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ポラリスの歌声  作者: 通り雨
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ライブ前のある日

 会議とか話し合いとか遅刻した時って本当に気まずい。ましてやそれが重要なものだった時はもう目も当てられない。それが分かっているのについつい、というか気がつくと遅刻してしまうのが、遅刻癖持ちの悲しみだ。そんな言い訳を誰かに責められたわけでもないのに心の中で繰り返しながら、どのタイミングでスタジオに入ろうかとドアの前でモジモジしていると、急に開いたドアに額をぶつけ、変な声が出てしまった。

 「外に誰かがいる気配がしたと思ったら、何をしているんですか?」

 ドアの向こうから顔をのぞかせたのは意外や意外、マネージャーの櫻井さんだった。つい先月、異動で俺たちのバンドのマネージャーになったばかりの26才。人生ここまで道を外れたことのない、仕事のできる切れ者なんていう感じだ。今日も黒いスーツでピシッと決まっている。少なくとも俺たちとは生きてきた道が違うんだろな、という気がする。

 「いやぁ、す、すみません。約束の時間より遅れてしまって。というか櫻井さんい、いらっしゃったんですね。今日はただの練習なのでこないかと思ってました、はは。」

 「君たちが普段どんな感じでやっているか分からないから来てみただけですが。それより、集合時間に遅れるって社会人としての自覚はあるんですか?」

 またこれだ。この人の前のマネージャーはうるさいことは言わず、俺らの意見を基本尊重していろんなことを進めてくれた。おかげで、俺らはバンドのことに集中できたし、基本的にそれ以外のこともスムーズに進んだ。だけど、この人はどうも小うるさいし、俺らを子供扱いしている気がする。しかし、ここで荒波立てるわけにもいかないだろう。これが「大人の対応」とかいうやつだ。

 「ほんと、すみませんって。次から気をつけますからぁ。」

 納得いかないのだろう、まだ何か言おうとして来たところで奥から声がした。

 「ハマちゃん、来たー?始めるよー?」

 「おけおけ、今行くわ。」

 俺はこれを救いとばかりに中に入り込む。後ろからの視線が怖い。眼光鋭すぎるって。

  中に入ると、他のメンバーがいつも通りスタンバイしていた。中央にボーカルのシュン、その右がギターのハヤト、左がベースのカツキ。その後ろに置かれたドラムに俺は座る。大学のサークル時代から変わらない配置だ。多分、この配置だけはこれからも変わらない。

 「それじゃあ、一曲目、行くからな。」

 四つ打ちのリズムを打つ。チューニングしたての楽器の音がそれに続いて入ってくる。曲が始まる。俺はこの瞬間が一番好きだ。


 練習がひと段落つくと、カツキが少し興奮してきた感じで話しかけてきた。

 「なぁなぁ、テレビ出るん久しぶりやなぁ。一年ぶりとか?」

 「考えてみると、それくらいになるか。前出た時は『雫がこぼれて』のリリース関係だったしな。」

 横でハヤトが指折り数えて何ヶ月か数えている。相変わらず几帳面なやつだ。にしても、一年ぶりというのはさすがにブランクが長えな。最近はアルバム作成が結構忙しかったし、仕方ないといえば仕方ないよな。

 「まぁ、今回メドレーだし、上がっちゃって歌詞とか飛ばないようにしないとな。」

 シュンが控えめに笑う。いや、お前はもっと自信を持ってくれ。ボーカルはバンドの顔だぞ。

 「まぁ、今日は練習結構やり込んだしいけるって。まだ本番まで何日かあるし。」

 カツキが後ろから笑顔でシュンの肩を叩くと、ふと真顔になった。

 「そういえば、次のツアーのセトリ、もうそろそろ考えなくちゃね。」

 そりゃそうだ。俺も今日はその話をしないといけないと思っていた。バンドのライブには通称セトリ、つまりセットリストというどの曲をライブでやるかというリストを事前に作る必要がある。裏方やサポートメンバーはそれを見て準備をすることになるし、会場の雰囲気のセッティングもそれに基づいて決まる。なので、本来なら早い段階で決めなければならないんだけど、今回はちょっと勝手が違う。

