつまで経っても帰ってこさないので、先に他のスタッフに送ってもらったんだ。」

 そんなに時間経っていたっけな。少し自分の世界に浸りすぎていたらしい。でも、櫻井さんしか残っていないのなら好都合だ。

 「ねぇ、櫻井さん。ちょっと質問があるんですけど、いいですか?」

 櫻井さんは、小首を傾げたがすぐに頷いた。

 「いいでしょう、私からもちょうど聞きたいことがあったので。」

 やはり、あのことについてだろう。それについては答える準備はもうできていた。ただ、こちらの質問の方が先だ。

 「櫻井さんは、というか会社の人は遠くない将来、今日のようなことが起こると思ったんですか?」

 それに対し、どういう意味でしょう?というように首を傾ける櫻井さんに構わず、俺は質問を続ける。

 「カツキから聞きましたよ。櫻井さんは普段、決まったグループのマネージャーを担当するということはなくて、ヤバい雰囲気のグループを臨時で任せられるらしいじゃないですか。」

 櫻井さんは、誰がそんなことをとでも言いたげな顔で鼻を鳴らした。

 「確かに、私は臨時でいろんなバンドや諸々のマネージャーをするけど、別にそういうわけじゃない。単純に空きがあるところのアシスタントをしているだけだよ。それに、私には今日のシュンくんの行動はさすがに予測なかったし。」

 俺はその言葉に疑問を覚えた。本当にそう思っているんですか?

 「ただ、あの行動は私の質問にもつながっている気がするとは思います。」

 「それって、じゃあ、櫻井さんの疑問ってなんなんですか?」

 櫻井さんは口の端をあげて笑った。ダメだ、これ躱されるやつだ。

 「気が変わりました。聞こうと思っていた質問とはちょっと別のものにします。」

 なんだそれ。というか、別の質問ってなに?

 「浜崎君がドラムをしようと思ったきっかけって何だったんだい。」

 一瞬、想定外の質問が飛んできて言葉に詰まった。急にそんな質問聞く?普通。いつもならこの質問がきてもスルーする。実際、雑誌の取材などで時々バンドを始めようと思ったきっかけを聞かれたりするが、大抵適当にはぐらかすか他のメンバーに任せている。

 ただ、今は何だか答える気になった。初めて真面目に答える相手が全くそういうことに興味がなさそうな櫻井さんだというのが余計に笑える。とりあえず、聞いても面白くないっすよ?と目で伝えて話し始める。

 「高校生の時、たまたまバンド好きの友達にオススメのCDみたいなの借りたんすよ。“Nice World”のまだメジャーデビューする前の自主制作盤なんですけど。もうとうの昔に廃盤になってて今じゃ手に入らないやつですよ。」

 続けていいかと目で訊くと、櫻井さんは頷いて先を促した。

 「何であんなマニアックなものを貸してくれたのか今でもよくわかんないですけど、それ聞いてどうしようもなくバンドやるんやって一人で思い上がってしまって、それで翌日CDを借りた友人をそのまま巻き込んでバンドを作ってしまったのが始まりですかね。」

 「なるほどね、でも何で他の楽器じゃなくてドラムなの?その理屈だと、別に他の楽器でも良かったわけで、むしろあのバンドなら派手なギターとかに目が行きそうなもんだけど。」

 「普通はそうなんですけどね。実はそのCDを聞いた後、映像も見てみようと思ってyou tubeで調べて見たんですけど、CDで感じたものとなんか違う気がしたんですよね。それで色々ネットで見ていたらメジャーデビューして以来、決まったドラマーがメンバーにいるんじゃなくてサポートでいろんな人が入れ替わって入っているらしくて。その理由が、メジャーデビューするときにドラムだけ抜けたからだって知って。それで、ただリズムを刻んでいるだけと思っていたドラムが違うだけで、俺に訴えてくるものがこんなにも違うのかって驚いてしまって。俺も、そんな違いを作りたいって思ってしまったから未だにドラムを叩いてますね。って、喋りすぎましたね。」

 櫻井さんは静かに首をふる。もう夜の闇が近くて、ほとんどその表情はわからないが、ほんの少し笑っていたような気がした。それも嘲笑ではなくて、何か小さい子供を見るような柔らかな笑い。俺がその表情に戸惑っていると、櫻井さんは真顔に戻り、再び話し始めた。

 「いや、実に興味深かったよ。動機がこれだけきちんとしてるとは少し意外なくらいだった。」

 これは褒められているのかな?そういうことにしておこう。 

 「さて、じゃあ、私はそろそろ戻るとしよう。君も一緒に帰るかい?乗せていくよ。」

 「いえ、お断りします。家はここから近いですし。」

 そう言って俺は歩き出す。やっぱり喋りすぎちゃったな。だけど、どちらかといえば後悔よりも安堵の方が大きかった。多分、それは僕の思いをバカにされなかったことへの安堵だったのだろう。


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