 「てか、櫻井さん、人気投票の結果って出てるんですか?確か先週締め切りだったはずですけど?」

 俺が後ろの壁にもたれていた櫻井さんの方を向くと、壁から離れて資料を足下のカバンから取り出した。椅子持ってきて座ってたらいいのに。

 「一応、応募してきたハガキの集計は終わっている。今日それを渡して、君たちの次のツアーの参考にしてもらおうと思っていたところだ。」

 「じゃあ、今もらっても構いませんか?」

 シュンが遠慮がちに言うと、櫻井さんは頷いてシュンに書類を手渡した。

 四人が全員その紙を覗き込む。そこにはやはりそうだったかと言うべきか、そうであってほしくなかったと言うべきか、俺の恐れていた事実が書かれてあった。


 その日はとりあえず、資料を見るだけで、正式な話し合いは他のスタッフも集めて、テレビの出演が終わってからするということになった。でもそれは俺にとってただ結論を先延ばしにしただけのような気もした。多分、メンバーの誰もが「そのこと」に触れるのを恐れていたからだろう。いや、一番恐れていたのは他の誰でもない俺だったのかもしれない。

 ライブハウスから出ると、まだ外は明るかった。確か一番日が長いのが夏至でそれが6月終わりだったか。もしそうなら明るい時間がこれからもう少し長くなるわけだ。俺は夜の方が好きなんだけどな。どうでもいいことを考えていると、帰り道が同じのカツキが急に話しかけてきた。

 「ねぇ、櫻井さんの噂って聞いたことある?」

 「え、あの人の噂?」

 なんだそれ。なんかヤバイ組織に入ってるとか?ならあの眼光の鋭さは分からなくもない。

 「いやいや、多分ハマちゃんが思っているようなのじゃないと思うよ?」

 「えっ、今心読まれた?」

 「顔見たらわかるって、もう長い付き合いだし。」

 カツキは可笑しそうに笑う。お前は俺の彼女か何かか。いやぁ、本当にこんなことを言ってくれる彼女が欲しい人生だった。

 「で、噂ってのはなんだよ?」

 「それがさ、櫻井さんって普段どこかの専属のマネージャーをやってないんだって。」 

 「は?じゃあ今俺らのマネージャーやってるのって特殊なの?」

 「うーん、なんかそうらしい。普段は事務所にいるわけでもないらしくてさ。」

 何ですかその「ふれきしぶる」だっけ?そんな羨ましい働き方。勝手にエリートコースだと思ってたら、なんか人生イージーモードそうじゃないですか。

 「でさ、あの人がマネージャーやるのって条件があるらしくて。」

 「え、条件までついてるの?むっちゃ待遇いいじゃん。」

むしろ待遇よすぎてやっぱりヤバイ組織の一員じゃないか説まである。……そんな漫画みたいな展開が現実には存在しないのはさすがに大人だから知っているけれども。

 「そんなにいい条件ではないみたいだよ。どうも、雰囲気がやばそうなバンドのマネージャーをやるらしくてさ。」

 「はい?と言うことは俺らのバンドが事務所からやばいって思われているってこと?」

 「どうもそうらしい。そんなやばいことってないのにね。」

 そう言ってカツキは首をかしげた。心当たりがない。もしあるとすれば最近のCD売上とかチケットの売上とかCD売上とかだろうか、……結構あったな。まぁ、詳しいことはそっちについては考えないようにしよう、考えるだけ無駄だし、正直面倒臭い。そこの経営プランは俺の専門外だ。

 何か続けてカツキが言いかけたが、それにかぶせて俺が逆にカツキに聞いた。

 「ところでさ、カツキは『あの曲』セトリに入れるべきと思うか?」

 その質問にカツキは曖昧な笑みを浮かべた。

 「うーん、別に僕は正直どっちでもいいと思ってるよ。……でも、他のみんなが入れたくないなら入れなくていいんじゃない?僕はみんなと楽しくやれればそれでいいから。」

 やっぱりその答えか。カツキはそう言うだろうと思った。なら俺が今言える言葉は一つしかない。

 「そうか、そうだよな。」

 そして、俺は肩をすくめ、歩く速さを少し早めた。大分もう日が落ちてきていた。


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